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96話 人間はやめません

「Cheep cheeeeeep!⦅何の用だい、犬っころの小僧!⦆」


⦅久しぶりだな。聖樹守りの婆さん⦆


「Chirrrrrrp!⦅あたしのことを亜人が勝手に付けた名で呼ぶんじゃないよ!⦆」


 聖樹守りが翼を広げてガルムを威嚇している。

 魔獣たちの会話はシキたちには聞こえないので、ガルムの通訳を待つしかないのだが、待ちきれなさそうなのが二名いた。


「「ふわあああ、可愛いーーーーー」」


 シアニスとキルテだ。

 聖樹守りはその形状だけなら、シマエナガというシキの前世の世界にいた白い小鳥である。

 しかしその大きさは翼を広げると三十メートル近くあるし、本体だけでも十五メートル程の丸くて白くてもこもこした塊だった。


 大きさはともかく、見た目の愛くるしさに突撃して抱き着きたそうなシアニスとキルテだったが、前者はオルティエに軍服の首根っこ部分を掴まれ、後者はガルムにやはり首根っこを咥えられ宙吊りになり動きを封じられている。


「Cheep Cheeeep Cheeeeeep!⦅よそ者なんて連れてきてなんのつもりだい……しかもそいつらは西の魔無しどもじゃないか! あたしの縄張りを荒すってなら容赦しないよ!⦆」


⦅待て! 争うつもりはない。話を聞いてくれ⦆


 ガルムの念話は本人が吠える必要はないので、キルテを咥えたままでも聖樹守りと会話ができる。

 翼を広げて荒ぶる巨大シマエナガ、咥えられて宙吊り状態でじたばたしている狼人族の少女、無言だが何かを必死に訴えている様子の白銀狼と、なんとも言い難い混沌とした光景が広がっていた。


「聖樹守りは314年前からここにいる古参なんだっけか。長年魔素を吸収してあの大きさになったのかな」


『そのように推測されます。また呼称:聖樹守りのエネルギー総量は、呼称:ロージャを上回っています』


 オルティエの言うエネルギーとは魔素のことだ。

 魔獣の強さの根源は魔素であり、体に魔素を蓄えた分だけ力も蓄えられる。


『膨大な魔素は魔獣の生命力を極限まで高め、寿命という生物の限界すら超越します。他の魔獣との闘争に負けない限り生き続けるでしょう』


「生まれたばかりの頃は普通のシマエナガのサイズだったんだろうね。というか巨大なリスやらシマエナガやら見た目は可愛らしいけど、人間からしたら恐ろしい存在でしかないなぁ。魔素量で勝っているということは、ロージャより強いの?」


『そうとも限りません。呼称:ロージャは上位精霊という実体を持たない魔素の思念体です。一方で呼称:聖樹守りは肉体を持つ魔獣の域は出ないため、内包する魔素が多くても精霊ほど有効に活用できません』


「ふむ、魔素の内包量の違いが戦力の決定的差ではないというわけか」


『また呼称:聖樹守りからは魔素漏出(マナリーク)が確認できます』


「え、それって……」


「Chirrrrrrrrrrrrrrp!⦅それじゃあ勝手にしな。ただしあたしの縄張りに入ったら容赦しないよ。いいね!⦆」


 シキとオルティエが会話している間に、聖樹守りとガルムの会話は終わったようだ。

 聖樹守りが大きく羽ばたくと、突風と共にその巨体が浮き上がる。

 もう一度羽ばたくとあっという間に上空へ飛びあがり、聖樹の元へと帰っていった。


「「ああーーーーーっ、もふもふがーーーーーー!」」


 聖樹守りを撫でる機会を失ったシアニスとキルテが嘆いてがっくりと項垂れた。


「聖樹守りが帰ったということは話はついたんですか?」


⦅うむ。シキ殿たちの存在について説明した。聖樹守りは縄張りに入らない限り好きにしろ、ということだ⦆


「おお、ありがとうございます。折角ならもう少し交流したかったね。手土産は用意してあったからさ。お気に召すかはわからなかったけど」


 手土産は糧食の携帯食料(シリアルバー)だ。

 妙に人気にあるチョコレート味を、シキはストレージボックスから取り出してガルムに見せた。


⦅聖樹守りは偏屈な婆さんでせっかちなんだ。許してやってく……れ……⦆


 ガルムの視線が携帯食料に釘付けになる。


「ちょ、ガルくん涎、涎ーーーー!」


 咥えられたままガルムが涎を垂らすものだから、キルテの背中が大惨事になっている。

 聖樹守りとの面会及び交渉をしてもらったお礼に、シキはその場で携帯食料を振舞った。


 他の味も用意できるのだが、やっぱりガルムたちはチョコレート味が好きらしい。

 キルテだけでなくシアニスもチョコレート味を美味しそうに食べている。

 別にシキもチョコレート味は嫌いではないが、今日はフルーツ味の気分だった。


「それで聖樹守りの魔素漏れってどういうこと?」


『いくら魔獣が魔素を取り込めば取り込むほど力を増すといっても、形あるものには絶対的な限界があります。人におけるヘイフリック限界のようなものです』


「ヘイフリック限界って、細胞分裂の限界の話だっけ」


 ヘイフリック限界とは自然状態における細胞分裂の限界のことで、その限界を迎えると細胞分裂ができなくなる。

 細胞分裂ができなくなるということは、細胞の老化が始まりやがて死に至るということだ。


『聖樹守りは過剰な魔素で本来の生命力の限界を越えて活動していますが、限界そのものがなくなったわけではありません。魔素を蓄える器、すなわち肉体に(ひび)が入り、魔素がそこから常に漏れているのです』


「それじゃあ今後、魔素の漏出が悪化すると体が縮んだり……寿命を迎えたりするの?」


『将来的にそうなる可能性は高いですが、現時点ではありません。その理由は聖樹にあると推測されます』


 オルティエは表示設定:オフでこっそり小型情報端末を飛ばし、聖樹をスキャンしていた。

 その結果によると、聖樹は魔素集積装置になっているそうだ。


 聖樹はその巨体を利用して地中に広がる根や、大量に茂る葉から魔素を吸収し貯め込んでいる。

 貯め込んだ魔素は聖樹の幹や葉、実に留まっているため、聖樹守りはそれを食べることで漏出する以上の魔素を摂取しているのでは、というのがオルティエの見解だ。


『そして聖樹守りが縄張りにしているため、聖樹の葉や実を食べるほかの外敵はいません。聖樹と聖樹守りは共生関係にあると言えます』


「なるほど、聖樹守りは名前の通りだったんだね」


『ちなみにヘイフリック限界の件について補足があります。細胞分裂に限界があるのは分裂の度にDNAが損傷するからなのですが、有償チップにて購入できる上位治療薬を使えば、そのDNAの損傷すら修復できます。つまり! マスターの細胞分裂に終わりはないのです!』


「ええ……」

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