放浪の始まり 09 能力
先王ギルの引退と同時に、モリハン王の即位とモリハン王国の設立は、国内だけではなく周辺国に通達された。
国境の線引きでアスアッドと揉めてはいたが、それを強引に押し進める父の意志の現れだった。
国境が確定した。
ほとんど、モリハンとイルバッドの意見が通る。
アスアッドに翳りが見える。
王城内で、住居を移したドラウド先王。
隣は四男坊 ナルフトの家族が住み、その客人アジャイとソフアが居候している家。
そのアジャイとソフア。
モリハン王はアスアッド二世の性格と、ファスタバに対しての奴隷政策にアジャイが嫌気が差して、この国に逃げ込んできている事を理解していて、驚異とは思っていないが周囲はそうもいかない。
アジャイが、アスアッドと縁が切れたという証拠に乏しいのだ。
ここ数年命の危機にあったとか、実際に戦いの最中に逃亡、亡命した訳ではない。
学園からいきなり、海岸沿いの兄弟の前に出されて、ファスタバの子供の命を助ける為に逃げて来たと言うのは余りにも不自然。
しかも、三年不在だったせいで、アスアッドの重要な情報を持っていない。
つまり、利をこの国に齎していない。
せめて帆船の作りが解る父親でも攫ってきたなら解るが、3歳の娘とは・・・・
だが、この国にもアジャイの同級生が居た。
上下の先輩後輩にも。
特に技能を磨く緑の寮出身者は多く、アジャイがアスアッドの生徒からは孤立していた事を覚えていた。
アジャイが緑の寮に入り浸って自分達の話を、よく聞いてくれていた事を証言する。
「こう言っちゃ何ですが、アジャイは王族らしく無いんですよ。
飯も、ただ贅沢な酒宴ばっかりの彼らの寮の飯よりも、緑の飾りっ気ない飯の方が美味いって寮に帰らないんですから。
寮監に頼んで、本を読む為の灯りを持ち込んで、俺らと車座になって議論ばかりしてましたよ。
アイツは母国の事なんか、指先に摘んだ毛程も考えていない。
有るのは知識欲と物作り。
新しい殺戮兵器を、アスアッドで産み出さなかっただけでも儲け物です。
勿論、そんな物作らないでしょう。
奴ならば、今話に出ていた船くらいなら直ぐに作り上げます。
彼が、ここに居るのならこの国の為になる物を作るはずですよ。
まぁ、楽しみにしてましょう」
こう言って、アジャイとソフアの命を救った。
アジャイは、目に焼き付けたソフアの父の帆船を元に、交易船を建造する事をモリハン王に申し出した。
ソフアの父の帆船は島から流れて来ていて、崖で座礁はしていたが舵以外は傷んでいなかった。
ならば、あの構造を参考にすれば良い。
そう考えて、ソフアが覚えている造船工程を聞きながら作図にかかっていた。
(僅か3歳の子の記憶を掘り起こして準備させる。寮監達は余程船を作らせたい様だ)
オルルトも島で船作りをした者の聞き取りをする。
以前はソフアが住んでいた街から船が来ていたらしいが、火の山の噴火と、その後の潮流の変化で絶縁状態だと話してくれた。
砂浜に埋もれている船が有ると聞き、掘り出して竜骨の構造を知る。
この頃から、絵が上手いと言われてオルルトに重宝されているゴンザが派遣されて細部まで絵に残した。
勿論、ロイヒと戦士長が交代で支えながら行き来した。
「早く、船を作ってくださいね!」
そう言いながら、アジャイにスケッチブックを手渡したのだった。
モリハンの海岸に、ファスタバ達によって造船所と船着場に簡易宿舎が建てられた。
まずは、島々で使っている平底の船。
これは、簡単に出来たが干満の差が激しいモリハンの河口では、沖まで潮に流されることもしばしば発生した。
やがて、人が集まり街が築かれる。
この海岸沿いの街並みは、焼き始められたレンガで造られ、吹き付ける海風にも強い住居が設けられた。
この辺りに住んでいるファスタバ達の知恵に、アジャイが残したスケッチブックが役に立った。
寮監が見せてくれた色とりどりの3階建ての、建屋が美しかった。
別の世界の港町なのだろう。
流石に三階建ては難しく、二階建てにしたが窓はイルバッドで作られる、青や緑の色が付いた分厚いガラスが使われている。
灯り取りにはなったが、非常に重く埋め込み窓にしか使えなかった。
三男のガイルが、毎日の様に工事現場を観に来る。
ナルフトの肩を抱き、目を輝かせる。
「いい感じじゃ無いか?」
「兄さん!あぁ、そうだろう?
島でも作ってみたいが砂地で、地盤が心もとない。
これから工法を考えないとな」
「いっその事広い砂浜は、そのままにしてはどうだ?
広い砂浜が有れば、海藻を干したり子供がかけ回って遊べる。
監視役はドラーザとファスタバのペアでやらせれば良い。
ウチの子供や孫達は大喜びする」
「それも良いな!」
「楽しみになってきた!」
ナルフトも島に帰る。
島の船着場の拡張だ。
今でも、手漕ぎの平底船での島伝いの交易は行われて来たが、南北の島の間には数カ所潮流が早く、手漕ぎでは行き来出来ない海峡があった。
ソフアの父は、これを乗り越えようとしたのだ。
モリハンでも、島でも小型の帆船を製作して船の操作に慣れる様にした。
こうした、モリハンの動きに焦ったアスアッドの第二王子、アゴズ。
この東海岸を任されたアゴズが、ソフアの父が制作した帆船をコピーして、ファスタバに無理矢理に操船訓練をさせていた。
水への恐怖心が無くせない限り、ファスタバに頼るしかない。
短絡的に、ソフアの家族を殺害したのが響いてしまった。
ドラウド夫婦はソフアを可愛がった。
成長し12歳を越えた頃に、ソフアがアジャイと一緒に東の島に移ってしまう。
寂しさを募らせていたが、孫のドラウナが婚約者のリシャルと共に学園から帰って来る。
孫が可愛くないジジババは居ない。
「私たちの頃は、近くの山脈や街外れに放り出されて、慌てて飛んできたものだが、この頃は、婚約者の膝の上や親兄弟の前に突き出すようになったみたいだな?」
ドラウドもアジャイが、毛嫌いしている兄弟の前に突き出されてソフアを助け出した話に、朝一番を言われていたロイヒが、食事中のナルフトの膝に座るようにして現れた事を思い出していた。
ナルフトも、その事は思い出しても赤くなる。
アジャイは、『四男坊は鱗を汚したぞ』と言われていたので、突然、あの兄弟の前に突き出されても対応が取れた。
ナフルトは、三人の妻と待ちながら考えていた。
どうも、嫌な予感がする。
去り際に寮監は含み笑いをした。
北の海岸沿いに逃避行を開始したアジャイの事を伝え、ナルフトとオルルトを王城から砦まで飛ばして以来、寮監は姿を見せないまま良くやって来る。
声をかけるだけだ。
大した事では無く、アジャイとソフアの事や、ドラウナとリシャルが喧嘩をしたとか、たわいもない事がほとんどで、稀にアスアッドが負け戦をした時は、その声が一層はしゃいでいた。
『奴等、この頃悪さするんだよ。
誰に言われたか知らないが、記憶を弄っているのに、靴の中なんかにメモ入れていて『盗んで来い』とでも言われているんだろうね。
学園で街路の光る石を掘り出そうとしていたよ。
持って帰っても使える訳も無いのにね。
だから、一枚渡して置いた。
そしたら、【割れ物注意!】って書いて置いたのに割ってしまってさ、結局、ゴミだよ?ゴミ。
アスアッド金貨3枚分の価値があると言うのに・・・・・ダメだね〜
人材が居なさすぎる』
『明後日、昼前にドラウナとリシャルが王城の広間に現れる。家族全員で迎えてやれ』
と言い残した。
この時の去り際に聞こえた『含み笑い』・・・・・・
さて、何が起きるかと思えば、息子は鱗を剥き出しにして帰って来た。
あんぐりと、口が開いたままのナルフト。
慌てて駆け寄り、息子に抱きつき耳元で囁く。
『馬鹿!なんで鱗を汚して来なかった!しかも、裸だなんて!』
『それが、寮監がそのままで行って、オヤジの覚悟を決めさせろと言われました!時が来たと伝えろと!』
ドラウド先王が、新しく着るための衣装を持って孫の肩にかけた。
まぁ、今更なのだが・・・・・・
リシャルの鱗も、貴族の青である筈が、これ又深い紺になっている。
リシャルにも祖母が、両腕に袖を通させた。
「裸では恥ずかしいからな!」
ドラウドが、大笑いして誤魔化した。
家族だけの語らいの場が持たれた。
「モリハン王!
我が家はこのままでは、この国に仇をなす存在と誤解されてしまいます。
そこで、お願いがあります。
私どもを東の島へ移住させ、その地を私が治める事をお許し下さい」
「父では無く、王への頼みか・・・・・
あぁ、いずれはそうするつもりだった。
それを拒めば、胸の鱗を削るか、抜くかの決断を突き付けるつもりだったよ。
良い、移住の準備に入れ!
して、あの計画通りに進めるのか?」
「はい。
甘えてしまいますが、島々の中央に位置する現在の入植地を、このままモリハン国との貿易港とします。
私は、アスアッドの動きに合わせて、一番北の島に移ろうと思います」
「アスアッドの侵攻に備える為か?」
「はい
アスアッドが上陸してからでは、戦いに島民を巻き込みかねません。
アスアッドの上陸を叩き、その闘う姿を見せて島民との交渉に入ります」
「中々の策士だな?」
「いえ、父の領土交渉を参考にしました。
金による流通の開始と国境確定。
妥協しなければアスアッドに更に不利益が生じる。
その機会を使って即位、立国しアスアッド以外の諸国を抑えた。
アスアッドの最初の勢いも、東方への侵攻の夢が自分の首を絞めた。
船の準備が間も無くとの話も漏れ聞こえます。
今回も、東へ、東へ!
その思いで島へ進んでくるでしょう。
そこを、へし折ります。
私が、アスアッドの鏃を落としますから、父上には鉉のアゴズを切っていただきます。
そうすれば、弓のアスアッド二世、アゴイは折れるかもしれません」
「まぁ、良かろう。
アゴズの土地を奪っても、手がかかるだけだ。
私なら、あの土地は捨てる。
いずれ、誰かに開拓させるが今では無い。
今は、西の諸国家と開拓が忙しい」
父は、祖父母に向かって目で話を交わす。
頷く祖父母。
「そこでだ、父上達と話したんだが、落ち着いたら二人を島に住まわせてくれないか?」
「それは?」
「厄介払いなんて言うなよ!
世間に知らせるのさ、四男坊だけじゃ力不足だから先王をつける。
もしも、誰かが王太子達を焚きつけて東の島に攻め入ったら、それは、弟だけでは無く先王への反逆。
そう言う訳だ。
イロクル王太子も、マイフ、ガイルも周りの突き上げが無い訳では無い。
特にドラウナの鱗は、ナフルトよりもデカく深い色だろう?
ナフルト。アレを見せてやれ!」
「良いのですか?」
「あぁ、アレが出来たとしても、軍をどうこうできる訳じゃない。
それとも力が増したのか?」
「いえ、残念ながらドラーザの成人であれば三人ほどが限界です」
「イロクル、マイフ、ガイル。ナフルトの正面に立ってみよ。
暴れるなよ!」
三人の兄達が、父に言われた通り末弟の前に立つ。
「ナフルト。やれ!」
「済みません。兄上達。しっかり立っていてくださいね!」
ナフルトは左手を胸の鱗に手を当てて、右手を兄達に突き出した。
「オイ!何が始まるんだ?」
「ウォ!足が床から離れた!」
「オイ!どうなっているんだ!身体が宙に浮いているぞ!」
「ナフルト。お前がやっているのか?」
「はい!」
「解った。降ろしてくれ」
ナフルトの、頭の高さまで浮き上がった三人。
これは不味すぎる。
「父を見下ろす位置になる。不敬だぞ。ナフルト」
イロクルが、落ち着いた声でナフルトに言う。
「済みません!」
ゆっくりと下ろす。
目を見張る、ドラウナとリシャルにドラウド夫妻。
父が、改めて話し出す。
「私も、学園で言われたんだ。
『この鱗の色や大きさは、人と変わった事ができる事を表す』
だから、ナフルトには、手を触れずに物を動かせる能力が備わった。
どうも、何かを持っていても、使えていない、知っていないのではないかと思っている。
お父様は、『アスアッドの考えや位置が読める』
そう仰っていらっしゃいましたね?」
「あぁ、だがアレは、戦略的な予測ではないか?」
「いいえ、お父様に悪意がある者の位置が解るのです」
「そのような事が!」
「お父様。今から、ある男にある事を伝えて、お父様への悪意を呼び起こします。
その者の位置を指し示してください」
モリハンは、右手をあげた。
しばらくして、ドラウドが左手奥の離れを見た。
そこは客人がいる事は知っていたが、誰かはモリハンしか知らない。
その男に囁かれた言葉。
『ゴンシャウル様。お呼びだてして申し訳有りません。
モリハン様をもう少々、お待ちくださいますか?
ただ今、ご家族でお話し合いをされておりますが、先王様が些かご機嫌を悪くされていまして・・・・」
「いや気に召されるな。私も先王様が、ご機嫌が悪い時には会いたく無い」
ゴンシャウルと呼ばれた貴族は、思わず頭を触った。
(あぁ、痛い!)
「ゴンシャウルが来ているのか? あやつめ『アジャイとソフアが居なくなってスッキリしますな!』などと言い追って!あの二人が、どれだけモリハンに富を齎しているのかわからぬくせに! だから久し振りに拳骨を落としてやった。
・・・・・そう言うわけか・・・・・」
「相手まで、おわかりになりましたか!予想を超えていますね。
さて、伝言があるんじゃ無いか?ドラウナ?」
「はい。『しばらくは、アジャイ様の元で二人で学べ』
そう言われました。
モリハンは、見抜く能力で直ぐに知るだろうがな』と・・・」
「ふふ、やはりか。
私は、この通り目の前の人間の考えを見抜く力だ。
以前、ナルフトから先ほどの力を見せてもらって以来、自分の力を思い返していた。
それで解った。
この力は正しかった。
そう、長くは使えないし、使い出したらキリがない。
疑心暗鬼は恐ろしい。
アスアッドの様に、国を弱体化する」