夏季休暇 -3
星送りの日から二日後、私たちは飛鳥の実家の村にやって来た。私たちだけで移動予定だったのだが、子どもだけで丸一日移動するなんて駄目だと百音のご両親からNGを出され、御者付きの馬車を手配してもらった。道中は治安の良い地域ばかりだし、訓練生が五人もいれば大丈夫だと高を括っていたのだ。実際道中は何もなかったが、それが結果論なのも事実だ。
「到着! 俺の村!」
御者さんへのお礼もそこそこに、飛鳥は自慢気に両腕を広げた。村はこぢんまりとしていて、村と呼ぶに相応しい規模感だった。首都から百音の実家がある街までの中間地点なので、村の規模に対して宿屋が多い。至る所に白い花が、ところどころに黄色い花が飾られているが、この村での星送りの装飾だろうか。そんなことを考えながらぐるりと周りを見回して気付いた。
「本当に皆飛鳥と同じおさげがある…。」
「なんだか不思議〜!」
左右は異なれど、顔の横の髪を一房編んでいる人がたくさんいる。さらに観察して気が付いた。
「編んでるのって、皆若い人…?」
「真白正解ー!」
飛鳥はそう言いながら荷物を手に持って歩き出した。私たちも荷物を持ち、その後を追いかけた。飛鳥はすれ違う人々に「おかえり!」と声をかけられていた。身内ではないようだが、随分フレンドリーだ。
「成人のタイミングでこの編んであるのを切って、親にここまで育ててくれてありがとーって渡すんだ! この部分だけは生まれてから一度も切らねーから、成人近くなるとだいぶ長くなってる!」
「逆じゃねぇんだな。死んだら切って渡す的な。」
「それもする!」
「すんのか。」
「どっちにせよ、親への感謝なんだ! 詳しいことは風習だから分かんねーけど!」
そう笑う飛鳥の笑顔が眩しい。髪はその人が生きた証ということなのだろう。素敵な風習だ。飛鳥の実家に着くと、飛鳥のお母さんと弟くんが迎えてくれた。
「おかえり、飛鳥! 皆もいらっしゃい!」
「兄ちゃん〜! おかえり!」
「おー! ただいま!」
飛鳥のお母さんの笑顔がとても温かい。飛鳥ととても雰囲気が似ている。まるで太陽だ。飛鳥が夏の太陽なら、飛鳥のお母さんは春の太陽といったところだろうか。飛鳥の弟くんは「五歳だよ!」と教えてくれた。見れば弟くんにもおさげがある。飛鳥はお土産を二人に渡した後、弟くんを抱き上げた。弟くんがあまりに嬉しそうで、こちらまでホッコリする。
「姉ちゃんは帰って来るって!?」
「豪くんが帰って来るから、時期をずらさないといけないかもしれないって!」
豪は百音の街へ向かう道中で挙がった人物だ。飛鳥と同郷で、村で会えるかもとのことだったはず。
「豪くんは明日帰って来るって! ほら飛鳥、皆を案内してあげて!」
「おう!」
飛鳥は弟くんを腕に抱いたまま私たちを部屋へ案内してくれた。部屋に荷物を置かせてもらった後、飛鳥のお母さんが用意してくれたお茶をいただいた。
「真白はさ、兄ちゃんのこと好き?」
飛鳥の膝の上に座った弟くんは、菓子を食べながら首を傾げて言った。
「うん、好きだよ。」
「兄ちゃんの彼女?」
思いがけない問いに思わず一瞬面食らってしまった。最近の子は随分ませているんだな…。可愛いなぁ。そう思いながら、彼の頭を撫でつつ答えた。
「ううん、お友達。」
弟くんは「ふぅん」と返した後、首を捻って飛鳥を見上げた。心なしか頬を少し赤くした飛鳥は、気まずそうにしながら弟くんの視線を受け止めた。
「兄ちゃんもっと頑張んなきゃだな!」
「なっ…!」
それを聞いた百音と聖が盛大に吹き出した。青も背を向けつつ肩を振るわせていた。つられて私も笑うと、飛鳥は「真白まで…!」と半泣きになっていた。
「ごめんねぇ、真白ちゃん。飛鳥の手紙一緒に読んでたから!」
「いえ…。」
飛鳥ったら、そんなことまで手紙に書いているのか。……これまでは笑って流してきたけれど、そのうち向き合わなければいけないときがくるんだろう。そのとき、この関係は維持できるんだろうか。
翌日、弟くんも一緒に村に繰り出すと広場に人だかりができていた。どうやら月に一度の成人の儀式らしい。
「前月に誕生日を迎えた奴の散髪をやるんだ!」
「盛大にやるんだね。」
「伝統だからな!」
逸れないよう弟くんと手を繋いだ飛鳥は、村の人に誰が参加するのかを訊いていた。青は飛鳥と弟くんを眺めながら目を細めて言った。
「こうやって見てると、飛鳥っていいお兄ちゃんだよね。面倒見がいいと言うか。」
その目はどこか遠くを見ているようだった。故郷のご家族を懐かしんでいるんだろう。冬季休暇は夏季休暇よりも短い。つまり青が実家に帰れるのは少なくとももう半年以上先なのだ。
「思い返せば飛鳥って末っ子っぽくないもんなぁ。聖の方が末っ子っぽいかな。」
「俺は正しく末っ子だからな。親と一緒に死んだけど、姉貴がいた。」
「皆兄弟構成が見事にバラバラだね。」
「案外いいバランスかもな。」
そんな風に談笑する二人の傍らで、百音は表情を曇らせていた。
「百音…?」
不思議に思って声をかけると、百音は我に返ったようにハッとした後すぐに笑顔になった。だがそれが取り繕ったものだということはすぐに分かった。
「なんでもないの、なんでもない!」
あまりに必死にそう言うものだから、それ以上追及はできなかった。