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81話 お前の物は俺の物なわけない

「リティス様は兄のラスティ様が大怪我してからは、子爵領の魔獣を減らすために冒険者として活動しているんだ」


「子爵家の騎士団としてじゃなくて、冒険者としてなんだ」


「いくら剣術の才能があっても子爵家のご令嬢だからな。本来は社交に精を出してもらわないといけないのに、屋敷を抜け出しては俺たちを巻き込んで魔獣討伐をやっているのさ」


 リティスが帰った後、シキはゴードンと合流した。

 冒険者ギルド内には打合せ用のテーブル席があり、そこで今後の打合せをしている。

 ついでにリティスのことも聞いてみたのだが、彼女と冒険者の関係性が見えてきた。


「それで皆リティ姉に辛辣……親しみを込めた対応をしているのか。だけどあんなに気安くして大丈夫? 不敬とか言われない?」


「タクティス子爵家は皆気さくな方々だからな。もちろん他の貴族様相手なら弁えるさ。シキ様にも弁えた方がよろしいですかな?」


「はは、勘弁してよ」


 そう言って茶化してくるゴードンにシキは苦笑いを浮かべながら首を振った。

 シキはダスティン・タクティス子爵と息子のラスティとは一度だけ会ったことがある。


 ダスティンは小太りで口髭を生やし、口調は穏やかで確かに気さくな雰囲気を醸し出していた。

 ラスティはリティスより二つ年上で、こちらも父親譲りののんびりとした口調が印象に残っている。

 リティスの凛々しい雰囲気やきびきびとした態度は、シキが会ったことのない母親譲りなのだろう。


 そんな穏やかなラスティが傷つき、ダスティンに恨まれていると思うと、シキの胸は締め付けられる。

 ラスティのケガはナノマシン入りの治療薬で完治できるはずだ。

 生きている限り病気も欠損もなんでも治してしまう尋常じゃない薬だが、このアトルランにも似たような霊薬は存在するので使っても誤魔化しは効く。


 ただし王族で一つ、二つのストックを持ち、新たに調達するにも丸一年かかるくらい希少なので、表立って使うには配慮が必要だ。

 上質な魔獣の素材が取れる樹海を抱えるエンフィールド男爵家であれば、調達のハードルは下げても良さそうではある。


 今後の状況によってはラスティの治療は交渉材料にできるかもしれない。

 だがそうでなくても、どこかで治してあげたいとシキは思っている。


 治療薬の順番待ちがこれで三人目になってしまった。

 前世の世界でも怪我や病気がないわけではないが、それ以上にこのアトルランという異世界は危険に溢れているのであった。


「それで本当にいいのか? 俺だけでなくこいつらも厄介になって」


「うん、いいよ。エンフィールド男爵領は今後常に人手不足になる見込みだからね。あんまりタクティス子爵領から人を引っ張ると領地間の問題になっちゃうけど」


「「「ありがとうございます! 弟君!」」」


 元気よくゴードンの仲間たちが頭を下げた。

 彼らはゴードンが面倒を見ている若手冒険者だ。

 駆け出しの頃に助けたのが縁で、ゴードンが酒に溺れても離れていかないくらい懐く、もとい恩義に感じているのだという。


「どうせ懐かれるなら若い女の方が良かったんだがな」


 大声で言ってはははと冗談交じりに笑うゴードンの背後、カウンターの向こう側でローナがこちらを睨みつけている。

 それに気づいたシキとゴードンの仲間の一人はそっと視線を逸らした。


「それじゃあ俺たちは先にエンフィールド男爵領に向かうぜ。ローナの件、宜しく頼む」


 言葉の後半をシキの耳元で囁いてから、ゴードンとその仲間たちは旅立っていった。


「相変わらず鈍感系だねゴードンさんは」


「『……』」


「? とりあえず場所を変えようか」


 シキとスースは冒険者ギルドを後にして、適当な小道に入ったところで〈搭乗〉コマンドを使う。

 次の瞬間には上空で待機していた〈SG-072 スース・ファシロ〉に二人は乗り込んでいた。


 オルティエも広くはないコックピットの上部でふわふわと浮かんでいる。

 モニター越しに広がるタクティス子爵領の風景を眺めながら、シキが疑問を投げかけた。


『それでタクティス子爵家の寄親のフロント伯爵家だけど、どういう意図があってエンフィールド男爵家を攻撃していたんだろう?』


『攻撃の意図についてはまだ情報不足のため断定できません。ですがタクティス子爵家への指示を懐柔に切り替えたのは、御前試合及び視察団の派遣が決まった後です。これはそれまでのように攻撃を続けると王家の顰蹙(ひんしゅく)を買い、立場が危うくなるからだと予想されます』


『なるほど。王家が目を付けた男爵家に喧嘩を売ったら悪目立ちしそうだもんね。攻撃の理由は何なんだ? 御前試合の前は認知度ゼロのはずなんだけどなあ。あとタクティス子爵が懐柔指示に従ってないのも気になる。やっぱりラスティさんが怪我をした逆恨みが強いのかなあ』


『にぃに!』


『リファ、どうかした?』


 ボイスチャットにリファが参加してきた。

 現在の会話は全スプリガンにオープンしてあるので、必要であれば誰でも参加可能だ。


『御前試合以前のエンフィールド男爵家だけど、一つだけ出回っていた情報があるわ』


『なんだっけ……?』


『氷熊の肝です。マスター』


『あー、王都に貴重な魔獣の素材が持ち込まれたってやつか』


『今過去ログを漁ったんだけど、エンフィールド男爵領から王都への途中にフロント伯爵領があって、そこのギルド支店を経由して王都に持ち込まれたと帳簿に記載があったわ』


『過去ログ……てかそんなことまで情報を仕入れていたのか。凄いなリファは』


『ふふーん。すごいでしょ? だからもっと敬っていいんだから』


 声しか聞こえないが胸を張ってどや顔をしているリファを、シキは何故かはっきりと幻視した。

 リファは専用の鼠型ドローンを使って王城での諜報活動を継続している。


 活動内容は会話の盗聴だけでなく、帳簿や資料の盗撮までと手広い。

 収集したそれらのデータは画像やテキストを元に検索も可能だ。


 ちなみに帳簿や資料をどうやって盗撮しているかというと、外側からスキャンするだけなので冊子は閉じたままでよかった。

 恐ろしくハイテクである。


『ということは攻撃の理由はエンフィールド男爵家を乗っ取るか支配して、魔獣の素材をせしめるのが目的だったのかな』


『その可能性は高いわ。王族と張り合うほどの気概はない小物だし、処すのはとりあえず後回しで』


『手厳しいなあ』


『寄親を無視して態度を変えないタクティス子爵を調べたいんだけどいい? にぃに』


『そうだね、ちょっと様子を探ってみようか』

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