放浪の始まり 05 学園
ファスラーザの寿命設定が間違っていました修正します。
20241026
学園
17歳になったドラーザが、秋の終わりに次々と集まって来る。
その数、数千。
いくつもの種族がいる。
ファスタバの姿で、学園の奥にある巨大な一辺が、10メートルは有る立方体の四辺を背にして、滲み出る様に現れる。
虚な目をして現れた者を、去年入学していた2年目を迎えるドラーザが分けていく。
流石に、男子が女子の胸の谷間を覗く事は無い
胸の鱗で区別される。
勿論、緑の鱗の持ち主が一番多い。
次いで青。
そして紺の鱗の持ち主。
一族の長につながる者とその婚約者は『紺の鱗、金の縁取り』
準ずる、階級の子女とその婚約者は 『青の鱗、銀の縁取り』
戦士や技術者 そして庶民 『緑の鱗、黒の縁取り』
ここに着いた途端に、色が変わる者もいる。
青から緑色に、或いは王族の紺から一気に緑に・・・・・・
だが誰も、不思議に感じていない。
これからも、鱗の色が変わる事はある。
学ぶ事と住む寮も変わってくる。
他のドラーザに侵略を受けて、逃避行中だった者すらいる。
侵略を仕掛けていたドラーザの種族が、手を差し出しても気にせずにその手を取る
連れて来られるのは夕刻から夜間。
だが、この場は常に朝。
予め、出立の日がわかっていた者も居れば、
ここに来て
『あぁ、そういうわけか』
と納得する者もいた。
そして始まる学舎での生活。
連れて行かれた寮に衣服が揃えられていて、それに着替えての生活。
基本的な教育は、どんな状態のドラーザでも受けている。
17歳になるまで最低限学ばせ、学園での生活が送れるようにされている。
落ちこぼれれば、鱗は緑になる。
数ヶ月ごとに自分達の国、領地で起こった事が全員を前にして教えられる。
その中には、誰かの一族が、ここに居る誰かの一族に下った事が告げられて鱗が王族から貴族にされた。
或いは、家族が滅亡したので、卒業後に他の場所か戦士、庶民になる事を選択させられる。
戦士、庶民達も帰る場所が変わる事を伝えられる。
だが、不思議とそれを気にする事は無かった。
婚約者が、臣下に下り婚約を解消された娘は、そのまま紺の鱗で居残った。
他の王族か貴族と縁を結び直し、第二の后として学園を去る時を迎える。
これから家臣として仕える、かつての婚約者には一瞥も無い。
ドラウドの王族は、三番目の兄が婚約者を連れて帰って来ない事を予測していた。
まだ、国境がハッキリしていなかった折に彼は学園に向かった。
領地が離れていた婚約者の娘と一緒に旅立った。
翌年に離脱してアスアッドに降った貴族の娘。
アスアッドの第二王子 アゴズの、第二の后になっている。
帰って来ても居場所が無いからそれが良い。
何を学ぶのか?
一年が360日で有る事は、皆知っている。
だが、学園ではその理由を教える。
太陽を回るこの星。
平らではなく巨大な球体だと教えられる。
空の星々が、昼に大地を照らす太陽より巨大な燃える星。
それが見えていて、遠くにあって同じ様に、このドラーザ達が住む丸い大地が有ると。
アジャイは思ったそうだ。
『なんで、この教師達は、その事を知っている?』
ドラーザであれば、アジャイもドラウドも、誰もが学園で三年間学んできている。
知識や授業風景、学園の寮生活。
喧嘩や、いざこざは覚えている。
学園が周囲を高い山に囲まれていて、三年間は外に出られなかった事。
そして、教えられた事。
授業の様子夜、教官の声。
アジャイが質問した。
「何故、大人のドラーザは夜目が効かないのか?」
教官は笑った。
「子供の時は、夜空に出る事が怖く無いのに、大人のドラーザは夜目が効かない事だな?」
「はい!そうです。そして、この学園に来て暗闇に目が慣れない事に気が付きました。
何故です? この胸の鱗が成長しているのに関連があるのですか?」
「ファスタバを守る為だ」
「ファスタバを守る?」
「夜に、逃げ出せなかったらドラーザはファスタバを、食い殺し尽くしかねないからな」
「俺は、そんな事をしない!」
「そうだな。アジャイ。
だが、お前の兄達は、未だ好んで食べているよ。
それに、お前の義理の弟も、そうだっただろう?
お前の母親が言った様に、この夏に屋敷にあげておけば良かったのにな。
毒を盛られて体調を崩した母親を、気遣った優しい娘だったのが仇になったな」
「ウッ!それは・・・・・」
(どうして、教官はその事を知っている。俺でも、忘れていたのに・・・・・アレ?何を忘れていたんだ?)
「その内に、その忌まわしい習性は消える。
私たちはそれを期待しているl」
アジャイは、入学時に婚約者を失っていた。
ファスタバの暴動。
16歳になったアジャイが、兄達に連れられて東へ遠征に出ていた時の事。
アスアッドの東と南への遠征。
その隙を突く、西からの侵攻を抑えるために、首都の守りが薄くなり地方の領主の館も同様であった。
農奴として働かされるファスタバ達。
新しく領土を得たここの領主は、若い夫婦者のファスタバを主に残した。
年寄りには子供の世話をするだけ残して消えてもらった。
子供が産まれれば、3歳から12歳まで屋敷に集める。
首都で王家がやり始めた、ファスタバの管理。
アスアッド二世に言われては、逆らう事もできない。
こうも頻繁に上の息子も連れて遠征に付き合うのだから、館の守りが薄くなる。
同じ様に、領主もファスタバの子供を人質に取った。
世話と監視はファスタバとファスラーザ。
ファスラーザは、ファスタバの女にドラーザが産ませた混血児。
ファスタバの特徴しか無く、耳が尖っているくらいでしか解らない。
筋力も若干ドラーザ寄りというだけ。
寿命だけはドラーザと同じ様に長い。
ファスラーザ同士なら、ファスラーザが産まれる。
ファスラーザの女が、ファスタバの男と子を成してもファスタバにしかならない。
女がドラーザでも、ファスラーザしか産まれない。
今朝、領主の館で幼いファスタバの兄弟が亡くなっていた。
夕刻、屋敷に勤めるファスタバの女が、意を決してファスラーザの息子を使いに出して、この事を伝えた。
夜。
農奴のファスタバ達が息を潜めて、屋敷の裏から入って来た。
他のファスタバは、準備を済ませて丘で小さな焚火を始める。
久しぶりに会った子供達。
だが、数が足りない。
ここの領主の農奴は、二百を越えていた。
それで、子供も同じくらいいた筈なのに、百人を越えた程度。
昨夜、死んだ二人の子供。
ファスラーザの息子が伝えた事。
『ドラーザが、居ないから逃げ出すなら今だ!夜、裏を開けておく。
このままじゃ、子供達は殺される。
逃亡しよう。
屋敷に残っているドラーザは年寄りと、成人前の息子と娘。
領主の妻は寝込んでいる。
コイツは、私が毒を呑ませる。
ユカトリスの毒だ。
西の領主が届けてくれた。
私が恨むのは、領主とこの妻。
娘には恨みは無いが、思い知らせるなら好きにしろ。
私達は日が落ちたら、残っているドラーザの年寄り兵士に酒を振舞って出て行く。
塩辛い肉にしておいたから酒を飲むだろう。
今夜は、四日続く闇夜の始まりだ。
私は、西に行くよ。
西の国が国境を超えているから、南と西の境の谷間を抜ける』
『子供は、どうなった!』
『ファスラーザを産まされた私に、それを言わせる気かい? 解っているだろう? 喰ったんだよ!
夕食の後に!私と、この子が離れで耳を塞ぐしかなかった位にね!
これ以上は、ここに居たくない。
ファスラーザの子供を抱えてでも良い。
あの子には、罪がないからね!
それに、このままじゃ息子に殺される』
もう、目が狂っていた。
ドラーザの年老いた兵士が、言われた通り煌々と灯りの下で眠っている。
『ドラーザは、夜に外の厠に小便をしに行く。
門番が焚き木をしてくれているからね。
だから、代わりに焚き木を消さないでおけば良い。
そして、帰りに必ず井戸の脇に置かれた桶の水を飲む。
真上を向いているから、背中を押せば井戸に落ちる。
前にも酔っ払って落ちた兵士がいて大変だったんだ。
羽が邪魔で、頭から落ちたドラーザはすぐに溺れる。
便所の便壺でも同じさ。
失敗したら暗闇に逃げれば良い。
怖がって追っかけてこない」
ファスラーザを産まされた、女がそう言って息子と二人逃げて行く。
痣がが浮かんだファスタバの息子の死体。
捕まるまいと、逃げた際にぶつけたのだろう。
頭に傷が付いていた。
やった奴は聴いている。
ここの領主の息子15歳。
コイツが、祖父や父そして兄と一緒でファスタバの肉を好む。
噛みきれないが、ナイフを使って捌く事に喜びを覚えていた。
屋敷で養われているファスラーザの息子にも怪我をさせている。
その両親と兄、弟を毛嫌いする娘は16歳。
この冬からは、アジャイの館に上がる事が決まっていた。
夜間に行われた恨みが篭った殺戮。
いかなドラーザでも、灯りを消されて棍棒で頭を殴られては気を失う。
言われた通りに井戸の中でも、三人が頭を下にして溺れていた。
他にも気を失わされ鱗を抜かれ、胸を刺されたドラーザの兵士達。
ファスタバもドラーザの戦いを見てきている。
翌朝、火がかけられた領主の館。
夜に火が見えたが、ドラーザには暗くって飛ぶ気にならない。
西の国境を守っていたドラーザ達が飛んで戻って来ると、ファスタバの集落も麦畑も燃えていた。
これでは、手に負えない。
丘の木の袂に燃え盛る屋敷を見下ろす様に、二体のファスタバの子供の遺体が置かれていた。
領主の部下に背負われて飛び、駆けつけたアジャイ。
婚約者は、屋敷から逃げ出したのだろう。
だが、川の中で見つかった。。
闇夜でなかったら、逃げ切れただろうに・・・・
息子は、裸に剥かれて相当殴られ続けた様だ。
便壺に逆さに押し込まれていた。
いかなドラーザでも成人前。
学園でドラーザになる鱗を成長させて貰えなければファスタバだ。
もう、涙を流す事もなかった。
やはり、ファスタバを怒らせてはいけない。
夜の闇は、ドラーザには味方をしてくれない。
二学年になり、三年と変わり一年がやって来る。
今年も、去年と変わらない位のドラーザだ。
増える事はないのか?
学園に来れなくなるドラーザは出てくるのか?
アジャイは教員と話した事がある。
何らかの回答を貰った筈だが思い出せない。
それ以上に、記憶からすっかり抜け落ちている【教師】の姿。
座学や実験、武術、作法・・・・・・全てに教師がいて、その助手がいた。
寮生活に於いても寮監がいたし、食堂で料理を提供してくれる者も居た。
だが、その姿が思い出せない。
アジャイが持ち帰った紙の束の中に、その姿を描いたが抜かれていた。
絵の技法。
投影法や立体図で教官を書いたはずが、同級生の娘になっていた。
いらぬ疑いを持たれて、その婚約者の男と揉めた。
だが、それは疑いはすぐに晴れた。
娘が『アジャイに書いてくれ』と頼んだと言った。
そんな記憶はない。
婚約者も、アジャイの絵のうまさを知って認めていた。
二人で並んで、描いてくれと金を差し出して頼んで来た。
教官から受ける様に指示を受け、筆を運んで色付けして渡す。
勿論、多少の修正を加えてある。
『嫌味にならない程度にな』
と教官も指示をする。
おかしい。
学園に来る前は、絵なんて描いた事がない。
自分でも不思議なのだ。
自分が、こんなに多才とは思わなかった。
学園では、緑の学舎で技師の授業に混ざって学ぶ。
戦闘術や領主の為の教育、舞踏会なぞ糞食らえだ。
そういう時間を、省いて技術を学ぶ。
「これは西のファスタバが使う、投網という漁だ。
上手くできているだろう?
こうして、上手く投げると足元に居る魚が捕らえられる」
「干満の差を利用した下水の処理施設だ。だが気をつけろ!
許容量を守らないと、臭いで悩む事になる」
そんな、庶民の生活を守る為の授業が楽しい。
海の魚が、食堂に出る。
紺、青の寮の食事より緑の寮の方が旨い。
簡単だがそれが良い。
向こうでは食事と言いながら酒盛りだ。
ここでも、酒を飲む事が出来たが自由意志だ。
元々、酒は好きじゃない。
寮監の許可を取って、緑の空き部屋に泊まる。
「20年くらい前にもいたよ。お前みたいな奴が」
「名前は?」
「名前は変わる。そうだろう?」
「・・・・・・すると、今40歳くらいか?
ドラウドという、父が目の敵にしている王家の四男坊じゃないか?」
「良くわかったな」
「父が言ったんだ。
『ドラウドの四男坊に似ている。腹立たしい奴だ』
とね」
「困った事があったら、彼を頼れ。
彼なら、新しい世代のドラーザに導いてくれる」
「それが、教官達の考える未来か?」
「・・・・・・良いぞ。やはり、お前だな。
今、この星に有る先端的な技術を教えてやる。
紺と青に渡すんじゃない。
特に、お前の父と兄達にはな。
ドラウドの国にも渡すな。四男坊と相談しろ」
それから、緑の寮で過ごすと寮監が、さまざまな事を教えてくれた。
それを記録したのがスケッチブック。
持ち帰ったスケッチブックの、何枚かに色の調整をするページを作って置いた。
教官の姿を色使いに混ぜた。
これは残っていた。
黄色とも赤とも言えない色。
水色
日によって姿形が変わる。
水の様だ・・・・
だが、頭の中にはファスタバに近い姿が・・・・・
見た事も無い服・・・・
そう言えば、剣の指導者の鎧が
『鎧の中に粘土を詰め込んで、立たせているみたいと誰かが言ったわ。私もそう思う』
・・・・戦士の娘がそう言った。
そうだ、自分もそう思った。
夜が苦手である筈のドラーザでも夜間にも授業が行われる。
道を脇から照らす灯りが有るのだ。
部屋に入って窓をしっかり締めて眠るが、部屋の明かりは枕元で調整出来た。
そして、朝には灯りが消えている。
謎だらけの三年間。
王族や貴族とは仲良くなれなかった。
だのに、鱗の紺色は濃く金の縁取りも大きい。
「出立の日に、絵の具でくすませておけ。四男坊もそうしていた」
緑の寮監が教えてくれた。
次々に、石碑に触れて消えて行くドラーザ。
制服だけが、脱ぎ捨てられ残る。
これを、集めて洗濯場に出すのは来年3年になる生徒の役目。
アジャイが、石碑に触れようと前に出る。
裸になったアジャイの背中に声がかけられた。
自分を見送る者などいない筈なのに?
腰にベルトが巻かれた。
「アジャイ!これは着けていけ。
使い方は、覚えているな?
少し、役目が変わった。
お前は、兄達の前に出る。
兄達について行け。
護りたい者がいたら守ってやれ。
荷物は、四男坊に送っておく。
良いか。
護りたい者を守れ。
全力で海に沿って飛べ!」
緑の寮監の声で、絵の教師が背中を押した。
問い返す間も無くアジャイは、海岸で一隻の難破船に目をやる二人の兄の前に現れた。