放浪の始まり 16 学園島
ドラウドは、立国した翌年には島々に学校を置いた。
小さな学校。
中には、子供も労働力だと反対する親もいたが、ドラウド自らが鶏舎の掃除をしに来た時には驚いた。
しかも実に手際がいい。
壊れていた棚も修理されては、ファスタバとしても文句は言えない。
しかも、鶏舎の掃除や卵を集める事。
市場に持ち込む事も、学校の生徒の授業の一環にしてしまう。
初めて触れた暖かい卵。
子供の中には、料理は食べた事があっても、卵を見たことも無いドラーザの子供もいた。
ドラーザで職から引退した者が、ナルフトで使う教科書を使い学びを教える。
現地に住むファスタバも、貴族に連れて来られたファスタバも関係無く学びの機会を与える。
島へ移る事を余儀無くされた貴族や戦士職、技能職のドラーザの中には、子供をそのままナルフトで学校に通わせている者も少なくなかった。
三年後には、南の島々はキースが寄宿舎を備えた学校を作り、ファスタバとドラーザの子供、そしてファスラーザの子供も受け入れ始めた。
北の島々では造船所の横の集会所が、その役目をしていた。
ドラーザの女性 ベリア達が親切に座学を教える。
もう90近くなるはずだが、40前の気品ある女性にしか見えない。
夜も他のドラーザの女性も加わり、ファスタバの女性を集めて知識を与え刺繍を教える。
時にはロイヒも顔を出して、護身術を手解きして女性や子供に喜ばれる。
ロイヒは子供に好かれ、遠くからでも彼女が島の見回りをしていると、その鮮やかな黄色の衣装目掛けて駆け寄ってくる。
海で遊ぶ時には、収縮性の良い糸で編まれた身体全身を包む様なスーツと、浜に生えたロウラという樹の実から搾った油を胸や顔に刷り込むのを手伝ってくれる。
これを塗っておかないと、ファスタバの姿でも胸と頸の鱗は残っているので、砂が入り込むのを防いでくれる。
それに、一日中海で過ごした後も肌が赤く成らない。
今では、島で暮らすドラーザだけでは無く、多くの女性が朝からこの油を刷り込む。
「ソフアに感謝ですね!」
搾ったままでは嫌な匂いがする油を加熱処理して、目が細かい布でさらに絞る。
するとサラサラとした油に生まれ変わって、匂いもしなくなる事をソフアが編み出していた。
子供の頃に記憶として刷り込まれた事だそうだが、今では、モリハンを通うじて大陸でも大人気だ。
透明な瓶に入れてモリハンへ輸出していた。
島の財政を支えてくれている。
作って貰った、小型の帆を一枚だけ付けた船を操り、子供達とはしゃぐ。
今では、すっかり島での生活を堪能している。
子供がまだ出来ないのは少し悩みだが、ドラーザでは排卵周期がファスタバより長いので、よく有る事だった。
ドラウドが手狭になった家を、教師を続けてくれている彼女達に譲った。
ここならば必ず人がいる。
何より、信じられる幼馴染の元戦士長ルカスが居てくれる。
ドラウドに入国するなり、夫から逃げた妻達。
モリハンでは中堅の貴族であった妻達は、子供と他の妻を誘って離婚調停を申し立てた。
入国手続きの部屋でドラウドと、その妻達に赤裸々な話を打ち明けた。
そうか、これが父 モリハンの頼みの一つ・・・・・
モリハンでは、貴族で有る実家の事もあり離婚は考えられなかった。
それは、平民でも同様だった。
長い一生を持つドラーザにとって、子が成人した後には別れて暮らす事も有る。
その中のひとり、フォース家の妻 ベリアは夫婦関係の破綻を理由に領地に入る事を拒んだ。
当然、この島に流された貴族達の寄親であったあったバイク家から、書簡で離婚調停の不受理を求められるが、ドラウドは応じなかった。
ベリアの実家 フロウ家からも『娘とは思っていない』と、断絶を言い渡して来た。
こうして、フォースの妻ベリアは自由の身となり離婚が成立した。
この三家に仕える戦士の妻と子も、
『粗暴な夫 (父)に殴られる事には、もう耐えられ無い』
と離婚が申請される。
子供にも悪い影響を与えると、マルードを頼って島での新たな生活にかける。
妻達は、それぞれに優れた才能を学園で見出されて居たのに、それを活かせないでいた。
その知識と武芸を、ファスタバとドラーザの子に伝える事で生計を立てた。
フォース家の元妻 ベリアも、教育と刺繍を子供達に伝えて、島に伝わるレース編みに刺繍の技術を加えて、独自の感性を加えた『ベリア編み』を確立した。
これが、ロイヒがお気に入りの水着を産み出した。
こうして、基礎教育が国民に広まった頃。
オルルトが産んだ女児が8歳になる。
その歳に南部の島と北部の島の中間点。
ドラウドは、久しぶりに竜人となって上空から妻達と見下ろした。
「やっと出来たな」
「ありがとうございます」
「みんなが、手を振ってくれていますよ!」
上空から手を振り返すロイヒ。
「ロイヒ!行ってあげなさい。貴女の事。待っているわよ!」
「はい!それでは先に! みんな〜良かったね〜」
黄色のドレスを羽ばたかせて、一気に降りて行くロイヒ。
地面に脚を付けると子供達が集まってくる。
すぐ様、ファスタバの姿に戻る。
「一番はしゃいでいるのは、ロイヒの様だな!」
駆けっこをして、はしゃぎ回る姿。
ドラウドは、ロイヒが泊まる部屋を作らないといけないなとそう思った。
参考にしたのは、かつての母校。
取り敢えずアジャイに学園長を任せて、ソフアにも教壇に立って貰う。
許可された者以外は島に入る事を許さず。
ドラウド直属の兵を置いた。
ファスタバも対象とした学園。
島々で行っていた塾の様な教育の場を1箇所に集中して、8歳から17歳まで学園島とも言える寮を完備した学園を設けた。
教育の一環としてファスタバの子供に混じって、ドラーザの子供も畑に出て鍬を持ち、雑草を引き抜き、家畜に餌をやり網を引く。
食事も、みんなで手助けしながら、その日に収穫できた食材で食事を摂る。
ドラーザもファスタバも、関係なく共に机を並べて学ぶ。
ただ一部のドラーザの中には、ファスタバと学ぶ事を拒否してモリハンに渡るか、館で両親が教育にあたる。
やはり、この連中は父が言っていた行動を取ったな。
バイク、フォース、ギル。
これらの貴族と、そしてその家臣。
兵士も緑の鱗なのに仕える貴族のせいで、特権階級と思い込んでいる。
彼等の子供達はナフルトに貴族が設立した学園で学ぶ。
モリハン王が王城にファスタバ、ファスラーザと一緒に学ぶ学園を設立して、王族の子を通わせていると言うのに・・・・
引退した貴族の年寄りが教壇に立つ。
ドラーザの優位性を口走る、その目は狂気に溢れていた。
アジャイの元へ訪れる寮監も、貴族学園生には頭を痛めていた。
「別にドラウドだけじゃ無いんだ。
ファスタバとファスラーザに、いろんな権利が認められた。
ところが息子に後を譲った、貴族の90を越えたドラーザが、孫やひ孫に昔話をする。
そんな学校、学園が各国に出来てね。
又、ドラーザ至上主義にぶれて来ているんだよ。
アスアッドでも、ファスタバの数が絶対的に少なく、アスアッド3世になってからは、モリハン法を真似た法を制定してファスタバのご機嫌取りをしている。
ただ、今回の改正モリハン法みたいに、ファスラーザにまで庇護対象範囲を広げて居ない。
何処からか攫って来た、ファスタバの女性に子供を産ませる事で、奴隷の数を保とうとしている。
あくまで、自分達の優位性を守りたいんだろうな。
だから、あの国ではファスラーザの地位は最下層に置かれたままだ。
自分達の子供に間違い無いのにな」
「アゴイがファスラーザに、思いが有るのは解っていますが・・・・・」
「コールトのお陰で国が成り立っているというのにな。
ところで、その君のもう一人の兄の情報は来ているかい?」
「アゴズの事ですか? アゴイと対立している様ですね」
「なんだ知っているのか!
アゴイと対立して、アスアッド3世となった兄の即位式に呼ばれなかったしアゴズも祝いの使いも出さなかった」
「えぇ、アゴイとは絶縁して、兄の婚約者だった第3后の伝手を頼って、モリハンと同盟を結ぶそうです」
「条件は改正モリハン法への恭順。コールトも推薦していますから」
【コールト】
アスアッドとモリハンの間を取り持つ商人。
アスアッド二世の子。
アスアッドの中でもモリハン寄りだった領主の元に、ファスラーザの彼を連れて逃げて来た。
そして、港町に暮らし商売を学ぶ。
「彼女とコールトを助けた、先代のドラウドには感謝しているよ」
「私にとっても兄ですからね。
でもアゴズは、良く肉への渇望を抑えましたね」
「アゴズも親だって事さ。
アゴイとの仲を悪くしたのは、ファスラーザにアゴズが産ませたファスラーザの娘を攫われたからだ」
「まさか、アゴイ!」
「あぁ、アゴイの親衛隊が、アゴズの娘を攫ったんだ。
アゴズも迂闊だった。
妻と娘が子供服を買って、王都の商店から出て来たところを攫われた。
王族の関係者を示す、青い旗の馬車で乗り付けたのに無視された。
後は言うまい」
「・・・・・・はい」
「ファスラーザの妻は、アゴズを愛しているんだ。
アゴズは、王城に娘を取り返しに行こうとしたが、妻と王都を逃げ出した。
『もう遅い。2人の口塞ぎに親衛隊が城を出た』
と言う情報がもたらされたからな。
恐らくコールトの密偵だろう。
アゴズの娘を、兄アスアッド3世達が喰ったのが貴族に知られたら求心力が下がる恐れがある。
だから、王都で騒ぎを起こす前に、謀反の濡れ衣を着せて殺そうとしたみたいだ。
明日は、我が身だからな」
「そうでしたか・・・・・訣別したのは、知っていましたが・・・・・」
「親衛隊の連中は、前からアゴズがファスラーザの妾を正統な后同様に扱うアゴズを嫌っていた。
『ファスラーザの妾と娘が、青い御旗の馬車に乗り王城に入った』
それだけでも許せなかったんだ。
事を知ったアゴイは、親衛隊を責めるではなく表彰した。
『アゴズの妻達が入ったのは、王家も使う貴族専用の店。
奴隷のファスラーザなんぞが、その穢れた身で入って良い場所では無い!
店を穢したファスラーザに罰を与えた。
それだけだ。
王族とは言え、妾とその娘にドラーザとの線引きを教えていないアゴズが悪い!』
だとさ。
領地に帰って来たアゴズは、貴族を集めてアスアッドと訣別する事を宣言した。
第一后、第二后からも後を追う様に、絶縁状が届いたよ。
他にも山の様にね。
アゴズは、父親と兄さえいなければ良い君主になれるよ。
第三后とファスラーザの妾の存在が大きい。
ファスタバへの偏見が強い第一后、第二后との仲は冷え切っていた。
二人とも王都に居座って、アゴズの領地の東海岸には来た事もない。
王都周辺よりも、アゴズの抱えるファスタバの数は少なかった。
溜め込んだ金貨と契約奴隷を率いて、第三后の親達は真っ先に王都に向かったがね。
戦士ですらアゴズを見捨てたからな。
勝手に王都へ帰還した。
だから、今彼を支えているのは第三后と妾。
真にアゴズを支えるモリハン寄りの者だけだ。
アゴズも名を変えるそうだ。
鱗も抜く事を考えている」
アジャイは、胸に手をあてた。
あの痛みを思い出す。
「後悔はしていないのか?」
「はい。ソフアも聞いて来ませんよ」
ドラーザで有るアジャイは、今でも青年の姿でドラーザの名残は頸に残る鱗だけになった。
胸の鱗は、いつの間にか消え去っていた。
「そうか・・・・・アジャイ。これからは、お前が学園長か?」
「そうですね。でも、直ぐに適任者に譲りますよ」
「ベリアか? 解った。学園ではこれからも、出来るだけファスタバへの忌避感を持たせない様にする」
「寮監。ドラーザの学園を閉じる事は考えないのですか?」
「出来ないんだよ。あの3年でドラーザの身体に変えているのは知っているよな?」
「えぇ、ですから変化がなければ、長寿種のファスタバになるのでは?
肉の渇望を抑えられるのではと思いました」
「残念ながら、そうはならない。
気づいているだろうが、ファスタバに他の星の竜人の遺伝子という、生命の設計図を組み込んだのは我々だ。
目的は、進化を促す事。
まぁ、その竜人が滅亡してしまう運命にあったのが最大の理由だし、面白そうと言うのも理由だ」
「面白そうって・・・・・」
「そう言うな。
アジャイも、麦の改良をする為に散々やっているだろう?
この島にいる野生種の豚と大陸から連れて来た豚を交配させて、この島で家畜化しただろう?」
「ですが、・・・・・・」
「解っているさ。君が言わんとしている事は・・・・」
「では、竜人がなぜ滅んだか? 気にならないか?」
「はっ!そうですね!」
「全球凍結
大地、海全てが竜人が住んでいた星は、氷に包まれたんだ。
まだ、その氷は溶けていない。
氷の下で何年かは生きていたが、もう最後の竜人が死んで数百年になる」
「そんな事が、起きたんですか?」
「あぁ、前から警告しておいたんだが、彼らの文明の発展スピードでは対抗できなかった」
「この星でも、起きるんですか?」
「どんな形で起こるかは、私たちでも分からないんだ。
ただ知っている例を挙げると
あの太陽が死ぬ。
徐々に膨れ上がって、この星を灼熱地獄に変えながら飲み込んでいく。
他には、大地の裂け目から溶けた鉄や岩が溢れ出す。
火の山は知っているだろう?
それこそ大陸や、この島の火の山まで溶けた鉄や岩を撒き散らす。
その後起こるのが、先の全球凍結だ。
噴き上げた灰や煙で、太陽からの熱が届かなくなる。
火山活動が大人しくなっても、一度巻き上がった煙と灰は陽光を遮って一気に気温が下がる。
他にも、星の中を移動する流れ星の集団が、この星に襲いかかる。
そうすると、この星の軌道がずれる。
灼熱地獄か氷結地獄。
空気も奪われるから、窒息する最後もある」
「逃れられない様ですね?」
「我々は、君たちに知恵をつけて発展を促しているんだ。
ファスタバだけじゃ、いつまで経っても文明は発達しないからな。
生活できている事に満足するんだ。
彼らは。
だから、ドラーザを産み出してみた。
ドラーザは、長寿だから技術や知識を伝えて行くのに、うってつけだからな」
「この星の危機は、いつになるんですか?」
「言ったろう? 我々にもわからないんだ。
ただ、その時が来たらこの星に残るか、他の星に向かうかだ」
「他の星に向かう!そんな事が出来るんですか?」
「やるんだよ。
竜人達と同じ様に、この星で滅びたくなかったらね。
さて、余計な事を話しすぎだと警告が来た。
最後に、もしあの学園に通わせなかったら、どうなるかだけ言っておく。
死ぬか狂うかだ。
竜人にはならないが、同族食らいの血が残っていて武器を手に暴れ回る。
それを抑えて、牢にぶち込んでも狂うだけだ」
「その言い方だと試したんですね?」
「あぁ、犠牲になって貰った」
「あなた達は・・・・・楽しんでいるんですか?」
「否定はしない。
もう何万年も、この星々を旅する生命体を作る事だけが我らの使命だ」
「そのあなた達が、この星にいる。近いんですね?」
「勘がいいね。アジャイ。
だが、そう今すぐと言うわけじゃない。
だけど、ギリギリなのは間違いない。
期待している。
ファスタバ喰らいのドラーザは、出来るだけ抑える様にするけど、実家を潰しておいてくれると助かるよ。
先に鱗の色を変えれるからね。
じゃあな!」
光の輪が消えていく。
「実家を潰せか・・・・・」
島流しになった連中の中に、ファスタバを食っている奴がいる訳か・・・・・
キースに、明日相談だな。