82話 みなしごタロ
タロの朝は早い。
その理由は冒険者ギルドへ行く前に家事をすべて終わらせるためだ。
掃除洗濯を済ませ、決して栄養とボリュームが満点とは言えない黒パンと根菜のスープを腹に入れる。
本当は早朝から冒険者ギルドに向かいたいのだが、できない理由があった。
早朝は日帰りの依頼をこなす冒険者で混雑するので、小柄なタロは依頼掲示板の前に行きたくても押し出されてしまう。
それに獣人であるタロを快く思わない冒険者も一定数いるため、絡まれないようできるだけ人の少ない正午前に行くようにしていた。
昨日採取した薬草の納品と、次の薬草採取の依頼を受注する。
これを毎日繰り返すのがタロの日課であった。
納品が日を跨ぐ都合、鮮度が重要な薬草は採取できない。
なので売値は安いが日持ちのする薬草を大量に採取して稼ぐしかなかった。
両親が生きていた頃は自分たちで下処理していたので、日持ちが良くなり報酬に色が付いたりもした。
流行り病で死別してからは処理せずそのまま納品している。
「いってきます」
返事がないとわかっていても、寂しさを紛らわすためにタロは声を出す。
今日も大量の薬草が入った籠を背負い、タロは両親との思い出が詰まったボロ家を後にした。
冒険者ギルドに到着すると、見知らぬ三人組がいた。
黒髪の少年と銀色、桃色の髪の少女だ。
三人ともタロとたいして変わらない背格好だが、身なりは全然違った。
質素だが仕立ての良さそうな外套を羽織っていて、隙間から見える服も綺麗で髪も艶々。
繰り返し洗ってボロ雑巾を継ぎ接ぎしたような服に、ぼさぼさの灰褐色の髪を無造作に伸ばしているタロとは大違いだった。
きっとお金持ちの商人の子かお貴族様なのだろう。
タロはみじめな気持ちになったが、元々住んでいる世界が違うのだと割り切って、三人がいる受付カウンターから一番遠いカウンターに向かった。
「あ、タロちゃん。いいところに来たわね」
「ふぁっ」
折角やり過ごそうと思ったのに、三人の相手をしていたローナに呼び止められてしまった。
「な、なんでしょうか」
「こちらの三人が薬草採取の依頼を受けたんだけど、薬草にあまり詳しくなくて誰か教えてくれる人を探していたのよ」
「はあ」
この時点で嫌な予感しかしなかったが、タロはとりあえず頷く。
「タロちゃんなら薬草に詳しいでしょ? 三人に薬草の種類を教えてあげてくれないかな。タロちゃんもいつもの依頼を受けながらでいいから。ギルドからの依頼ということで追加報酬も出すわ」
追加報酬はありがたいが、三人の綺麗は姿を間近で見ると益々委縮してしまう。
ただでさえ自分は亜人なのに、こんな上流階級の人たちと行動を共にして、もし不快に思われて不敬だなんて言われたら……。
「あっ、そのっ」
でも断わったら断わったでやっぱり不敬なのではと、タロは混乱してしまう。
あたふたしていると桃色の髪の少女が目の前までやってきた。
至近距離からタロの顔……より少し上をじっと見つめてくる。
「その耳、まるくて可愛いね」
見た目の印象通りの可憐でのんびりした声が、タロの頭頂部についている丸い耳を褒めた。
数秒の間、タロは褒められたことが理解できずぽかんとしてしまった。
最後に褒められたのはいつ頃だったろうか。
自分を褒めてくれるのは両親だけで、一人で暮らすようになってからはみすぼらしい恰好や亜人であることを咎められる日々だった。
褒められたのが耳と微妙ではあったが、それでもタロにとっては久しぶりで想定外のことであった。
いや、考えようによっては亜人である自分を肯定してくれたともいえるかもしれない。
「あの、僕、言葉遣いとかわからないし」
「その辺は気にしなくて大丈夫だよ。だから良かったら薬草について教えてくれないかな。俺たちからもお礼はするので」
至近距離でタロの耳を凝視し続ける少女をやんわりと引きはがしながら、今度は黒い髪の少年が話しかけてくる。
黒髪黒目の人族をタロは初めて見た。
黒い瞳で見つめられると、なんだか吸い込まれそうな気分になってくる。
言葉遣いを気にしなくてもよくて、ギルドと少年からダブルでお礼もあるとなると、赤貧生活のタロにはもう断る理由がなかった。
「そ、それなら依頼を受ける、ます」
「ありがとう! 俺の名前はシキ。こっちの丸いの好きがエル。じゃない方がリファだ」
「よろしくー」
「ちょっとにぃに! その紹介の仕方はないんじゃない」
リファと呼ばれた銀髪の少女が頬を膨らませて怒っている。
とはいえ本気で怒っているわけではないようで、眉を吊り上げてはいるが口角は上がっていた。
そしてタロの方へと向くと、にぱっと笑う。
「タロちゃん宜しくね! あなたとはとっても気が合いそう」
「は、はい? よろしく……です」
こうして鼠人族のタロは自身の運命を大きく変える三人と出会った。