77話 うわばみとへべれけ
「偉大なる姉御と弟君に乾杯!」
「乾杯!」
ゴードンの妙な言い回しの音頭と共に、冒険者たちがエール入りのコップを掲げる。
シキたちが冒険者ギルドに戻ってくると、ゴードンの仲間たちが救出メンバーを募っているところであった。
リーフマンティス一体を損害なく討伐しようとするならば、第四位階冒険者のパーティーが必要だとされている。
つまりゴードンだけでリーフマンティスの群れを食い止めるというのは不可能で、救出とは名ばかりの弔い合戦であった。
そういうこともあり無事に帰ってきたゴードンを見て、仲間たちは顎が外れそうなくらい口を開けて驚き、涙を流して喜んだ。
リーフマンティスの異常発生については小型情報端末で調査済みである。
ゴードンたちのいた場所に偶然複数体が集まっていたようだが、他の場所での群棲は確認できなかった。
そのまま伝えると何故わかるんだ? ということになる。
なのでゴードンと周囲を警戒しながら帰ってきたが、何も異常はなかったとシキはローナに伝えた。
近々の危険はないはずなので、ここから先は冒険者ギルドに任せて大丈夫だろう。
提供したリーフマンティスの死骸を調べたり、周辺に異常がないか調査すれば何かわかるかもしれない。
血まみれのゴードンに水浴びと着替えをさせた後、冒険者ギルドに併設された酒場にて祝勝会が催された。
「姉御! ゴードンさんを助けてくれてありがとうございます。俺達からも改めてお礼を言わせてください。ささ、エールのおかわりです」
「もらおう」
「弟君もさあどうぞ」
「あ、僕はミルクで大丈夫です」
単独でリーフマンティスの群れを倒したと聞いて、ゴードンの仲間たちはスースに畏敬の念を抱いていた。
その結果〈姉御〉呼びになり、甲斐甲斐しく酒のおかわりを渡している。
シキは年下の子供ということもあって当初は呼び捨てにされていたのだが、スースの一睨みで何故か〈弟君〉と畏まった呼ばれ方になってしまった。
スースがハイペースでエールが並々と注がれたコップを空にしていく。
見慣れない黒髪の美女の飲みっぷりの良さが注目を集め、いつの間にか他のテーブルの客を巻き込んでの飲み比べに発展していた。
「ぐおお……もう駄目だ」
今もまた髭面の大男がスースとの飲み比べに負けて床に派手に倒れた。
「うおおお! 凄いぜ姉御!」
「よし、次は俺だ!」
「いいだろう。だが負けたら酒代はこちらの分も払ってもらうからな」
既に三人返り討ちにしているが、スースは顔色を一つも変えず不敵に笑っている。
次から次へと冒険者に絡まれて嫌がるかと思いきや、存外楽しそうであった。
スプリガンたちにもアトルランの人々と交流して欲しいと思っているシキとしても嬉しかった。
「あんな細い体のどこに大男三人を負かす量の酒が入ってるんだ?」
「さぁ……わからないです」
「んでローナがなんで酔いつぶれてるんだ?」
「さぁ……なんでですかねぇ」
ゴードンの横ではローナが気持ち良さそうにテーブルに突っ伏して寝ていた。
ローナもまたゴードンの危機を知って動揺し、無事帰還したことを喜んだ一人であった。
いつの間にか冒険者ギルド職員の制服のまま祝勝会に参加し、エールを二口、三口飲んだだけでこの有様だ。
「いくら元冒険者とはいえ無防備すぎるだろ」
「そう思うなら祝勝会が終わったらちゃんと持ち帰ってあげてくださいね」
「随分とませたことを言うじゃないか。俺とローナはそういう関係じゃねえよ」
果たしてそうだろうか?
昨日酔った勢いでシキたちに因縁を付けたのを諫めたのはローナだったが、情けなく去っていったゴードンのことを必死に擁護したのもローナだ。
エンフィールド男爵領に冒険者ギルド支店ができたら初心者講習を実施する予定だが、ローナはその講師にゴードンを勧めてきた。
新米冒険者の頃に色々教えてもらったがその教え方はわかりやすい。
今は燻っているが根は真面目で優秀な人なんだと、熱の籠った瞳でシキに語ったのだ。
そして今は酔い潰れているはずなのに、ゴードンの服の裾をぎゅっと掴んで離さない。
完全に脈ありだけどゴードンは鈍感系なんだなぁとシキは思った。
ちなみに現在も非表示設定でシキの背後に浮いているオルティエがシキの心境を聞いていたなら、「まったく、自分のことは棚に上げて」と思ったことだろう。
「本当に高価な霊薬の代金をチャラにしてくれるのか? 俺がエンフィールド男爵領の冒険者ギルドに拠点を移すだけで」
「はい。ちょっとやってもらいたい仕事もありますが、それ以外は自由に冒険者をしてもらって構いませんし、給料も出します」
ローナが太鼓判を推したので、シキはゴードンを初心者講習の講師として雇うことにしたのだ。
「なあ……頼みがあるんだが、その霊薬がまだ余ってるなら、ローナにも使ってやってくれないか? こいつは膝を痛めて冒険者を引退しちまったんだ。費用は俺が払うから……だからニヤニヤするな。そういうのじゃないんだ」
「いっそのことローナさんもエンフィールドに招待しますかね。ギルド職員だからすぐとはいかないかもだけど。ゴードンさんもその方が嬉しいですよね?」
「くっ、煽ってくれるな次期領主殿は。明日もギルドに来るんだろう? なら今日は帰らせてもらうぜ。ほら、帰るぞローナ」
「……ふぁい、かえりましゅぅ」
肩を組んで夜道を去る姿は完全にあれだったが、あんまりしつこくしても下世話なのでシキは黙って二人を見送った。
『私もいつかマスターとお酒を飲み交わしたいです』
『オルティエ……』
オルティエは立体映像なので飲食はできない。
ぽつりと零れた言葉に、シキはどう返していいかわからなかった。
『実は方法が全くないわけではないんですよ』
『えっ、そうなの?』
『はい、マスターが十八歳になり承認して頂ければ色々解禁されます。それはもう色々です。その結果飲食も副次的に可能に―――』
『お酒は二十歳になってから! その他色々もまた然り! (尚、承認するとは言っていない)』
ちなみにスースは飲み比べで十人抜きをした。
最後まで酔った様子はなくケロリとしているのだから、恐ろしいものだ。
翌日からスースは冒険者全員から姉御と呼ばれるようになった。