放浪の始まり 14 街づくり
イドスだけでは無く、ここの島々には、地下に抜ける逃げ道を持った家が多く存在した。
ドラーザが、まだこの世で見かけられず、ファスタバしか、この世界に居なかった時代。
海に面した港町を、夜更けから早朝にかけ小集団で襲撃して食糧や酒、衣料品を奪い女性に暴行を働く海賊行為をする者達が居た。
鳴子や逆茂木を使っても、向こうも手を知り尽くしている。
と言っても、大人数で押し掛けて殺戮を尽くす訳ではない。
こっそり忍び込まれて被害を受けた。
見張りを立てることになるが、小さな村々ではそうもいかない。
就寝時には地上の家に、食料と酒を置いて地下に潜る生活をしていた名残だ。
こうしておけば、また来る時のために火を付けたり地下へ襲っては来ない。
腹が減り酒に飢えた為の所業だ。
火を付けられて、全てを無くすよりは良い。
だが火の山の噴火後は、その海賊達もぱったりと来なくなった。
火の山の怒りに触れて焼き殺されたとも、逆巻く潮に呑み込まれて消えたとも言われている。
島々のファスタバ達に平和な時代が訪れたが、今度はドラーザの恐怖が知らされる。
今度は、空から襲って来る。
だが、夜間は襲って来ない。
だから、昼間は玄関のドアと地下室の入り口を開けて暮らす。
畑の周囲に狭い間隔で木々を植え、林の中に洞窟を掘り逃げ込めるようにした。
命を永らえるように・・・・・
だが、自分達の前に現れたドラーザは、自分達を守り、そして共に汗を流し船を作ろうと言う。
ソフアの父が作った造船所は跡だけが残っていたが、今それを更に大きくした物を建てる事になった。
造船所の設計図を見ながら、必要になる煉瓦の数を計算する街の代表ガイメの次男ロイロが、ため息混じりに言葉をつなぐ。
「今回、ドラウド様が来てくれなければ、アスアッドのドラーザに殺されたか、生き残っても俺たちは、命をかけて南の島に渡るしかなかった。
この冬越しの準備が出来ていなかったんです」
「そうだな。食糧が、ここまで無かったとは思わなかった。
準備に手間取ってしまい済まない。
早く来ておけばと後悔するよ」
「いや、良いんですよ。
とにかく私たちは助かった。
食糧も助かるが、何より新しい人が増えた。
嬉しいですよ。
今までは、赤ん坊が産まれても、毎年、それ以上の死人が出る。
もう墓を掘る気力も無くなって、申し訳ないけど身寄りが無い死人は、壊れかけた小舟に乗せて海に流しました。
俺も女房が出産の折に亡くなって、一人者だけど後妻もいない。
親と暮らすのも、兄貴の一家がいるから申し訳なくて」
「何を言っている。
奥さんと子供が亡くなったのは、お前のせいじゃ無いじゃ無いか?
春になったら、南に行って貰ってガラス細工を覚えて帰って来い。
なんなら、そのまま向こうに住んで新しい家庭を持つが良い。
アジャイが、透明なガラスで様々な食器を作ろうとしているんだ。
それに、お前のお袋さんの編み物の技術も、この街の女達に広めて貰って助かっているよ」
冬の間にレンガを焼き、レースを編む事を覚える。
地形図に水路を書き込み、石摘みを検討した。
北からの風が収まり、雪の日が無くなり積もった雪の下から流れでた水が丘を濡らし始めた頃。
ドラウドは自ら鍬を持ち、石ころ混じりの大地から石を取り除き、その石を積んで段々畑を作り始めた。
土は痩せておらず石ころが、植物の成長を妨げているに過ぎなかった。
石灰岩を焼いた粉に水を混ぜて、石垣の隙間を固めて地震対策にスロープを付た。
これを更に水路につなぐ。
下の畑に水を回す水路も作った。
急斜面を流れ下る川から水路を掘り、ため池に流し込む。
河川が氾濫しないように、考えて計画を進めた。
焼いた石灰の粉や木材等、重い荷物の上げ下ろし。
水車を使って粉を引くだけではなく荷上げ荷下ろしに使うなど、誰も考えた事が無かった。
これも、アジャイが考え設計図を送ってくる。
その大型の水車を、作り上げる造船所のドラーザとファスタバの技師。
島でも鉄の道具を作っていたが、脆く直ぐに折れた。
これも惜しげもなく、ドラーザの鍛治師が教えてくれる。
吹子を使い、砂鉄を溶かし鉄を鍛える。
今まで、鉄を打つのは形を整えるだけだった。
だが、ドラーザは鉄を鍛えるために鉄を打つ。
打たれ鍛えられた鉄は、強く欠けにくくなった。
南の島に出る黒い燃える石。
だれも住んでいなかった島には、鍛冶場、ガラス窓を作る職人の声がこだましていた。
ドラウドとオルルトは雨の日には地図を作り、ファスタバの物知りな年寄りから、天候についての細かな記録を取り、今まで起こった天変地異や気象についての話を聴く。
「火の山から、火の雨が降った言い伝えがあるのか!」
大地の揺れは、ドラウドも経験した。
思わず飛びあがって逃げたドラーザもいた。
パン作りの老婆が、
『大地が、割れた跡が有る』
そう言って、息子に案内させてくれた。
確かに、そんな跡が有る。
久しぶりに竜人の姿で、飛び上がって上空から見てみる。
ここだけじゃ無く、更に段差が続いている。
「これは、大変な場所に領地を得たな」
「ですが、やり甲斐はあります。なんと美しい土地と海なんでしょう」
アジャイが言う様に、ファスタバ達にも見せてやりたい。
ドラーザに抱かれて飛ぶ事を、好んだのは子供達とパン焼きの老婆だった。
地上に降りると泣いていた。
「良い物を見せてくれた。
今まで、ちっぽけだった畑が、こんなにまで広がって、ありがとう。
私は良い土産話を爺さん達に出来るよ。
ドラウド様。この島をよろしくな」
そう言って笑った。
大地の割れ目の辺りは水が無いが雨が降る。
こんな土地でも、よく育つ植物をアジャイが送って来た。
サトウキビ。
今まで、果物や蔦の汁を煮詰めていた甘味が、こうして手に入るようになった。
感心したのがファスタバのひとりが、それまでは汲んだ海水を鍋に入れて作っていた塩を、ドラーザの鱗の縁に出来る塩を見て新しい塩の製法を考えつく。
今まで燃やすだけだったサトウキビの葉を竿に干しかけ海水を掛ける。
下に置いた長い桶に溜まる、濃くなった塩水。
これを更にかけていくと、真っ白な塩がサトウキビの葉に浮き上がる。
これを、石灰岩で固めた床に落としていくだけだ。
上質にするには、これを真水に溶かして煮立てて浮いて来る灰汁を取ればいい。
麦藁でも出来る。
ただ燃やしていた麦わらが役に立つ。
雨が降ったら大変なので、雨が降る前の予兆と年寄り達からの話で塩作りが順調になった。
【塩】
北の領地には海が無かったドラウドも、かつて祖父が塩に苦しんだ事を知っていた。
アスアッドも、北に侵攻して海に面したが塩作りには苦労をして居る様だ。
未だに海水を釜で煮立てて作る。
父と兄達への手紙を書いて、塩の製法を伝える。
アジャイに手紙を運んでくれるファスタバが父達に届けてくれる。
返事には、
『作り方は、周りには知らせないでおく。島々の特産として納品しろ!』
そう書かれていた。
モリハンでは、大きな河川と運ばれてくる石炭の粉のせいで、海水に雑味や土が混ざり出来上がった塩も、そのままでは口に出来なかった。
ドラウドは、更に調べを進める事にした。
船を操る為に、方位磁石と夜空の変化を観測させて来た。
ドラーザでも、この星の事については教えてもらっていない。
星が、空の一点を中心に回る事を教えてくれたが、その時の星の配置と色が違っている。
学園では、この星以外の事を教えているのは間違いない。
『自分の星だ。自分の星の事くらいは自分で調べろ』
という意図が透けて見える。
寮監が、ドラウドとアジャイが作成している、この星空のスケッチも海図も、こっそりと見に来ているようだ。
朝になったら、纏めておいた資料がずれて居る。
どうだい?
先生達の思惑通りかい?
街だけでは無く、狼煙をあげた岬の先でも、波の高さや波打ち際の位置の変化を調べる。
経験でファスタバ達は潮の満ち引きを、それとなく解っていたが記録をつけさせた。
モリハンの河口でも、あれだけ潮の満ち引きがあったんだ。
モリハンは、潮の満ち引きを使った台船で石炭の搬送をする事に着手している。
やっと、露天掘りの鉱山に繋がる街道まで水路が届いたそうだ。
煉瓦を準備していたおかげで、秋の収穫前には造船所も完成した。
ふんだんに、灯り取りの透明なガラスが使われて換気も充分できる。
金属加工用の炉が壁から突き出されるように設けられていて、火が落とされる事は無い。
流石に夜間は、火は細めるがそれでも周囲は明るい。
夜にも見回りがやって来る。
曲げ加工をしている型枠から、木材が弾け飛ぶ事もあるからだ。
そうなっては、危なくて仕方ない。
だから、カンテラも灯され続ける。
その灯りを使って、今夜もドラウドは報告書を読んでいる。
マルードも一人暮らし用の家で休んでいるし、オルルトも久しぶりに妊娠してマルードの近くの家で、娘、息子と暮らしている。
ロイヒの前にオルルトが妊娠する。
もう60近くになるが、ドラーザではよくある事だ。
従ってロイヒが、もうドラウドのそばにいる。
式は収穫の後になっているが、まぁ、そういう訳だ。