放浪の始まり 08 強制移住
「オルルト。どうだ?」
「ナルフト様。やはり、学園の物でも無いですね」
オルルトが、ソフアに送られた学園からの本を調べていたルーペから目をあげた。
「そうだろう?」
「学園内の図書室や研究所でも見た事のない素材です。
明らかに、他の世界から持って来ています」
「やはり、そう思うか・・・・・」
文字や内容は、ナフルト達にも理解出来た。
薄く、水だけでは無く油も弾く。
書かれている絵も文字も、表面にインクや絵の具が浮き出していない。
非常に細やかな点の集まり。
鮮やかな絵。
実際に見る風景をそのまま写した様だ。
ソフアに見せると
「この内容は大体わかる。寮監さんが頭に触れて理解できる様にしているみたい」
そんな、事を言って来た。
又、これは新しい技術の様だ。
ソフアは昼間は、アジャイに付いていろんな場所を見て回る。
そして夜には二人で抱き合って眠りながら、今日見た事の改善点や秘密にしておく事柄を決めていく。
オルルトに光学を学び、マルードに息子のドラウナやオルルトの産んだ娘オマーフと共に基本的な武術を学ぶ。
『ほんに兄妹みたいですね』
と呆れられる。
更に、リシャルが随分と早くにマルードの実家に引き取られた。
アジャイの件や、ナフルトの兄ナーダの元婚約者の件もある。
それに、リシャルが父と兄達を嫌っていた。
農奴の所有。
禁じてはいたが契約書さえあれば、ある程度までは抱え込める。
同じ様に行われる殺戮と陵辱。
幼いながらも敏感な娘。
親戚筋にあたるロイヒの親を頼って王都で暮らす。
そして、マルードの目に叶い息子の嫁に決めた。
同様に、自分と同じ武術を学ぶ娘ロイヒを夫の第三后に決めて、30を越えたら夜伽させる事にする。
この、マルードを手本にしたソフア。
アジャイが、仕込むのでは無く仕込まれて行ったのは当然。
こうして後のドラウド家は、完全に女性が仕切る。
当然、アジャイ家もそうなってしまう。
オルルトが使っているルーペに加工したレンズとて、この世界には無かった物で、ナルフトとオルルトが緑の寮監から渡された物。
「なぁに、お前が東の島々に渡ったら作れる様になる。あそこは新しい技術を生み出す為の材料に溢れている。
時が来たら渡るが良い」
そう、言って他にも数枚渡された。
ナルフトは学園に進んで同じ貴族、王家の寮に住む一つ上の貴族の娘、オルルトに声をかけて、女官そして第二后になって貰っている。
正妻となる五つ下のマルードがいるが、オルルトの知識探求の深さも失いたくなかった。
彼女も、ただ子をなすだけの存在ではいたくなかった。
夜を過ごす事もあるが、ナルフトにとってはやはり知識の探求が先だ。
その方面の探求も、オルルトが激しく他の后に教える。
そういう意味では、緑の寮監の目に留まったのが解る。
寮監も、西の貴族の娘であるが、現在アスアッドとの戦闘中で一家全滅となったので、いっその事、緑にしようかと思ったらしいが、器用に時間を振り分ける能力を見込んで貴族のままにしておいたらしい。
卒業後、ドラウドの王城に紺の鱗で現れて祖父達を驚かせた。
出迎えに出てきたマルードには、あらかじめ伝えておいて姉妹の様に仲が良い。
武闘系のマルード。
オルルトの事を気に入ったマルード家で娘として扱われ、輿入れは同時にする事になった。
学園時代、寮での食事も、おつきあい程度で図書室に篭る毎日だった。
入学初日、彼女にナルフトを寮へエスコートさせたのは、彼らが仕向けたのだろう。
器用に二つのレンズを重ねたり、両目の前に一枚ずつ重ねたり様々な用途を編み出した。
引退して先王となったドラウドには、非常に助かるがレンズを片手で握って書類を捲るのは案外疲れる。
学園から帰ってきたナルフトにこの事を伝える。
色々組み合わせたが丁度良い物が無い。
オルルトには、丁度合っていた物が二枚合ったがドラウドにはなかった。
東の島か・・・・・
透明感が有る白い目の細かい砂。
それを、高温で溶かして型に流し込む。
純度が高ければ透明なガラスになる。
必要なのは、燃える黒い石【石炭】、どこかの島の白い砂【ホウ砂】、鉄の型、金剛砂・・・・・
全て、東の島々に行けば有るそうだ。
オルルトが作り出した望遠鏡。
これで、見つけた東の島々の島影。
オルルトとマルードと三人で、命懸けで飛んだ。
飛び方も高度を上げて滑空するように飛ぶか、水面ギリギリを飛べば、すこしは楽になるが目的地が見える高高度からの飛行を選んだ。
体力消耗と寒気は酷いが、目的地が見える安心感には勝てない。
ある程度進んだら、目的地に向かう風が吹く高度を探して出来るだけ楽をした。
初めて島のファスタバに会った時の事を覚えている。
女子供は逃げ出し、銛を構えた男と跪く男に別れた。
敵意はない事を伝え、ファスタバと同じ姿に戻る。
美しい二人の女性。
だが二人とも男を守る様に槍を構えている、槍を下ろさせ石突きを下にする。
槍の穂先が上に向くが、取り回しが遅れるので、攻撃の意思はないとの意思表示。
ファスタバにはわからない。
ファスタバ達は、ただその槍の刃の素晴らしさに目がいく。
それから空いた庵で過ごす。
昼間、オルルトはファスタバから様々な事を聞き取る。
鉄の集め方と、その場所を知る。
他にも塩の作り方や食料や水について調べる。
オルルトは改善できる事を教えて、小さな模型を作って拡張していく。
僅か50人ほどの集落。
馴染むのは早かった。
それより、大陸で掘り出していた鉄鉱石では無く。
鉄が取れる砂浜での鉄の採取方法。
後に磁石と言うのが解るのだが、その存在。
子供達が河原や砂浜で磁石に鉄を吸い付かせる。
それを、小さな桶に葉っぱを敷き詰めて、集めた鉄を男達が燃える黒い石の皿で溶かして、それを磨いただけの銛。
だが、オルルトは
『こっちの方が、強い槍になるかもしれない』
そう思い次回にまで集めてくれる様に頼んで置いた。
こう言う時は、王城で配られるアメが役に立つ。
オルルトが、村人と技術交換をしている間、
マルードの守りで、記憶にある場所を探すナルフト。
そして、見つけた窪んだ大地。
試しに数カ所掘って見つけた白い砂。
すかしてみても透明なのが解る。
「コレですか?」
「あぁ、恐らくな」
持ち帰り鉄を溶かす皿を一つ借りて、白い砂を溶かす。
しだい次第に溶けていき、真ん中が膨れたレンズ擬きが出来あがる。
ゆっくり冷やして取り出すと、まだ、クスミは有るが物の姿が大きく見える。
「なんとか、キッカケは出来たな。型を作ってこよう」
そんなこんなで、一月ほど滞在した。
その間に、ドラーザの話をしておく。
震えるファスタバ。
『ドラーザは空を飛べる。
だから、私達と違い裸か、キラキラ光る鎧を付けた者には気をつけろ。
ドラーザの弱点は、暗闇では目が見えない。
それに、煙が苦手だ。
特に樹脂が出ている奴は特にな!』
と話しておく。
こうして、長老から島から西風が吹く時間を聞き島を後にした。
それからも、訪ねて行って様々な指導をする。
島には大型の獣が居ないので、肉は主に魚になる。
舟はあったが、中々上手くいかない。
西のファスタバが使う、網の作り方を教えて麻やシュロを植えさせて何種類かの麦を植えてみた。
こうして、集落が村に変わる頃。
アジャイが島に渡って来る。
ドラウドの国でやがて10年暮らした彼が、この距離なら進める様にと造船所で作らせた船を仕立てて来た。
アスアッドでも帆船を作っているらしいが、上手く行っていない事はアジャイの事を慕うファスタバが伝えてくれる。
彼の母親はファスラーザ。
やはり彼も迫害を受けたが、アジャイの友人の元で商人として生業をたでていた。
ドラーザと言えども流通無しでは、生きてはいけない。
特に、信用を持っているファスタバでなければ手形での、物々交換の取引なんてできない。
特に夜間の灯火となる蝋燭や油の類は、ファスタバでなければ扱えない。
質が悪い青ぽいガラスを使って灯火に使っているランプもファスタバがいなければ作れないし、掃除も出来ない。
馬車の車軸や車輪すらファスタバ頼りだ。
結局、ドラーザは、その空を飛び鋭い爪と硬い鱗を持ち、与えられた知識だけを有する存在とだけ見做されていた。
アスアッドでも一部の農奴以外はもう、おいそれとは食われたりしない存在になっていた。
「変革の時だな」
「えぇ、」
マルードとオルルト、ロイヒの四人でアジャイとソフアからの手紙に目を通す。
新しい無人島に、二人で移り住んだそうだ。
学園に行っているドラウナとリシャルを待つ。
そんな折帰って来たドラウナの胸の鱗が問題になった。
汚さずに祖父母と、叔父達の前に婚約者と共に帰って来た。
『寮監!なんでだ?』
ドラウドは、緑の寮監の元へ二人で通う様に言っておいた。
そして、彼らは忠実にそれを守った。
むしろ、そちらが楽しかった。
『父上、時が来たそうです』
強制移住の時が来た様だ。