放浪の始まり 12 待ち伏せ
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島に居ると朝になった途端に、戦士が家のドアを叩いた。
沖に交易船の姿が見える。
必死に飛んできたのだろう。
オルルトが、冷たい水を与えて落ち着かせる。
『登城せよ』との通達だ。
返す交易船に言われた通り、家族総出で乗り込み島を離れる。
ナルフトには、薄々今回の呼び出しが何なのかは解っていた。
王城では、先王を始めとした諸侯も、他国の使者も列席していた。
アスアッドの船が、東の島に侵攻する事を決断した様だ。
『東へ向かえ!東に島があるなら、その先も更に向かえ!』
現地の事を知らない父と兄に、尻を蹴り上げられた哀れなアゴズ。
モリハン王からの、勅書が読み上げられる。
「本日をもって祖父の名を継ぎ【ドラウド】を名乗るが良い。
これで、いよいよ、その国は我が国にとって重要な国と位置づけされた。
先王の名は、【ムオイ(光)】だ」
騒めく諸侯。
(ふふ、驚いた様だな?
これで、あの島国は独立国で有りながら【ドラウド】の名を冠した最重要国に格上げされた。
ここに居る官僚、貴族も、もう口出しできまい。
アスアッドの連中。さて、どう出るか?)
アスアッドは、未だアスアッド二世が統治しているが、広大な領地に対して人口が足りなさすぎた。
もう国境は無いに等しい。
ファスタバ達も、自由に出入りして耕作しても文句が出ないはずだが誰も移住しない。
モリソンも他国も侵攻しないのは、利がないと見込んでいるし手を出すまでも無いと踏んでいる。
アスアッドに対してモリハンは冷戦状態に有るのだが、それでも交易は続いている。
今、アスアッドは燃料となる油と石炭を欲する。
アスアッドでも、露天掘りで石炭は取れるのだが人手が足りない。
ファスタバが寄り付かないし、石炭鉱山に行かされるくらいならと逃亡をはかる。
したがって、戦士、兵士を使って掘ってはいるが、不平不満が出てアスアッド王家が揺らぐ一因になっていた。
学園から帰る際に、行き先を変更する者も出て来た。
『アスアッドに帰らなければ、一族皆殺し』
と言ってはみたが効果が薄かった。
自領を捨てて、西へ逃げ込むドラーザも多い。
島に住むファスタバ達は、アジャイの後押しでドラウドの下に着く事を了承してもらった。
アジャイの顔を潰すわけにはいかない。
領主にしたいが、アジャイはいずれ王都に置きたい。
そこで、古くからの付き合いでドラウドの、考えに同調している友人のキースに治めてもらう事にした。
アジャイも、彼の人となりを評価してくれた。
貴族らしくないドラーザ。
竜人の姿を取る事は、移動だけで時間を大事にする男。
早速、島々を巡り、その広さに圧倒される。
キースは帰ってくる早々、アジャイに興奮して報告をしていた。
「良く翼を捨てる気になりましたね?」
「あぁ、中々良い光景だろう。
胸の鱗を取ると決めて、見納めにソフアと何箇所も巡ったよ。
だが、ソフアには代えられない。
きっと、今度は空を飛ぶ方法を考えてみせるさ。
ファスタバの連中にも、空から自分が住む世界を見せてやりたい」
アジャイが住み着いた無人島にもファスタバ達が戻ってきた。
水さえ確保できれば、最初にファスタバ達が住み着いた島だ。
生活環境が悪いわけじゃ無い。
飲料水は、山から湧き出る水に頼っていた。
だが、全てを地下水に頼るだけでは無く、生活用や農業に回す為の貯水池を作らせる。
街跡にも井戸があったが、塩が若干混じる。
煮詰めたら塩が出るほどでは無いが、野菜の味付け程度なら出来るくらいに濃くなっていた。
アジャイが教えたくれた方法で、井戸を掘っても海水が混ざらない地形をいくつか探して井戸を掘る。
この技術も、学園で学んだそうだ。
開墾をして来ているし、そちらでも食料増産は見込める。
食糧や必需品、日用品は持ち込んでいるし大陸から運んでくるが、それに頼りっきりという訳にはいかない。
だが、ファスタバに無理をさせるわけにはいかない。
特に重労働になる水の管理や、荷運びを楽にする。
水車を使って小型の台船にロープをかけて、水路を上下させる事で荷の上げ下ろしを楽にした。
ここで、ドラウナとリシャルはアジャイから教育を受ける。
先ずはファスタバとの接し方。
リシャルは、ファスタバに対して迫害をする両親や兄弟達に嫌気が差して出ては来ているが、それでもファスタバとは距離を取る。
鱗を抜いたアジャイとドラウナでは、力の差は歴然で有るがアジャイがドラウナをあっさりと立ち尽くさせた。
鱗の端を持ち上げる。
縁が厚くなった事が災いした。
棒の先で突かれても痛くも痒くもないが、縁を持ち上げられると全身に痺れが走って、ほんの数秒だが動きが止まる。
ファスタバの姿でもそうだし、ドラーザの姿だと更に攻撃を受け易い。
そして後ろに回り込まれて肩甲骨の間へのひとつ突き。
羽が痺れて動かない。
ドラーザは無敵を装っているが、実は人間と同じくらい弱点が多い。
その為、胸と背中を守る為に胸部装甲が流行り出した。
その為、戦士同士の戦いは目や頭を狙って、とにかく打撃を与える事に集中している。
ファスタバには、余計に手も足も出ないだろう。
だけど、本当にそうか?
金的を狙えば悶絶するし、尻尾を掴まれたら相手をどうにか引き離さないと飛べない。
尻尾に相手を振り回すような力がない。
ただの飛行中の舵取りだ。
過去に、この尻尾の付け根を狙われて飛べなくなって、惨めにファスタバに殺されたドラーザもいる。
「覚えておくが良い。我々は飛べるだけが優位。
逃げるだけが優位。そう考えろ!
「ですが、槍では私は負けません!」
リシャルも、この頃、ロイヒに感化されてきていた。
「それじゃ、一日中戦えるか? 夜になったら見えないんだぞ?」
「あっ!」
「解った様だな。
先ずは、その絶体的な強者という考えは捨てろ。
この島々の住民の中には、元は大陸に住んでいた者もいる。
そういった者の子孫もな。
それこそ命懸けで渡ってきて先ず最初にやったのが、いろんな場所に洞窟を見つける事だ。
森の奥ならなお良い。
羽が邪魔をして追って来れないからな。
ドラーザが夜目が効かないことも知っているから、洞窟内部は繋がっているし罠も多い。
鱗を抜いて改めて洞窟に案内されたが、その罠の多さに驚いた。
誰も追って行けないだろうし死ぬだけだ。
「そんな、卑怯な!」
「だからそれが、ダメだって言っているだろう?
こっちだって、対等の条件で相手をしている訳じゃないだろう?
生き残った方が勝ち!
死者には、劣ったところ、知恵が回らなかったところがあったんだ。
卑怯なんて、負けた奴の言い訳だ。
弱かったそれだけだ。
この頃、ドラーザも鎧を着込むだろう?鎧を着ていたら長い時間戦えない」
「はい。戦士長が支給されて困っていました。なんでも、アスアッドが身につけているとか!」
「それは、ドラーザ同士では有効かも知れないな。
でも、それを見たファスタバの連中面白い事を準備していたぞ。
塩や香辛料の袋を腰に付けているだろう?」
「えぇ、昼飯で使います」
「あれを、目潰しに身使う。鎧のせいで目を拭えないから大変だぞ?」
「ぅぐっ!」
「なぁ、頭を支え」
「は、はい」
「そろそろ、来る頃じゃ無いかな?」
アゴズが、いつもより石炭と小麦の取引を多くした。
通常の倍の量で、金貨を使って購入した。
納品が済んだばかりで天候も良い。
分かり易い。
ドラウドは、予め選抜していた戦士と文官を連れて北の島に移る。
「久しぶりですね。こうして、テントを張って野宿するのは!」
戦士長と二人の妻が、愉快そうに笑う。
この、集落にも大陸から流れ着いた者が居て、ドラーザの襲撃について教えた様だ。
住居の裏手にある林の奥に、幾つもの洞窟が有る様で良く出入りをしていた。
「掘った様じゃ無いみたいですね」
「あぁ、そこの山影にも同じ様な洞穴が開いている。
鍾乳洞じゃ無いか?
奥から水の流れる音がする」
「この島、この台地と草原が広いですね」
「だから、この島を開拓する気になったんだ」
岬の先に、ファスタバの見張りがいるのは知っていた。
林の中から双眼鏡で見ていると、狼煙台の辺りで座り込んで西側と北側の海を眺めている。
一度、狼煙があがってコチラを発見されたかと思ったが、どうも訓練の様で住まいから女子供が出てきて裏の林に逃げ込んだ。
林の中に灯りが灯ったので洞窟に入った様だ。
狼煙が本数を変えてあがり、ゾロゾロと女子供達が別の場所から出てきた。
その間、広場に男達が出て来て銛を担いでいた。
「3人もいたら全滅しますね」
「男達を殺せば女子供達も、危ないです。
そもそも、この数のファスタバを従えても何も出来ないですね」
「そうだ、ここはあくまで通過地点。
ここに船団を並べて、この先に向かいたいんだろう」
「何も、見つかりませんのに・・・・・」
一度、島を巡った後に東の端から三日ほど船を東に進めたが何も見当たらなかった。
ロイヒが戦士長を伴って最上空まであがって、望遠鏡で見てみたが彼女が見る限りでは島影すら見えなかった。
これ以上は、飲み水の事と食糧の事もあって進めない。
ここまで来れたのも、島で見つけた磁石を使った方位磁石を見張り台に置いているからだ。
夜にはファスラーザの青年が、眺め続けて来た星に向かって船をすすめている。
それでも、出発した島から南にずれていた。
島影が見えたので、そちらに進んだ事も原因だが、ロイヒがへばっていて正しく帰る島を見つけられなかった事が大きい。
ロイヒは夜でも、出発した港の方向を指させていた。
ドラウドも、ロイヒの特殊能力かもしれないなとそう思っていた。
磁石を使って戻る方向が解っているから出来る事。
この、磁石を使った方向指示の装置は、まだこの船以外には取り付けていない。
「そうだな。
アゴズは、取り敢えず東に向かったと言う実績が有ればいいのでは無いのかな?
未だ、一隻しか造船していない。諦めたいんだろうな」
「それだけの為に、やって来るわけですか?」
「アスアッド二世とアゴイは、学園で聞いたこの大地が丸い事を覚えていて、この星の全てが欲しいのだろうな。西に進んで陸地を進みたいのだろうが、そうもいかないからな」
二日後、望遠鏡の先に黒い点が幾つか飛び回る姿が見えた。
「お客さん。みたいだな?」
「えぇ、でも・・・・・真っ直ぐ向かって来ませんね?」
戦士長が訝しむ。ー
太陽に隠れて上空から、船の様子を見て来たロイヒ。
「操船技術が・・・・・私なら、あんな船には乗りたく無いです」
ロイヒが、ブルブルと首を振った。
あれ程、船に乗る事が嫌いだったロイヒも今では、自分で見た事を船に置かれた板に書き込んでいく。
言わば、海図の様な物だ。
帆の操作の指示も上手くなって来ていて、舵の操作もファスタバに混ざって操船をやって見せている。
今、島ではロイヒとガイメ、そして子供たちの為に一人乗りの小型の帆船を作っている。
少し、時間が経って帆の先端が見えて来た時に、黒い点が吸い込まれていった。
「もう、船から離れて来る気になった様ですね」
ロイヒが、暖かいお湯を詰め込んだ筒を持って準備に着く。
手には大きな白い布を持っている。
「それじゃ、貴方。頑張ってね」
マルードが、赤い衣装にやはり白い布を纏った。
上空は冷えるのだ。
戦士達も水筒や布を纏って準備に入る。
「あぁ、ちょうど良い具合に、雲がところどころに浮いている。
岬の見張りも船に気付いた様だな」
全員出て来て狼煙の準備をしている。
「戦士長。妻達を頼む」
「はい。お任せください」
望遠鏡で監視していた戦士が声を上げる。
「アスアッド船から16名出ました!
低い高度を取っています」
「じゃあ、行くわ!」
マルードが、活き活きとした声をあげて、一気に戦士達を引き連れて太陽に向かって飛びあがった。
殿を勤めるロイヒを一度抱きしめてやる。
「い、行ってきます!」
(まぁ!。私には無かったわ!)
(帰って来たら、抱きしめてやるよ)
(約束よ!私と貴方が、こうして心で会話ができる。これが私の能力ね!)
チラリと赤い裾を翻してマルードが上昇する。
「さて、俺は一度街の上を、低空飛行してやるか!」
こうして、ドラウドは北の島の一員になった。