放浪の始まり 10 猜疑心
「【疑心暗鬼】は恐ろしい。アスアッドの様に国を弱体化させる」
「父上!それは?」
ナフルトは、父に問いただす。
兄達は頷くだけ。
どうやら、知らないのは自分だけの様だ。
「アスアッドの国の成り立ちから、猜疑心が礎だったんだ」
「そうじゃな
アスアッドの大叔父は、全てに疑り深い。
そんな、人だった。
我が息子と同じ『人の心が読めた』と考えれば合点が付く。
大叔父に任された土地は、周囲を父フォル王の子飼いの領主で取り囲まれていた。
まだ、西から強大な力を持ったイルバッドが、攻めていていたからな。
それから、大叔父を守ろうとした兄弟愛だった。
南北に細長い領地。
どうしても、イルバッドは手付かずの土地とファスタバが住んでいる東の領地を、手に入れたかったんだろう。
我が領地を分断しにかかっていた。
だから、どこかを破られた際には、護衛をしながらアスアッドの一家を首都へ逃す様に囲んだが、アスアッド大叔父はそうは考えなかった。
『コイツら!全て俺に何もさせない気でいる!』
まぁ、実際に東にも進ませる気は無かった。
知っての通りアスアッド大叔父は、残忍でファスタバに対して蔑んだ考えしか持っていなかった。
だが、突然東へ侵攻してしまう。
が、占領してもファスタバが逃げ出す。
隣の領地で何がなされているかなんて、ファスタバ達はよく知っている。
そうするとそれまで、近隣に定住していたファスタバも恐ろしくなって逃げ出したんだ。
父の領地も、通過して南へ去っていく。
全ての領地が、耕作放棄されて飢えにあげく。
この食糧危機に対応するのは、大きな出費だったよ。
西の国も、自国のファスタバに動揺が伝わらない様に前線を下げて距離をとるほどにな。
戦いをせずに下がっていく大国の軍。
するとアスアッド大叔父は、
『このアスアッドを恐れて、西の国が下がった』
と吹聴し始めた。
それからだ。
誰も相手にしなくなった。
相手にして近寄られたら、ファスタバが怯える。
当然、国力が下がる。
父が叱責しても聞く耳を持たずに、息子にまで自分達を滅ぼそうとしていると吹き込んだ。
このままでは周辺諸侯への影響がでかいし、アスアッドの親子は竜人体を解こうとしなかった。
あくまで、脅威を与えて縛り付ける。
この態度は、周辺諸国への威嚇行動に映る。
イルバッドも弱腰国家だなんだと言われて、メンツを潰されて黙っている訳がない。
イルバッドは、薬草の開発に特化しているのは知っているな?
二人を狙ったんだよ。
ワシや父を殺すよりアスアッドを滅ぼそうと考えた。
【ウリネス】と言う燻して、その煙を吸うと幻想を見る毒草だ。
やがて、頭も悪くなるが、心臓の働きを狂わせて死に至る。
それを教えた。
誘われた貴族が、ファスラーザの伝令を使って知らせに来た。
父は慌てて人を出して調べを入れて、貴族達を引き剥がした。
だが、戦士、兵士を連れてこらせるには行かない。
守りが薄くなる。
だから父は、官僚を送り込んで対処をした。
もう、大叔父や貴族が執務を取れる状態じゃ無かったからな。
今考えれば、大叔父にウリネスを教えたのは叔父かもしれん。
ともあれ、叔父は戦士と兵士を手懐けて・・・・
『ウリネス』と『肉の味』を与えたんだ。
大叔父を操って、フォル王に牙を突き立てた。
これが、兄への侵攻。
アスアッドの反乱だ。
純粋な戦力を使ってぶつかり合えば、父フォルと私が率いる軍勢で潰せただろう。
だが、ファスタバが南へ逃げ出した。
そのまま進めば西のイルバッドが、逃げるファスタバと、南部に住むファスタバに手を出しかねない。
そうなれば、南に回り込んだイルバッドとアスアッドに挟撃される。
仕方無く南へ逃げてアスアッドに、領地を明け渡したんだ。
こうして、あの忌々しい叔父は、ボケてしまった大叔父を隠居に追い込んで譲位させた。
アスアッド二世と名を変えてな。
この地に押し込められてしまった、我が父フォルも疲れ果てて退位し、私がドラウド王としてアスアッド二世に対抗した。
それからの事は、知っての通りだ。
送った官僚達にはウリネスの事を教えていたから、竜人で過ごす事は強要されても習慣付くほど吸ったものはいなかったが、ファスタバの肉を思い出した者がいる。
本当に悪い事、愚策を犯してしまった」
ドラウド先王は悲しそうに、離れの部屋の方を見た。
「それでは・・・・・」
「あぁ、彼も優秀な官僚だったが、肉の味を思い出してしまった。
ソフアを見る目がアスアッドに似てきた。
禁断症状みたいなものだったんだろうな。
だから、アジャイに頼んで先に行って貰った」
「では、アジャイが鱗を抜いたのも・・・・・・」
「あぁ、『自分も、ソフアの肉を貪りたいと思う様な事にはなりたく無い』
そう思った様だ。
もう、ソフアも12歳。
間も無くここへ来て10年になる。
それでもアジャイと眠る。
不安なんだよ。
アジャイ以外の、ドラーザに囲まれて生活するのは・・・・・
知っての通りソフアは、アジャイの心が読める。
心で会話を交わせる。
アジャイの子供【ファスラーザ】を産みたいとさえ思っている。
アジャイも間も無く成人だ。
恐らく二人は結ばれる」
「寮監の、学園の計画ですか?父上」
「あぁ、私はね。
ファスタバだった私たちの祖先に、竜人となる為の何らかの事を仕掛けたのが学園で、寿命が伸びたのもそのせいだと思っている。
そして仕上げが学園で竜人にする。
ただ、その際に夜目が効かなくなる様にされる。
それは、ここにいる誰もが経験した事だ。
アジャイがね。
『鱗を抜いたら次第に肩甲骨が沈んでいき、尾骶骨も引っ込みました。
夜目も効くから明かりを消しても怖く無くなって、ソフアと熟睡できます』
と嬉しそうに言ってきた」
「アイツ!俺には、そんなこと言いませんよ?」
「それは、そうだろう。
同じファスタバ同士だ。
抱き合って寝ているんだぞ、どれだけ若い娘に手を出したか怪しまれる。
ただ、寿命や性的成長までの時間が、ファスタバに準じる事はないらしい」
「そうですか・・・・・でも、彼の特殊能力は?」
「アスアッドの子だ。
相手の心が読める事だった。
だから、そんなものならと捨てている。
ソフアを、疑う事はしたく無い。
手も器用になって、又新しいものを届けて来る」
「父上
お望みでしたら、私も鱗を抜きます」
「いや、それは許さん」
「何故です?
お前のその能力。
他のものと違いすぎる。何か意味があるはずだ。
それにアスアッドの連中を迎え撃つには飛ばないとな!」
「わかりました」