放浪の始まり 06 難破船
「アレは船だな」
「そうだな。見たこともない船だ」
「あの布は、何に為にある?
あの二本の柱に、張ってあったようだが?
船の中に家がある。
近くで見てみるか?」
鎧を纏った大きなドラーザの二人が、羽を広げようとした時に目の前の空間が歪んだ。
眩しい光の中から、3年前に学園に向かった弟 アジャイが姿を表す。
薄汚れた紺に、幅だけはでかいが銀ではないか?
と、疑われそうな大きな胸の鱗をつけて。
「ただいま帰りました。兄上!」
(良かった。どこに出るかを教えてもらっていて。他の連中は出て初めて、その場所に気付くらしいからな)
「驚いた!アジャイじゃ無いか? 北の領地では無く、ここへ出るとは!」
「やはり、玉座の有る首都には置けないという訳か?まぁ、元気そうで何よりだ」
「はい。お陰様で何とか、この様に羽も尻尾も生えて、やっとドラーザの姿になれました。
鱗は、大きいだけで見劣りしてしまいます」
(やはりか!王座についても鱗は成長しその技量を表すというのに・・・・・二人の鱗は大きくはあっても、色の深みに欠ける。しかも、鎧とは・・・・・飾りとはいえ重量が増すだけで機動力が落ちる。長距離は飛べまい)
「もう、青と言っても良いほどだな?」
「はい。優秀な兄上達には及びません。
それで、兄上達は何を?」
「アレだ!」
斜め下を指し示された。
足元の断崖の下に、壊れた船が見えた。
(船? 帆船!でもなんでここに?)
「俺たちは、海に出る事は出来ない。
アレは、間違いなくファスタバが作り出した物だ。
この南側は、ドラウドの土地になるが、あの様な船を持っているとは聞いた事がない。
北は、荒野でファスタバは居ない。
東の海からやって来たという事は間違いない。
今、ここから先に陸地は見えない。
だが、ファスタバは海を越えてやって来た。
・・・・・・アレを手に入れる。
ファスタバが乗っていたら作り方を聞く。
そして、奴等がどこから来たかを白状させる。
この先に、何が有るのかを聞き出す。
東が、ここで行き止まりなのかどうかを知る為にな。
この大地が丸いのなら、この先に又大地が、大陸が存在する訳だ。
我々は全てを手に入れる。
その為に、東に出て来た」
(そんな事を、コイツらは考えているのか?
学園で学んだ事を欲望に結びつける・・・・・・)
「うん?」
「アレは?」
ファスタバの子供だ。
船に乗っていたのか?
甲板部分で動く姿が見えた。
「生きているな?」
「他にもいる様だな?」
「先ずは連れて行くか?アジャイ!ついて来い」
「・・・・・・・」
「アジャイ!」
「アッ、はい」
(間違いない。これが【守るべき者】だ。
だが、俺が二人と戦っても勝てるわけがない。
連れて逃げるか?
それで、四番目か・・・・・一人だけになる)
アジャイは、寮監から教えて貰っていた方法を取る事にした。
三人は、船の残骸に降りて行く。
上を見上げた幼い子供が怯えている。
アジャイは思い出した。
これくらいの子供を兄達は好む!
「アゴイ兄さん、アゴズ兄さん。
あの子供は、俺にくれないか?」
「どうしてだ?」
「ドラーザの姿になったら、食って見たくなった」
「・・・・・あぁ、仕方ないな」
「あんなチビに何かを聞いても無駄だし・・・・・
まぁ、祝いがわりだ。
お前にやるよ」
アジャイは、竜人の姿を解いて近づいた。
足に怪我をしている。
立ち上がれない様だ。
アジャイは目についた布を使って、その娘を包んだ。
兄達は、中から五人を引っ張り出した。
いずれも弱っているが生きている。
「変な事は考えるなよ?」
「ド、ドラーザ?」
「あぁ、アスアッドのアゴイだ!
この、船はどこから来たんだ?」
「イドス!
イドスの島からやって来た!
南に行くつもりだったが、舵が壊れて漂流してしまった」
「舵?
まぁ、色々と教えてもらうか?
この船にいるのは、この五人か?」
「はっ、娘は!ソフアはどこだ!」
「この子は、ソフアと言うのか?」
布に包んだソフアが動く。
顔を出す。
「ソフア!」
だが、父親のメキリがドラーザの事を思い出す。
「まさか、お前!ソフアを食う気か!」
(まずい!そんな事を言ったら、アゴイが挑発される!)
「そうだな。そこの、チビは俺が食おう」
長男のアゴイが、もう一人の娘を指差した。
「俺も、ご相伴に預かるぜ!」
ソフアの、もう一人の姉を指差した。
その口元には、もう涎が浮いている。
「ソチエを食うだって!」
兄のガスエが、叫んで立ち上がる手に銛を掴んでいる。
ソフアが身体を硬くした。
妹を庇ってガスエが前に出て、銛を構えた。
ダメだ!
兄二人に、殺意が湧いたのを感知してしまったアジャイ。
巻き添えを食わない様に、アジャイは竜人になって飛び上がった。
家族に向かって、手を伸ばすソフア。
「ソフアは、俺が助ける!」
つい、叫んでしまうアジャイ!
あまりの発言に驚くアジャイの兄達。
振り返ろうとする兄達!
長男のガスエがその隙を見て、アゴズの目を目掛けて銛を突き出す。
だが、掠めるに留まる。
「良い腕だな? だが、銛はこう使う!」
素早い動きで、銛を掴み取った、次男アゴイ。
返す様にして横に薙ぎ払う。
母親メスアが、前に出て脇腹で受け止めて吹っ飛ばされる。
銛が折れている。
もう、母親は生きてはいまい。
「ソフアを頼みます!」
そう叫びながら父親が、アゴズの胸に頭突きをかます。
鱗に衝撃を受けて突っ立つアゴズ。
完全に油断していた。
身長が低いファスタバが伸び上がる様にして、頭突きをかまして来たから鱗が捲れあがった。
衝撃がモロに心臓に伝わる。
だが、それでも数秒!
ナイフか何かを、鱗の下に潜り入れなければ!
我に返ったアゴズが、腹に一発捩じ込んだ。
崩れ落ちる父親!
目だけはソフアを追う。
ダメだ!もうこの二人は、俺では止められない!
これ以上見せてはいけない。
無理やり布で包み直しして、腰のベルトから寮監から渡されておいた球を投げつけ後を見ずに垂直に上昇した。
「コイツを握り潰すと熱くなる。そうしたら相手に向かって投げつけろ!
眩い光が出る。
そうしたら目が見えなくなるから、その間に海を左手にしながらとにかく一目散に飛べ」
確かに下から光が追い越していった。
アジャイには見えなかったが、下では二人の兄もファスタバ達も目を押さえて苦しんでいた。
アジャイは、海に沿って南へ向かう。
途中から高度を落として、海に面した崖に沿って飛ぶ。
コレならば陸地側からは見えない。
こうして、アジャイはドラウドの陣に急いだ。