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87話 可愛いは正義

 エンフィールド男爵領の開発は順調らしい。

 〈SG-068 アリエ・オービス〉の荷電粒子収束射出装置(ラプソディ)によって切り拓いた、もとい焼き拓いた土地には視察団の天幕の他に、基礎工事が完了している場所が増えていた。


 文字通り建物の基礎となる大切な工程で、人力でやるとなると時間も労力も掛かる。

 だが男爵領の開発は王族肝煎りの案件なので、視察団には建築に有用な魔術を扱える専門の魔術師が帯同していた。

 なんでも《土変化》で基礎を固めたり、《水変化》を応用した《乾燥》で木材を急速乾燥させたり出来るそうだ。


「こっちに積んである丸太が乾燥済みですか。確か自然乾燥だと半年から一年はかかるんでしたっけ?」


「その通りです。若いのに博識ですねシキは」


 偉い偉いとイルミナージェ第一王女がシキの頭を撫でる。

 今日は天気が良いため、侍女が日傘を差してイルミナージェを日差しから守っていた。

 そこまでして案内してもらう必要もなかったのだが、イルミナージェは楽しそうにしていて水を差すのも憚れたため、シキは黙って頭を撫でられることにした。


「丸太の切断もおおまかになら魔術で出来るのですよ。さすがに細かい調整や表面を整えるのは手作業になりますが」


 第二王子派の暗殺対象になっているイルミナージェだが、エンフィールド男爵領に到着してからの暗殺者の活動は鳴りを潜めている。

 イルミナージェはシキに樹海で助けられ王都に戻り、視察団として再びエンフィールドにやってくる間だけでも、二度の暗殺未遂があった。


 それぞれ毒殺と外出時の襲撃だが、家臣たちの活躍により未然に防がれ事なきを得た。

 シキにとってもイルミナージェは死なれたら困る存在である。

 なのでリファのドローン一機を見張りに付け、万が一の時はそのドローンを直接介入させて守るつもりだ。


 幸いにも毒殺は毒見薬の侍女の体調不良、襲撃は護衛騎士の負傷程度で済んでいる。

 ドローンは奥の手なので家臣たちが死にかけても助けない方針だが、実際にその場面になった時に我慢できる自信はシキにはなかった。


 このアトルランという異世界において労働は体が資本で、各種保険や手当といった福利厚生のような概念は存在しない。

 体を壊して働けなくなったらそれまでである。


 それは侍女や護衛騎士に限った話ではないが、二十四時間体制で王族の世話をし、いざという時は自らの命を犠牲にして守らなければならないというのは、冒険者とはまた違った大変さがあった。


 イルミナージェと会話をしつつ、シキは日傘を差している侍女の姿を眺める。

 空色の髪を後ろで束ねている彼女はメイド服姿なのだが、いかんせん情報量が少なく地味だ。


 シンプルな黒のワンピースの上から白いエプロンを付けているが、フリルやレースといった装飾は最低限度。

 装飾が増えるとコストも嵩むので難しいのかもしれないが、王族に仕える侍女ならもう少し洗練された衣装でも良いのではないだろうか。


 前世でも制服に憧れて入学や入社する人もいると聞いたことがあるので、励みになるはずだ。

 シキの意識が侍女に向かっていると気づいたイルミナージェが、不満そうに頬を膨らませる。


「もう、ちゃんと話を聞いていますか? シキはシェスタのような女性が好みなのですか?」


「すみません、服装が気になったもので」


「あら、シキ様のお眼鏡にかなわず残念ですわ」


「うっ、すみません。そういう意味ではシェスタさんは綺麗です」


 シェスタは女性としては背が高めで、イルミナージェより頭一つ大きい。

 ちなみに大きいのは背だけではないのだが、女性は男の視線に敏感だと聞く。

 だからシキはやましい気持ちがなくても、決して視線を下げないのであった。


「私はシキに綺麗だと言われたことがないのだけれど?」


「もちろんイルミナージェ第一王女殿下も綺麗ですとも」


「本当に? なんだか私に対しては心が籠ってない気がするわ」


「ええ……そんなことないですよ」


 困り果てるシキを見て、イルミナージェとシェスタがくすくすと笑った。

 年上の女性二人に揶揄われてシキが頬を掻いていると、笑顔のオルティエ(表示設定:オフ)が視界に入る。

 無言で微笑んでいるだけなのに、何故か怒っていると理解したシキはすぐさま話題を変えた。


「でですね、何故シェスタさんの服を見ていたかというと……オルティエ、いいかな」


『イエス、マスター』


 コスチュームチェンジしたオルティエ(表示設定:オン)が三人の前にふわりと降り立つ。

 黒いロングスカートの裾には白いフリル。

 腰から白いエプロンが垂れ下がり、下腹部を覆うコルセットとフリル付き肩紐も白。


 胸元は黒いシャツになっていて、エプロン生地がないため胸の大きさが強調されていた。

 黒い袖山は丸く膨らみ(パフスリーブ)、白い付け袖にはガーネットのカフスが輝いている。

 白襟に結んである大きな黒リボンが風に揺れていた。


 いわゆるヴィクトリアン、もしくはクラシカルと呼ばれるタイプのメイド服だが、デザインはより見た目重視になっている。

 これも衣装ガチャのひとつなので見た目重視になるのは必然なのだが。


 メイドコスのオルティエを、イルミナージェとシェスタは目を見開いて凝視している。


「うん、似合ってるよ。オルティエ」


 オルティエへのヨイショを忘れないシキである。

 効果は抜群で、オルティエの微笑みから怒りの雰囲気は霧散した。


「ご覧の通りこれも侍女用の服なのですが、シェスタさんたちの制服にどうかなと思いまして。デザインが気に入ればの話ですが」


「すごく良いです! 是非着たいです!!」


 食い気味にシェスタが叫んだ。

 今にもオルティエに駆け寄り観察したそうにしているが、日傘を差す仕事中なので我慢していた。


「まあ、可愛らしいわね。私も着てみたいわ」


「いえいえ、これは侍女の服ですから、このシェスタにお任せください」


 イルミナージェが欲しいと言えば、当然シェスタの分は後回しになってしまう。

 主従関係であってもそこは譲れないらしく、シェスタが抵抗している。


「気に入ってもらえて良かったです。それじゃあ早速ドロシーさんを―――」


「いーーーーやっふうううううううううう! 新しい衣装よーーーーー!」


 呼ぼうとした矢先に、何処からともなくドロシーが走ってきた。

 そしてオルティエの前に到着すると同時に、血走った目でスケッチを始める。


「え、どうしてわかったの? こわ……」


 こうしてイルミナージェ第一王女の侍女には、専用の制服が与えられるようになる。

 その可愛さが人気を呼び、模倣した衣装が貴族に仕える侍女の間で流行るのであった。

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