90話 十二機と一匹
有償チップが消費され〈ユニット転送〉がアクティブになった。
メニュー画面の〈ユニット〉欄に更新ランプが灯り、〈ユニット転送〉が追加されていた。
『防衛ラインに大型魔獣の接近はないみたいだし、早速皆で集まってみる?』
シキがボイスチャットで全員に語りかけると、各々から肯定の返答があったので早速実行する。
集合場所には秘密基地があるエアストを選んだ。
リストの一番上の〈SG-061 リファ・ロデンティア〉を選択し、エアストに設置してある小型情報端末の座標を目標にして転送する。
小型情報端末は各スプリガンの機体特性で多少差はあるが、1体につき平均5機射出可能だ。
ここに情報収集能力に特化したリファの鼠型ドローン100体を加えると、最大で155箇所の転送座標が確保できることになる。
ただしそれはあくまで最大設置数の話だ。
リファのドローンは諜報活動がメインであるため、樹海の防衛には殆ど使っていない。
小型情報端末は1機で直径5km程度の索敵性能を持つ。
これを樹海の防衛ラインに等間隔に配置しており、その全長は200km強となる。
シキは前世の故郷である北国を思い浮かべる。
200km強あれば、北端から真ん中あたりまで到達できる距離だった。
その長さをたった12機のスプリガンで、332年間も守り続けてくれたと考えると感謝の念が尽きない。
感謝しながら転送を続けると、ついに全スプリガンが揃った。
多種多様な換装式汎用人型機動兵器が、ホバリング状態で空中にずらりと並ぶ姿は壮観だ。
秘密基地の入口がある崖の中腹では、竜のシュヴァルツァが丸まって日向ぼっこをしている。
呑気にあくびをしているのがウィンドウ画面越しに見えた。
スプリガンたちは非表示設定なので、頭上で集結していることには気付いていない。
気持ち良さそうに目を細めてウトウトしている。
『折角だしシュヴァルツァにも皆を見せてあげようか』
全機体を一気に表示状態にする。
突如上空に現れた圧倒的な存在感にシュヴァルツァが顔を上げた。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
突然の出来事に混乱しているのか、寝ぼけているのか、それとも両方か。
スプリガンたちを縄張りへの侵入者と勘違いしてしまったようだ。
シュヴァルツァは翼を広げて立ち上がると、威嚇の唸り声を上げながら吐息を放った。
複数の火柱が組み合わさり渦を巻いたビームがスプリガンたちに襲い掛かる。
アトルランと呼ばれるこの異世界では上位に君臨する竜の吐息だが、スプリガンからすればどうということはない。
素早く前に躍り出たのは〈SG-065 リューナ・ヘルカイト〉だ。
リューナは可変型スプリガンで、機械仕掛けの竜の姿に変形できるが、現在は人型の姿である。
竜形態の時は頭部パーツにもなる竜面の盾を、迸る吐息の前に掲げる。
すると大地に根を張った生木すら一瞬で消し炭にする吐息があっさり霧散して消えた。
「まったく、咄嗟の状況判断も出来ないなんて。エアストの番犬すらできないならば再教育が必要ですね」
拡声機能で聞こえてきた声に、シュヴァルツァがびくりと体を震わせた。
どうやらここでようやく正気に戻ったようだ。
自分が誰に攻撃したのかを理解するのと同時に、過去に行われた教育の記憶が蘇った。
シュヴァルツァは黒い鱗に覆われた幼女竜である。
そんな彼女が目に見えて、物理的に青ざめていた。
「Cyauuuuuuuuuuuuuuun」
スプリガンを見上げていた姿勢からそのままひっくり返り、ヘソ天のまま最大限敵意のない声で鳴いた。
尻尾を胴体に巻き付け、後ろ足は小刻みに震え続けている。
『……ちょっと悪戯が過ぎたね』
『そうでしょうか? リューナの指摘は当然ですが』
シキはオルティエの冷たい返事に苦笑いを浮かべると、リューナの複座への〈搭乗〉を経由して〈降機〉でシュヴァルツァの前に転移した。
「シュヴァルツァ! 脅かしてごめん。誰も怒ってないから大丈夫だよ」
「Cyuaaaaaaaaaaaaaaa!」
シキの登場でシュヴァルツァは地獄で仏に会ったかのように喜び起き上がる。
そしてショベルカーのバケット(土を掘る部分)のように固く鋭い下顎でシキに頬ずりしてきた。
少しでも勢いが強ければシキを弾き飛ばしてしまうので、絶妙な力加減だ。
「あーっ、いいなあ。私もご主人様にスリスリしたい!」
「というかシキくんに庇ってもらうなんて許せないわぁ」
「そうだな。その腐った性根を叩きなおしてやろうぜ」
「まあまあ、シュヴァルツァはまだ子供なんだから、大目に見てあげてよ」
上空の他のスプリガンたちからの威圧を受けて、またシュヴァルツかが震え始めたのでシキが慌てて宥める。
頬ずりしている下顎も小刻みに震えて体に当たるので地味に痛かった。
「それじゃあコアAIの皆を秘密基地に転送するね。シュヴァルツァは見張りをよろしく」
「Gya!」
シュヴァルツァの鼻先をぽんと叩いてから、シキは崖の壁際へと歩みを進めた。
崖の中腹の奥は洞窟になっているのだが、その入口は封鎖されている。
洞窟は綺麗な半円で、封鎖している人工物の壁も垂直に聳え立っていた。
それもそのはず、洞窟はシキが作ったトンネルで垂直な壁は隔壁である。
シキが隔壁に触れると自動ドアのように左右に開いた。
その先にあるのが、秘密基地〈エアスト〉だ。