夏季休暇 -2
翌日、街は昨日より何だか活気づいて見えた。朝食をいただきながら不思議に思っていると、それに気付いた百音のお母さんが「今日は星送りの日だからよ」と教えてくれた。
「星送りの日…。」
なるほど、道理で賑やかなわけだ。故人に対して遺された家族が元気にやっていると報告するという伝統行事なのだが、その風習は地域によって異なる。
「この街ではもうお祭り騒ぎになっちゃうのよね! 街の伝統的な衣装を着て、夜には灯籠を空へ飛ばすの! 素敵な景色よ〜!」
「へぇ…!」
「もちろん真白ちゃんのも、飛鳥くん、聖くん、青くんの衣装も用意してあるからね!」
「え!? 俺たちのも!?」
慌ててご両親を振り返ると、二人は有無を言わさない笑顔だった。
「せっかくだもん、皆で楽しもう〜! ねっ、真白!」
上機嫌な百音に抱きつかれて、私は少したじろいだ。この親にこの子あり、だ。納得。
「楽しみ。」
やっとそう笑うと、百音は楽しそうに笑って腕がなるわ〜!なんて言っていた。
「そういえば百音の兄貴はいねぇのか?」
聖の言うように、昨晩はお会いできなかった。どうやら仕事でバタついていたらしい。そんな話をしていると、奥から青年がやって来た。
「あ! 兄貴! ちょうどいいところに!」
百音に手招かれて百音のお兄ちゃんは百音の側に立つと、皆の方を向かされた。
「こちら兄貴です! 今は父さんの店の手伝いをやってるの。」
すぐに状況を把握したらしい百音のお兄ちゃんは完璧な笑顔をその顔に浮かべた。百音の実家は呉服屋を営んでいるらしく、お兄ちゃんはその跡取りなんだとか。
「百音の兄貴です。百音の手紙でよく聞いてるよ! 真白ちゃん本当可愛いね〜!」
「兄貴、その下りもうやった。」
「やっぱり? 今日は衣装の貸し出しで忙しくて、祭りのタイミングまで俺は仕事なんだけど、ぜひ楽しんでってくれな!」
そう笑う顔は百音にそっくりで、何だか心が温かくなった。
「よし! 早く食べて、衣装選びに行こ! 可愛いやつは争奪戦だからね!」
そう笑った百音に促されて、食事を終えてすぐに百音の実家が営む呉服屋にやって来た。可愛い衣装がたくさんで目移りしてしまう。白地の布に黒と金を基調とした刺繍が施されており、差し色として使われている色が異なるようだ。つい口を開けて感嘆を漏らしていると、それを見た聖に笑われてしまった。結局各々髪や瞳の色に合わせたデザインの衣装に決めた。百音はピンク、飛鳥はオレンジ、聖は紫、青は藍色だ。
「真白は緑にしたんだね! 瞳の色!」
「うん。」
「そういえば八雲さんと瞳の色お揃いじゃない!?」
「……そうかも。」
あまり気にしたことがなかったけれど、確かに同じのような気がする。そうか、同じなのか。
「自分の色が想い人の色でもあるなんて素敵〜!」
頬を染めながらそんなことを言う百音は完全に恋する乙女だ。そんな風に言われると、緑が少し特別な色に思えてくる。
「やだ真白ったら! 可愛い〜!」
「や、やめてっ。」
揶揄われて慌てて両手で頬を隠した。百音には敵わない。
その後は皆で市街地を観光した。珍しい物を食べたり、特産品を見たり、スイーツを食べたり。そして日暮れ頃、百音のご家族と合流した。
一人一つ手渡された灯籠は両手で持てるほどの大きさで可愛らしかった。一年以内に亡くなった身内がいる場合は、一家族で一つの大きい灯籠を上げるのだそう。皆一緒に元気にやっているよという意味を込めて。
灯籠に火が灯り始めた。これは元々家族の行事だ。なんだか気が引けて、私は百音の家族から少し離れた所で灯籠の火を眺めていた。
「俺ら、大きい灯籠もらった方がよかったかな。」
不意に隣に立っていた聖が呟いた。そちらを見れば、悲しげな顔をして火を見つめていた。
「…大きさなんて関係ないよ。」
大きな灯籠を上げるのは必ずではない。きっと必ずじゃないのは、遺された人が一人の場合があるからだ。
「私は不謹慎で上げていいのか分からないよ。」
誰に向けて私は元気だと伝えるのだろうか。私の無事を喜ぶ人がこの空にいるんだろうか。そんな私の嘲りを青が否定してくれた。
「不謹慎なわけないよ。死んだら人は星になって見守っててくれるんだから。その人はきっと、真白からの報せを待ってる。」
「そうかな。」
「僕もね、兄さんが死んでるんだ。でも、歳が離れてたから兄さんの記憶がなくて。それでもきっと、見守っててくれてると信じてる。」
そう言った青の表情は穏やかで優しかった。先日聖に打ち明けて以降、飛鳥と青にも村や親の記憶がないことを打ち明けた。そのときも青は穏やかで優しかった。その理由がやっと分かった。
笛の音を合図に灯籠を空へと放った。真っ暗な空に星が散らばって優しく瞬いている。そこに向かってどんどん大小さまざまな灯籠が昇っていく。美しい光景だった。空を見上げているというのに、無意識に涙が頬をつたった。
この国には大切な人を失った人が多すぎる。けれど悲しみに囚われることなく前に進んでいる。皆逞しい。
私は八雲を死なせないために生きると決めた。八雲を守って、総隊長も守ろうと。だけどこの数ヶ月で、守りたい人が増えた。皆のことも守りたい。皆の家族も、その知り合いも守りたい。それは国を守りたいという思いへと繋がり始めている。そんな大それたことができるのか分からない。けれど少しでも、死がもたらす悲しみから皆を解放したい。そう思った。