84話 わからされてしまうおじさんたち
『マスター、こちらを尾行していた三人が近づいてきます』
オルティエの報告を受けてシキは背後を振り返る。
タロを含めた四人で薬草採取に出発した直後から、尾行されている報告は受けていた。
小型情報端末が取得した拡張画面の映像には、悪そうな男三人組が映っている。
シキが気配を探っても全くわからなかった。
音に敏感そうなタロも気付いていなかったみたいなので、余程隠密に熟達しているか尾行に適した加護の力を持っているのだろう。
「どうやらお客さんが来たようだ」
「ほう、俺たちに気が付くのか」
道からではなく、藪の中から男たちが出てくる。
冒険者風の三人組でそれぞれ禿頭、刈り上げ、編み込みと髪型に特徴があり、全員人相が悪かった。
男の声がする直前まで藪を漕ぐ音は聞こえなかったので、やはり何かしらの隠密工作が行われていたのかもしれない。
「冒険者さんですか? この道を進むならお先にどうぞ」
「誘いに乗ってとぼけて通過してやってもいいが、もうわかってるんだろ? 茶番はなしだ。素直に従えば無駄に痛い思いをしなくて済むぞ」
「従うって何に?」
「まずその次元収納をこっちに投げてよこせ」
リーダー格らしき禿頭の男がシキの腰に下げた巾着を指差す。
もちろんこれは正真正銘ただの巾着で、次元収納の役目を果たしているのはBreak off Onlineの機能であるストレージボックスだ。
なのでこれを渡すだけで済むなら全然構わない。
巾着を受け取ってもその場で確認せず、そのまま帰ってくれるなら楽でよいのだが。
シキが足元へ放り投げた巾着袋を拾った男は立ち去らず、シキの後ろにいるリファたちに視線を動かす。
そして品定めすると下品な笑みを浮かべた。
「女のガキ二人は上玉だな。男のガキ共もまあ、売り物になるだろう」
「はーーーーーー」
突然特大のため息をついたため、男たちの視線が再びシキに集まった。
「てめえ、自分の置かれている立場が分かってねえみたいだな」
「その次元収納だけで満足しておけばよかったのに。人攫いは個人的に嫌いなんだよねぇ」
シキは過去に人攫いのせいで人生を大いに狂わされていた。
特に子供を狙った人攫いは許せない。
いっちょ揉んでやるかと、肩をぐるぐる回して準備運動を始めたシキであったが、後ろから待ったの声がかかる。
「にぃに、私にやらせて」
「む、リファが?」
「だってこういう時くらいしか出番ないんだもん~」
「うーん、なら仕方ないか。エルもやる?」
「パスー。タロちゃん守ってるからよろしく」
「えっ、ええ?」
タロだけ事態に付いていけずオロオロしているが、シキたちの緊張感のないやりとりを聞いて男たちは怒りを露わにしていた。
特にリーダー格の男は禿頭なので額の青筋が良く見える。
「ふざけやがって。痛みでわからせてやる。おい、やれ」
「えー、おじさんたちにそんなことできるのー? だってすっごく弱そうだよー?」
シキの横を通り抜けて進み出たリファが男たちを挑発した。
小柄な少女に上目遣いで煽られ、刈り上げ頭の男が逆上してリファに覆い被さる。
腕を掴んで捻り上げようとしたのだが、逆にリファが右手首を掴んだ。
リファの白くて細い指が男の手首に食い込み、みしみしと音を立てた。
「なにぃ!? 痛たたたたたたたっ」
「あーあ、やっぱりよわよわだぁ。力比べでこんなか弱い女の子に負けて恥ずかしくないの? おじさーん。ほらほらがんばれー」
リファたちコアAIはスプリガン用のパイロットとして、試験管の中で作られた合成人間である。
遺伝子操作により人以外のDNAが配合され、身体能力や感覚を強化されていた。
このアトルランと呼ばれる異世界における神の加護と比べても、強化の度合いは引けを取らない。
現にこうして力比べで圧倒していた。
リファが刈り上げ頭の男を挑発し続けているが、本人は痛みでそれどころではない。
「ぐぎぎぎぎ。てめぇっ、放しやがれ」
「えー? そんなに放して欲しいの? しょうがないダメダメおじさんだなぁ。それじゃぁ放すよぉ。はい」
リファは放すというか、放り投げた。
刈り上げ頭の男は砲弾のように水平に投げ飛ばされ、後ろにいた編み込み頭の男に激突する。
男たちの悲鳴はお互いの着ている革鎧同士が衝突、粉砕した音で搔き消されて聞こえない。
そのままもつれ合いながら地面を転がり、十数メートル先で停止した。
どちらも地面に横たわったままぴくりとも動かない……。
それを見た禿頭の男の判断は早かった。
「風よ!」
叫ぶと同時に風が巻き起こり、禿頭の男の体が空へと浮き上がる。
逃げると見せかけてシキをの頭上を飛び越え、エルとタロに向かって飛んでいく。
男が腰に下げた剣を抜き放つのが見えたが、タロは反応できずぽかんと見上げたままだ。
風が止み、放物線を描いて落下する男が剣を突き出した。
剣の切っ先がタロに触れようかという直前、エルがタロの胸を押す。
押されるがまま後ずさり、尻もちをついたおかげで切っ先は空を切る。
「どーん」
地面に着地した禿頭の男を待っていたのは、エルの背中だ。
エルは軽くしゃがんだ姿勢から一歩踏み出しながら体を捻り、男の腹を背中で突き上げた。
「ぐぼぉ」
まるで逆再生したかのように男が放物線を描いて吹っ飛んでいく。
錐揉み落下した先には先客がいた。
リファが倒した刈り上げと編み込みだ。
二人の上に禿頭が勢いよく落ちたが、全員が意識を刈り取られていてぴくりとも動かない。
「おおー、見事な鉄山靠だ」
「ぶい」
シキに向かってエルが勝利のVサインを決める。
それが戦闘終了の合図だった。