95話 聖樹に潜む怪鳥・▲・
「シキさんこんにちはーってその子は誰?」
白銀狼のガルムに乗って颯爽と登場したキルテだったが、シキの隣にいる犬耳少女を見て首を傾げた。
「この子はシアニスだ。今回の聖樹守りとの面会に連れていくんだ」
「こんにちは! キルテちゃん。よろしくね」
手を挙げて元気よく挨拶したシアニスに対して、キルテはすっと目を細めた。
ガルムからぴょんと飛び降りると、シアニスの周りを無言でぐるっと回って観察する。
「……」
「キルテちゃん?」
キルテの予想外の反応にシキも不安になる。
似たもの種族? でフレンドリーに接してくれると思ったのだが……。
「……アちゃん」
「え、なあに?」
「シアちゃんって呼んでもいい?」
「もちろんいいよ!」
シアニスが快諾すると、キルテの表情がようやく明るくなった。
にぱあと笑みを浮かべてシアニスの茶色い耳と尻尾を凝視している。
「里の外の亜人さんって初めて見たから驚いちゃった! ねえねえシアちゃんも狼人族なの?」
「ううん、私は犬人族、かな」
「触ってもいい? いい?」
興奮した様子で返事を待たずに触ってしまうキルテだが、そのくらいで怒るシアニスではない。
お返しとばかりにキルテの耳や尻尾をわさわさしていた。
「わあ、触った感じは結構違うね」
「そうだね~」
楽しそうにじゃれ合う二人を見てシキがほっこりしていると、ガルムが念話で話しかけてきた。
⦅シキ殿、本当にシアニスを連れていくのか? 道中もそうだが、聖樹守りと絶対に戦闘にならんとは約束できないのだが⦆
「大丈夫だよ。シアニスはああ見えても俺より全然強いから」
⦅信じられんが、シキ殿がそう言うのならそうなのだろうな⦆
今日は以前に約束した通り、ガルムの紹介で聖樹守りとの面会に挑む予定だ。
聖樹守りというのは、樹海に住む森人族の里の東側を縄張りとしている大型魔獣のことである。
その外見は羽を広げた状態で全長三十メートルを超える巨大な鳥だという。
通称聖樹と呼ばれる巨大な木を中心に縄張りとしていて、侵入者は問答無用で攻撃されるそうだ。
攻撃されるのは森人族も同じなので、あくまで聖樹守りの縄張りを盾にして、他の危険な魔獣が里へ侵入するのを防ぐのに利用していた。
白銀狼のガルムは狼人族にとって信仰対象だが、森人族にとって聖樹守りは特に信仰対象というわけでもないらしい。
相手が意図していないとはいえ長年守ってもらっているのに、そういうところは割とドライな森人族である。
聖樹もなんとなくそう呼んでいるだけで、具体的に優れている点だとか希少な点だとかは不明だった。
オルティエの調査により聖樹は巨大な木で、高エネルギー反応があることがわかっている。
今回の訪問で友好関係を築き、聖樹の情報を得ることがシキの目的だ。
「あっ」
⦅どうした? シキ殿⦆
「もう一つ目標があるのを忘れてた。ガルムさん、撫でてもいい?」
⦅…………………構わないが、何故?⦆
「いやあ、大型犬を飼うのが夢だったんだけど、夢のまま終わっちゃったからさぁ」
⦅終わったとはどういう意味だ? というか大型犬って、うおお⦆
「おーよしよしよし」
シキはガルムのもさもさの白銀毛を堪能した。
ちなみに若干ワイルドな香りが気になったので、シャンプー&リンスを勧めたがにべもなく断られる。
愛犬を泡まみれになりながら洗うという野望は次回に持ち越された。
シアニスとキルテ、シキとガルムのもふもふタイムが終了したところで、聖樹守りの縄張りへと出発する。
狼人族の里の外で待ち合わせたので、キルテはガルムの背に乗って、シキは召喚したオルティエに抱きかかえられて移動する。
強化人間であるシアニスは走りだが、別にいじめとかではなく本人のたっての希望だ。
疾走するガルムにしっかりと追従し、それでいて額にうっすら汗が滲む程度にしか疲れていない。
これにはガルムもキルテも驚いていた。
本人的には良い運動をしたな、くらいの感覚なのかすっきりした表情をしている。
とても犬っぽい。
「これが聖樹かぁ」
聖樹守りの縄張りの手前までやってきたが、既に聖樹は見えていた。
それは山のように巨大な木で、高さもあるが横幅もあるため緑の三角錐のような形状をしている。
『スキャン結果によると聖樹の高さは三百メートルです』
「ええ、もうタワーじゃん」
⦅皆はここで待っていてくれ。聖樹守りの婆さんを呼んでくるから―――⦆
ガルムが言い終わる前に、大きな衝撃音と共に聖樹の中腹あたりが大きく揺れた。
皆の視線が一斉にそこに集まるが、遠目には揺れる枝しか見えない。
⦅上だ!⦆
見上げたシキたちの方に、丸い何かが降ってくる。
最初はテニスボールくらいの大きさだったが、みるみるうちに大きくなり目の前に落ちてきた。
まるで砲弾が着弾したような地響きがして土煙が舞い上がる。
オルティエがパルスシールドでガードしてくれたので、シキたちが飛んできた土を被ることはなかったが視界は塞がれてしまう。
降ってきた何かが羽ばたくと突風が巻き起こり、土煙を吹き飛ばした。
そこに鎮座していたのは……。
「Chirrrrrrrrrrrrp!」
可愛らしい鳴き声が大音量で響き渡った。
それは白い羽毛に覆われた丸い鳥で、足は短くほとんどが羽毛に埋もれてしまっている。
嘴はその巨体に比べると非常に小さく、白い巨体の真ん中に黒い三角形がくっついているようにしか見えなかった。
つぶらな瞳も真っ黒で、そこからは一切の感情が読み取れない。
「こ、こいつはまさか………シマエナガ!?」
そう、聖樹守りは前世の記憶を持つシキの知識に当てはめると、スズメ目エナガ科エナガの北方系亜種―――シマエナガにしか見えないのであった。