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74話 冒険者という職業

 スースに厳しく当たられてもローナはめげなかった。

 冒険者ギルド、タクティス支部長と先輩を説得して、シキとスースの受付担当の座を勝ち取る。


「ローナさんって元冒険者だったんですね」


「はい。これでも将来有望とだったのですが、膝に刺棘怪鳥(スティレ・ストルシオ)の針を受けてしまいました。治療魔術で骨はくっついたものの、僅かに歪んだまま治ってしまい……。歩く分には問題ないのだけれど、それ以上となると痛みで走れないから冒険者は引退したんです」


 冒険者は体が資本の仕事だ。

 前世の世界のような福利厚生があるわけもなく、働けなくなった時点で貯蓄や助けてくれる家族や仲間がいなければ詰みである。


 ローナは天涯孤独の身だったため危うく転落人生を歩みそうになったが、根がまじめで地頭も良かったので、冒険者ギルドの職員として拾ってもらえたという。


「もう治らないんですか?」


「高い治療費を払って《再生》の魔術を受ければ治るかもしれませんが、こつこつ働いて貯金しても十年はかかります。そうなると冒険者としての旬は過ぎてるし、かといって体を売るのは嫌だったので……あ、すみません」


 うっかり生々しい話を子供にしてしまったと、スースの様子を伺いながらローナが謝る。

 そんな身の上話を聞いてしまうと、即死以外は何でも治してしまうナノマシン入りの治療薬を提供したくなるシキだが、簡単に使ってよいものでもない。


「もしすぐにでも治ったら冒険者に復帰したいですか?」


「うーん、どうでしょう。昔は冒険者で成りあがることに夢を見ていましたが、こうして安定した仕事に就いてみると、やっぱりこっちの方がいいですよね。これは他の冒険者には内緒にしておいて欲しいのですが」


 ローナが受付カウンターから身を乗り出し、シキに顔を近づけて小声でこっそり教えてくれたのは冒険者の階級分布だった。


 冒険者の階級は第五位階から第一位階まである。 

 第四位階で新人卒業、第三位階で中堅、第二位階になると在野では頂点扱い、第一位階は英雄クラスで国のお抱えとなる。


 特に第三位階と第二位階の間には超えられない壁があるとされ、第二位階冒険者は都市に数名、第一位階冒険者は国に数名しかいない。


「仮に新たに冒険者になった人が1000人いたとします。その中で第四位階冒険者になれるのがおよそ300人、第三位階が50人、第二位階が10人、第一位階が1人です」


「ふむふむ、全部足しても361人ですね。残りの639人はまさか」


「さすがシキさん。計算が早いですね。ただの冒険者とは思えない。もしかして……」


「いいから早く結論を言いなさい」


「あっはい。昇格できなかった冒険者の半数は挫折や怪我で引退。もう半分は行方不明か殉職しています。ここでの行方不明は迷宮や魔獣討伐のため森に向かってそれっきり、という意味なので実質殉職ですが」


「半分だから殉職率は三割越えか……」


 前世で一番危険な職業は林業だったろうか。

 それでも殉職率は0.1%ぐらいだったはずなので、先の例だと第一位階冒険者が誕生する確率と同じ程度だ。


 環境が違い過ぎるので前世の世界と比較しても仕方がないが、この世界の中でも冒険者は飛びぬけて危険な職業であった。


「冒険者の頃は私もまともに計算できなかったので、まあ少なくはないんだろうな、くらいにしか思っていませんでした。昨晩酒場で一緒に飲んだ知り合いが、それっきり姿を見せなくなるなんてこともよくありましたし。ですがこうやって数字で見ると、私もあっさり死んでいたかもしれない。他の冒険者にあいつ見なくなったなと思われるのかもしれない。そう考えると少しだけ怖いです。足を痛めただけで済んだのは幸運でした」


 エンフィールド男爵領には近々冒険者ギルドの支店が建つ予定だ。

 そして冒険者を集い、樹海の魔獣を狩るビジネスが始まる。

 ―――冒険者の命を犠牲にして。


 特に樹海の魔獣は濃い魔素を吸って強くなっているので、殉職率は更に上がってしまうかもしれない。

 自己責任といえばそれまでだが、次期領主として何も対策しないのは暗愚ではないだろうか。


 またローナとしても、シキがエンフィールド男爵の次期領主だと想定して、少しでも殉職者が減りますようにという願いを込めていた。

 シキを貴族扱いするとスースが怒るので、遠まわしにだが。


「貴重な情報ありがとうございます。ちなみにですが、冒険者ギルドで初心者講習みたいなのはやっていないのですか?」


「あるにはありますが、本当に最低限な内容なのと、有料なので誰も受けていないのが現状です。ただその最低限な内容だけでも学習すれば殉職率は下がると思います。あとこれは先輩が言っていたのですが……」


 何故講習が有料なのかといえば、講師や場所、練習用の武具といった費用が掛かるからだ。

 それに英雄を夢見て、もしくは食い詰めて冒険者になりたがる人々はいくらでもいる。


 だから一人一人を丹精込めて育てなくても勝手に強者は現れるため、冒険者ギルド側が講習を重要視していないのだという。

 もちろん日頃から冒険者と面と向かって働いている職員たちはそう思ってはいないが、組織の上層部は違った。


「長期的に見れば講習で冒険者の母数が増えれば斡旋できる仕事の数も増えるし、魔獣の素材だってより多く流通して経済が回るはずだ。現状で冒険者の数が多すぎて仕事が不足していたりするんですか?」


「いいえ、少なくともタクティス子爵領内では冒険者の数は足りていないです」


「ふむ、場所にもよるかな。魔獣の乱獲で生態系が変わったり、あぶれた冒険者が野盗になったりする可能性も視野に入れないといけないか。でもエンフィールド男爵領に関してはそれはないだろう。魔獣は沢山いるし開拓で人手はいくらでも欲しい。あとは冒険者への動機付けだけど……ローナさん、たとえば領主が冒険者ギルドに依頼するという形で、初心者講習を冒険者に受けさせるのはどうでしょう? 初回のみ講習を受けて合格すると報酬をもらえるようにするんです」


「それはすごくいいですね! でもそれだと講習だけ受けて冒険者を辞める人が出ませんか?」


「必要経費と割り切っても構いませんが、報酬の支払いを分割後払いにするなんてどうでしょう。報酬を四分割くらいにして、講習後に受けた通常依頼に毎回上乗せするんです」


「なるほど、それだと最低でも三回は通常依頼も受けてくれると。しかも受け取りきるまでは慎重に依頼をこなしてくれそうですね。それで冒険者に慣れて軌道に乗れば完璧です!」


「でも職員の仕事が増えちゃうのがなあ」


「それで冒険者の殉職率が下がるなら職員は喜ぶと思います。見送った冒険者が帰ってこないのは辛いですから」


「そっか、なら男爵領に戻ったら早速提案してみよう」


「おお、さすがは次期領……」


「そろそろどの依頼を受けるか決めようか」


「「あっはい」」


 興奮して建前を忘れて会話し始めた二人を、スースが諫めた。

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