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「罠だ!」



 誰かが叫んだ瞬間だった。総隊長の足元から炎が立ち上り、あっという間にその身を包み込んだ。炎の壁を球状に変形させたそれは、相手の動きを拘束する魔法として広く使用されている。

 けれど一つ、常時とは大きな違いがあった。複数の術者が延々と魔法を繰り出し続けているのだ。術者は見るからに手練れな上に、魔法は詠唱付きで放たれている。魔法を破ることが容易でないのは一目瞭然だ。



「逃げろ!!」



 総隊長の声を皮切りに、味方が敗走を始めた。苦渋の決断だった。ここに来るまでに戦力を大きく欠いていたし、士気も削がれていた。そこに炎の檻だ。総隊長の命令は絶対という掟を盾に、皆方々散り散りに逃げて行く。ただ一人を除いて。



八雲(やくも)隊長! 私たちも逃げなきゃ!」

「お前だけでも逃げろ。」

「そんなことできない! ここで八雲隊長を見殺しにしろって言うんですか!?」



 八雲はこちらを振り返ると苦笑した。



「俺も、総隊長を見殺しにできないんだよ。」



 その言葉に息を飲んだ。総隊長は八雲にとって親同然だ。親を見捨てろと、私はこの人に言わなければならないのか。けれどそれは私にとっても同じこと。



「総隊長はすぐには殺されないはずです! 一度退いて体制を立て直しましょう。このまま突っ込むのは無謀すぎます!」



 私は必死だった。少なくともこのまま突っ込めば待つのは死だ。総隊長に比べて八雲と私には利用価値がない。生かしておく必要がないのだ。けれど八雲はやはり笑った。



「もう大切な人が死ぬのは十分なんだよ。少しでも救える可能性があるのなら、俺はそれに賭けたい。」

「っ……!!」



 一瞬言葉が出てこなかった。八雲だけではない。この国の人たちは皆、大切な人を失いすぎている。



「じゃあ私にっ、八雲隊長を失わせないで!」



 八雲は目を瞬いた後、困ったようにこめかみを掻いた。



「それはお前、ずるいでしょ。」

「ずるくても何でもいいです! お願いだから」



 そこで言葉は途切れた。こちらにまで敵の攻撃が飛んでき始めたのだ。私と八雲は背中を合わせて構えた。選択肢が減った。もう私と八雲が二手に別れるのは難しそうだ。



「このまま逃げましょう。それか…」



 チラリと八雲を伺うと、八雲は溜め息を吐いた。



「あの世までお供します。」

「強情なんだから…。」

「ふふ。あなたに鍛えてもらいましたから。」

「ってゆーか、総隊長を奪還して逃げ仰るって選択肢はないわけ?」

「ふふ。そうですね。じゃあそれで。」



 奇跡でもない限りそれは無理だ。そんなの八雲が一番分かっているだろうに、こんなときまで軽口を叩ける余裕が羨ましい。

 短剣を握る手に力を込めたその時、八雲の背中が触れた。



「怖い?」

「…そりゃあ。」



 怖いに決まってる。こんな負け戦初めてだもの。だけど背中に感じる温もりが心強い。



「俺にとっても、お前は失いたくない奴だよ。」

「へ…。」

「だからお前がここにいるってだけですごい勇気づけられてる。」



 そう言っていつものように笑うから、つい鼻の奥がツンと痛んだ。



「八雲隊長こそ、ずるい。」

「ふふ。ありがとう、真白(ましろ)。」



 八雲はそう言うと同時に地面を蹴った。


 とにかく必死に戦った。剣、暗器、体術、そして魔法。使えるものはすべて使った。何人討ち取ったか分からない。けれど多勢に無勢。

 先に地面に伏せたのは、先陣を切っていた八雲だった。それに気を取られた私が次に地面に伏せた。喉が張り裂けるほど叫んだ。嫌だ、死なないで、置いて行かないで。八雲隊長。けれどその叫びはもう八雲の耳には届かなくて、言葉にならない声でただ叫んだ。そして初めての衝撃を喰らった後、私の意識も途切れた。


 こうして、私は一度死んだのだ。


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