魔法発現
数日後、二度目の魔法演習があった。その日の先生は朝から少しピリピリしていた。その原因は演習時に分かった。
「今日の魔法演習だが、特別講師として守護団から八雲さんに来ていただいた!」
周りの生徒がざわつく中、私は息を飲んだ。
「どうも、守護団第一部隊所属の八雲です。」
軽い調子で挨拶した八雲は全体を見渡した。目が合った。そう思った瞬間、一瞬目が優しくなった気がした。信じられない。あんなに会いたいと思っていた八雲が目の前にいる。
「ねぇ! 八雲さんって、あの八雲さん!?」
「う、うん。」
「やだイケメンじゃん!」
「うん…。」
そう、八雲はイケメンなのだ。整った綺麗な顔をしているし、気怠げにしていてもその躯体が日々の鍛錬で鍛えられていることが分かる。
はしゃぐ百音をよそに、私は呆然としていた。驚きすぎて、どうしていいか分からない。急にハッと我に返って慌てて百音の腕を掴んだ。
「わ、私変じゃない? 寝癖とか…!」
百音は一瞬キョトンとした後、盛大に顔を緩めた。
「可愛いいいいい! 大丈夫! いつも通り超可愛いから! 待って今のやばい! 飛鳥聞いた!?」
「ちょっと妬けるけど、大丈夫だ! 百音の言う通りいつも通り可愛い!」
「あ、ありがとう…。」
思わず二人の圧に押されて少し後ずさる。とりあえずよかった。残念な見た目で八雲に会うのは避けたい。せめてもの乙女心だ。
「この間と同じで、魔法の発現練習だ! 今日は八雲さんも見てくれるからな! それじゃあまた距離を空けて始めろ〜!」
前回同様、先生の号令とともに百音たちと一緒に皆から少し離れる。今すぐ駆け寄って八雲に話しかけたい。後ろ髪を引かれるが、向こうも仕事だ。それはこの訓練が終わってからにしよう。そう思っていたが、機会は向こうからやって来た。
「真白。」
不意に呼ばれて一瞬息が止まった。慌てて振り返ると両手をポケットに突っ込んだ八雲がいた。
「覚えてる? 俺のこと。」
八雲の緑の瞳に自分が写っていることが未だに信じられない。必死に首を縦に振って見せるが、反動で涙が溢れてしまいそうだ。鼻の奥がツンと痛む。思わず胸の前で両手を握り締めた。
「あの、あの時はありがとうございましたっ…。」
声が震える。手汗もひどい。まさか八雲から声をかけてもらえるとは思わなかった。そんな私に八雲は優しく笑った。
「元気になってよかった。」
「すっかり元気です…!」
「友達もできたみたいだな。」
「はい。」
皆を見回して目元を緩める。なんて優しい表情をするんだろう。前世の記憶の中の八雲と重なって胸が締め付けられる。彼は時に兄のように私を気にかけてくれる優しい人だった。それは今世でも変わらないようだ。
「後で少し残れるか?」
「え…。」
「ちょっと渡したい物があってね。」
「はぁ…。」
首を傾げた私に優しく笑ったかと思うと、八雲は急に表情を引き締めて百音たちにも視線を向けた。
「それで、発現の方はどう?」
切り替えが早い。早速百音はドヤ顔で草の塊を作り出していた。
「へぇ、いいね。次は発現速度を早めたり、塊を大きくする方にシフトしようか。」
「はーい!」
「君らは気張りすぎかなぁ…。瞑想する感覚で、体内に意識向けてみて。」
「あざす!」
「はい。」
「君は…、たぶんもうちょっと。」
「ありがとうございます。」
八雲は皆を見て回った後、私の所に戻って来た。
「真白。学業の成績良いって聞いてるけど、あんまり授業態度良くないらしいな?」
「っ!」
なんでバレてるの…! 思わず進先生を振り返ると八雲に嗜められた。
「守護団側も人員が欲しいからね、ちゃんとその辺の報告上がってくんの。あんま先生困らせないようにね。」
「はい…。」
「発現は? できた?」
私は手を前に出すと、手のひらに魔力を集中させた。ちゃんと感じる。前回も何だかんだ流していたが、さすがに今回は無理そうだ。諦めて魔力に精神エネルギーと身体エネルギーを組み合わせる。発現する。そう感じた瞬間、違和感を感じた。私の知っている感覚と違う。その正体はすぐに分かった。
「う、わ…!」
思わず驚嘆が漏れた。指の延長線上に手のひら大の塊が五つできていた。全属性だ。
「これは…。」
同様に驚く八雲が目を見開いた。その表情は戦場で何度か見たことがあるものだった。まずい。咄嗟にそう思ってすぐに塊を消したが、後の祭りだった。
「真白すごーい! 何今の!?」
百音の言葉を聞いて、顔を上げると皆も顔を輝かせながらこちらを見ていた。恐る恐る八雲に視線を戻すと、八雲は眉間に皺を寄せていた。やっぱりまずかったに違いない。けれどどういうことだろう。私の得意属性は水だったはずなのに。
「真白。」
思わず肩が跳ねた。八雲はやはり少し難しい顔をしていた。かと思うと、手を前に突き出した。
「そんな難しい顔しなくていい。俺もできる。」
「え…。」
次の瞬間、八雲の手の上に全属性の塊が出現した。百音たちはやはり歓声を上げ、すごいだどうやるんだと八雲に尋ねていた。いつの間にか八雲の表情はいつも通りに戻っていた。