72話 怪しい姉弟
「私は昼休憩に入るわ」
「はい、わかりました。先輩」
先輩職員が受付カウンターから席を外したところで、ようやくローナは肩の力を抜く。
ローナは冒険者ギルドの職員になってまだ半月の新人なので、覚えることが沢山あった。
各種書類の書き方と保管場所、冒険者の力量把握と適した依頼の斡旋、魔獣の素材の引き取り等々……。
なんでもかんでも受付にやらせすぎではないだろうか。
場合によっては冒険者同士の喧嘩の仲裁までする。
いやまあ、仲裁は先輩にいびられた鬱憤を晴らすのに丁度よかったが。
ローナが冒険者だった頃は「ギルド職員はなんでも出来て凄いなあ」と漠然に思っていたが、まさか自分が職員側になるとは思ってもみなかった。
先輩の指導は厳しい。
それは早くローナに自立して欲しいという善意なのはわかっている。
自分より若い娘への八つ当たりではない……はず。
時刻は昼下がり。
依頼の受注は早朝と夕方に集中するため、忙しさが一段落する時間帯だ。
ローナも一息つきたいところだが、今のうちにギルド職員用の教本で業務の復習をする。
油断してぼーっとしていようものなら、先輩の説教が飛んできてしまう。
先輩は野蛮で屈強な冒険者たちにも説教できる猛者だ。
良いところのお嬢様で暴力とは無縁の少女時代だったらしいのだが、どこで道を誤ったのか。
既に冒険者としては失敗してしまっているローナなので、これ以上失敗はしたくない。
先輩のように選り好みせず、適度に有望な冒険者を引っかけなければ。
そのためにも優秀なギルド職員になって上位冒険者の担当になるのだ。
動機はともかく待機時間を利用して、真面目に勉強していたローナの耳に怒号が聞こえてきた。
「……はあ、まったく勉強の邪魔をしないで欲しいんだけどな」
ローナは教本を閉じ受付カウンターの外に出ると、騒がしくなっているギルドの入口へと向かう。
そこには数名の冒険者に囲まれている見知らぬ人物が二人いた。
片方は背の高い女、もう片方は小柄な少年でどちらも黒髪黒目で非常に珍しい。
シンプルな外套を羽織っているが、その外套や隙間から見える衣服は真新しく上等だ。
見るからに上流階級の人間だった。
そんな露骨に怪しい二人組にまともな冒険者なら因縁を付けたりしない。
もし相手が貴族だったら最悪無礼討ちまでありえる。
つまり今因縁を付けているのは冒険者の中でも落ちこぼれで、昼間っからギルドに併設された酒場で飲んだくれているような連中だった。
「そこをどきなさい。私とおや……弟は冒険者ギルドに用事がある」
「だから親切な俺達が案内してやるって言ってるんだろお?」
女は只者とは思えない鋭い眼光の持ち主だ。
まるで先輩のようでローナは少しだけ苦手意識が芽生えた。
「いいから俺たちの言う通りにしろ。お礼は一晩付き合うだけで―――」
しびれを切らして女の肩を掴もうとした冒険者の男だったが、触れる前に派手に背中から転倒した。
本人は何が起きたか分からないようで、酒くさい赤ら顔に困惑を浮かべている。
ローナには辛うじて見えていた。
女が外套の下に持っていた木剣のようなものを素早く振るい、男の膝裏に叩きつけて転ばせたのだ。
酔っ払いの冒険者連中はもちろん、ローナも自身が持つ【狩猟神の加護】で動体視力が強化されていなければ見逃していただろう。
「おや……弟よ、行きましょう」
「ま、まちやがれ!」
「はいそこまで。ギルド内で喧嘩は駄目ですよ。やるなら相手を選んで、外でやってください」
女に冷ややかな目で見降ろされ冒険者の男が激高したところでローナが割り込む。
「ローナ、邪魔するんじゃねえ。冒険者は舐められたらおしめえだ」
「今のあなた方には舐められる要素しかないと思いますが。ゴードンさん。昔は昼間から酒を飲むような人ではなかったでしょうに」
痛いところを突かれたゴードンは反論できず顔を逸らす。
ほかの仲間の冒険者たちも似たような反応だったが、ローナの「先輩に言いつけますよ」という台詞がトドメとなり、全員がすごすごと冒険者ギルドから去っていった。
先輩の偉大さに改めて感服するローナである。
同時に新人冒険者の頃に面倒を見てもらった先輩たちの落ちぶれっぷりにはショックだった。
男たちを見送り、ローナは冒険者たちに絡まれていた二人に向き直り頭を下げる。
「冒険者ギルド、タクティス支店にようこそ。今日はどういったご用件ですか?」
「魔獣の素材を売りたい」
「畏まりました。冒険者証はお持ちですか?」
「いや、持っていないので作りたい。私とお……とうとの二人分を頼む」
冒険者というのは身分や性別、年齢や種族を問わずに門戸を開いており、体ひとつで誰でも富と名声を得る可能性がある職業だ。
そして冒険者ギルドで魔獣の素材を売るには、冒険者としての登録が必要だった。
これは冒険者としての身分を登録することにより、誰がこの魔獣の素材を持ち込んだかを記録するためだ。
貴重な素材であれば記録を元に冒険者に再調達を依頼することもできるし、万が一犯罪……たとえば他の冒険者から奪ったものだと発覚した場合、すみやかに指名手配もできる。
ローナは二人を受付カウンターまで案内し、手際よく必要書類に記入していく。
最後に小さな金属板でできた冒険者証に二人の血を染み込ませれば完了だ。
「おめでとうございます。これでお二人とも立派な冒険者です。駆け出しの冒険者の仕事は、物語に出てくるような血沸き肉躍るような冒険譚とは程遠いものです。雑用や下働きがほとんどです。それでも慌てず、腐らず、そして無理無茶無謀はせず、自分の命を最優先にしてください。生きてさえいれば、冒険者として大成する可能性が失われることはありません」
この口上も先輩に真っ先に覚えさせられたものだ。
教養のない冒険者たちへの最低限の助言でもあるのだが、果たしてどれだけの冒険者たちの記憶に残るだろうか。
実際にローナも冒険者になる時に聞いたはずだが、ちっとも覚えていなかった。
言う側の立場になって初めて、結構大切なことを言っていたのだと気づかされる。
「依頼に失敗し責任を問われることもあるでしょう。それでも失敗を認め汚名返上に努めるなら、冒険者ギルドはあなたへの支援を惜しみません。そのことをどうか忘れないでください。それでは良き冒険者生活を。スースさん、シキさん」




