短編2 ナンパについていっちゃったら……
-ありきたり? なナンパ的な-
「ねえ、このあと時間はありますか? お酒でもご一緒に」
随分と、ありきたりな声がけだ。断られる前提での数打ちゃ当たる戦法なのだろうと和代は感じた。ゆえに、無視して足早にその場を立ち去ろうとする。
「和代さん、待って! 話だけでも聞いてください!」
は? なんで名前を知っているの? さすがに不気味だ。知り合いなのかもしれないと思い、振り返ってその男の顔を見た。見知らぬ顔だが、均整のとれた顔立ちだ。
「どなた? どこかで会ったっけ?」
「いえ、和代さんが私を認識するのは初めてだと思います。でも、ボクはずっとあなたを見ていましたよ」
うわー、気持ち悪い! ヤバいやつじゃん!
しかし、すでに会話を始めてしまった。このままスルーするのは不自然だ。それに、まともなのは見かけだけで、やはりヤバ過ぎる人間なのかもしれない。ある程度、しっかり対応した方が安全だろうと思った。
「初対面なのに、なんで名前知ってるのよ!」
冷徹すぎないよう配慮しながら、しかし毅然として和代は尋ねた。
「いえ、誰を助けようかなって迷ってたんですが、色々な人を調べているうちに和代さんのことが好きになっちゃって…」
男は、武志と名乗った。満面笑みを浮かべて、優しそうに丁寧に話しかけてくる。胡散臭い!
「なんで会ったこともない人を好きになれるの? しかも、助けるって何から? わたし、何にも困ってませんけど」
その通りだった。会社の給料で都心部に一人暮らしをしているし、彼氏だっていた。
「好きになるのに理由が必要ですか? とりあえず、話だけでも聞いてくださいよ」
幸か不幸か、和代には別段この後の予定はなかった。しかも、怪しいとはいえ武志は丁寧だし知性的だし、何よりも顔が好みだった。
「いいよ、一杯だけなら…」
二人は、五分ほど歩いて薄暗くて小さなバーの扉を開けた。
「よお、タケちゃん! 珍しく女性連れ?」
武志はマスターからはタケちゃんと呼ばれていた。まあ、友人からもそう呼ばれている。
「はい、やっと声をかけました!」
「よかったね!」
マスターはにこやかにそういうと、二人をカウンター席に案内した。和代は、なんだか居場所がない。
「ねえ、気持ち悪いから教えてよ。どうして、私のことを知っているの?」
「まあ、それはいいじゃないですか。まずは、オーダーしましょうよ!」
和代はハイボールを、武志はラフロイグをシングル・ロックで注文した。
「じゃあ、質問を変える。あなたは何者?」
「ああ、宇宙人。文字通りの宇宙人。地球人も宇宙人だ! なんてやつじゃないですよ」
いよいよ頭がイカれている。しかも、ちっとも面白くない冗談だ。和代は酔い始めていたので、暇つぶしに話に乗ってやろうと思った。
「で、どこ生まれ? 火星? 土星? シリウス? レクチル座ゼータ星?」
「いや、日本生まれの日本育ち」
「ベタベタの日本人じゃん!」
「そうですよ、肉体はね」
心当たりはあった。
「ああああ、精神はどこかの異星からやってきたっていう、スピ系のやつね。もしかして、宗教かなんかの勧誘? ごめん、興味ない」
武志は、顔色ひとつ変えずに話題を継続する。
「まあ、当たらずとも遠からずです。この肉体は、地球上空で生成されて、ボクの記憶と魂がそこに転移されたのち、母親の体内に転送されました」
やっぱ、ヤバいやつじゃん! と和代は感じたものの、不思議と反感は湧き起こってこない。どうも、宗教の勧誘ではなさそうである。そんな自己紹介の後は、他愛のない音楽の話題が続いた。武志は、スタジオミュージシャンとしてベースを弾いて生計を立てているらしい。
「楽しかったです、和代さん。こんど一緒にキャンプに行きたいなぁ。趣味なんですよ。SNSの連絡先を伺ってもいいですか?」
初対面で泊まりのキャンプに誘ってくるなんて、なんて大胆なやつだ! とは思ったものの、和代は連絡先を交換して、近いうちに一緒に行く約束をしていた。男女関係なんてそんなものだ。あやしいとは思いつつも、武志といることは非常に心地が良かった。
-まあ、まずは付き合ってから知ればいい-
約束の日、武志は黒い国産SUVで迎えにきた。よく走っている珍しくもない普通の自動車だ。荷室には溢れんばかりのアウトドア・ギアが満載されている。向かったのは、渓流がすぐ横を流れる山間のキャンプ場。テントを設営してバーベキューをして酔っ払うと、すぐ夜になった。うっすらと霧がかかりはじめてきたが、天空には無数の星が煌めいているのが見える。武志はチェアに深々と腰掛け、夜空を見上げながら言った。
「ボクの母星はちょうど、あのあたりです。赤色矮星だから、大気で霞んで全く見えないけれど…」
「まだ、その設定引っ張るんだ…」
「まあね。当面は気にしないでいいですよ」
この日から、和代は武志と付き合うことにした。彼氏と別れたわけではない。恋人が二人以上いたらダメ、なんて法律はないのだ! そう思っていた。実際にその通りで、彼女はうまくやってのける。しかし、徐々に武志といる時間の方が快適になっていく。半年もすると、彼氏一号とデートするのが一日だとすると、武志には五日以上の割合で会うようになっていた。
だが、始まりがあれば必ず終わりがある。きっかけは、些細なことだ。
「よお、タケちゃん、和代さん!」
マスターは相変わらず機嫌がいい。どうってことない話題が続くが、和代が急に絡み始める。酔いがまわっている。
「ねえ、タケちゃん! 聞いてる? あなたは普通の人なのに、なんで宇宙人だって設定にこだわり続けるの? 本当はスピ系の団体の勧誘員だけど、わたしに嫌われるから誘うのやめたんでしょ! 信用ないんだ。ちゃんと話してくれれば、入会してもいいのに!」
武志は、いつものように優しい口調で答えた。
「やっと、そう言ってくれましたね、和代さん。ボクを信用してくれた。嬉しいです、ほんとうに」
やっぱスピ系なんかい! と、和代は少しがっかりしたが、受け入れる準備はできている。武志からの次の言葉を待った。
「ありがとう。これで和代さんとしばらくは別れて、仕事に専念できます」
「え? 別れ話? ひどくなくなくない? 最高潮に傷つくタイミングなんですけど!」
武志は、相変わらず笑顔で冷静だ。
「何を言ってるんです。ボクは和代さんを愛しているんですよ。一生、あなたのために生きていきます。そのために、二年間ボクに時間をください。あっという間ですよ、二年なんて、悠久の生命に比べたら…」
「なに言っちゃってんのよ!」
和代は、ボロボロと泣き始めた。
「最後に、どんなに腹がたってもボクの連絡先だけは削除しないでください。まあ、削除されても連絡は取れるんですけど」
「なに言っちゃってんのよ! 即削除、即削除!」
こうして、あっさりと二人は別れた。和代は、馬鹿馬鹿しくなったのか、彼氏一号とも直後に別れた。いや、失って初めて武志の大きさに気づいてしまっただけなのかも知れない。
-ま、日常は常に続くわけではないってことね……-
あっという間ではなかった。二年のうちに、和代は転職もしたし、引っ越しもした。新入社員だったあの頃は甘やかされていたが、三年目ともなればなにかと責任を負わされるしプレッシャーも高い。ヘトヘトになって帰宅して、習慣にしたがってテレビの電源スイッチを押す。グルメ番組のはずなだが、比較的若い男性キャスターが真剣な面持ちで話している。画面右上には、緊急速報とテロップが出ている。
「繰り返します。直径三十キロメートルほどの系外小惑星が地球に衝突するコースにあることが発表されました。これは、恐竜を絶滅させたと言われるチクシュルーブ・クレーターを形成した隕石のおよそ二倍の直径と推定されるそうです。質量は不明です。国立天文台によりますと、発見されたのは二日前、大きな隕石ではありますが太陽系外から飛来したため、その存在が全く把握されていなかったとのことです。また、地球直撃のコースをとっており、衝突確率はほぼ百パーセントと試算されたそうです。なぜ太陽系内でも重力の小さい地球に直行してくるのか、専門家も頭を悩ませていると…」
一大事だ! 和代はパニック状態に陥った。テレビのニュースは、世界各地で暴動が起きていることを伝えている。しかし、そんなことを気にしている余裕はなかった。迷わず、ほぼ二年ぶりに武志にSNSでメッセージを送った。
「助けて、武志! 宇宙人なんでしょ!」
即レスがきた。
「今すぐ、迎えに行きます!」
和代は、UFOが来ることを期待した。しかし、やってきたのは二年半前と同じ国産SUVだった。
「え? これ?」
「いいから、早く乗って!」
後部座席には、すでにバーのマスターがひとりで座っていた。和代は助手席に座った。武志は、ごく普通に車を走らせる。
「もしかして、マスターも宇宙人?」
「察しがいいね、和代さん」
マスターはそう言うだけで、いつもと違って無口だった。車は、最初にデートしたキャンプ場で停まった。
「あの時の、キャンプ場じゃん!」
「そうだよ、下見を兼ねていましたからね」
武志は二年間、ここでマスターとともに宇宙艇を組み立てていた。大型の宇宙艇は地球人に観測されやすいので、小型の宇宙艇部品を転送してもらってここで組み立てていた。
「和代さん、この地下に宇宙艇を用意してあります。地球から救出される人間は、われわれの宇宙艇で地球環境に似たヤーマツ星に移動してもらいます」
「ちょっと待って! 家族とか助けて欲しい友達もいるんだけど!」
「無理です、三人乗りですから。お願いです、ボクと一緒に来てください。この先のことは、恒星間移動中にゆっくりと相談させていただきますから…」
和代は、その小さな宇宙艇に乗り込んだ。地球が球形に見えるあたりまで上昇した時、北アメリカ大陸東海岸あたりに隕石が直撃するのがモニターに映った。