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71話 母の思い出

「あなたのお父さんはね、とっても凄いのよ。どんなに困ったことがあってもすぐに解決しちゃうんだから」


 シキは久しぶりに母親の夢を見た。

 ここで言う母親とは前世の母でもエリンでもなく、この世界でシキを生んだ母親のことである。


 名前をエフェメラといい、シキの黒髪黒目は彼女から受け継いだものだ。

 夢の中のエフェメラはぼろぼろの平屋の軒先の椅子に座り、生後間もないシキを抱いて子守歌を歌ったり、話しかけたりしている。


 母と子の二人で住んでいたのは王国の南端にある小さな村だった。

 エフェメラは小柄で可愛い雰囲気の女性だが、村付きの冒険者として雇われるくらい腕っぷしが強い。


 赤子を連れた余所者の女性が村に居着くには、それくらいしか手段がなかったとも言えるのだが。

 言い寄る村の男もいたが自慢の腕力で寄せ付けない。

 村の端で子育てと畑仕事をしつつ、たまに森から現れる魔獣を追い払う生活をしていた。


 優しい声で歌ってたエフェメラが不意に立ち上がる。

 目の前に広がる森を睨みつけていると、大量の何かが飛び出してきた。

 それはゴブリンやオークといった人型の闇の眷属(ミディアン)の群れであった。


 シキの視界が暗転すると場面が変わる。

 村のあちこちから火の手が上がり、家屋が打ち壊される音と誰かの悲鳴が聞こえてきた。


 いつのまにか二歳児くらいまで育ったシキは、隣の家のおばさんに抱きかかえられ村から脱出しようとしている。

 シキの目に村を脱出する村人たちの殿(しんがり)を務めるエフェメラの姿が映った。


 こちらに背を向けて闇の眷属と戦っているため顔は見えない。

 その背中が赤く見えたのは火のせいなのか、それとも血だったのか。

 不意にエフェメラが振り向いた。


「大丈夫、お母さんに任せて―――」


 その表情は気負うことなく自信にあふれていて、言い寄ってきた村の男を殴り飛ばしたときと同じだった。

 エフェメラが闇の眷属の群れに飲まれたところで、シキは夢から覚める。







 まだ夜明け前のようで窓から見える外の景色は薄暗い。

 隣ではちゃっかり同衾ローテに参加している義理の母エリンが寝息を立てている。


 エリンを起こさないようにベッドから抜けて屋敷の外に出た。

 屋敷の玄関横に座ってぼんやり空を眺めていると、少しずつ空が白む。


『マスター、睡眠中の脳波が乱れていましたが悪夢を見ていたのでしょうか』


『え、そんなこともわかるの? 怖……』


 どからともなく現れたオルティエにそう言われ、そこまでモニターされているとは思わなかったシキは頬を引き攣らせた。


『悪夢とは言いきれないかな。母親の顔が見れたし。俺が生まれてから二年くらいしか一緒に居なかったから、記憶も大分曖昧だけど』


『二年ということは、マスターの生みの親ですね』


『母親の名前はエフェメラっていってね。俺の黒髪黒目は母親譲りなんだよ。レドーク王国の南端、アートリース伯爵領の端っこにあったカドナ村ってところで二人で住んでたんだ』


『お父様はいなかったのですか?』


『うん。死別とか不仲ってわけじゃなさそうだったけど、何か訳があってカドナ村まで流れてきたみたい。そして三歳の誕生日を迎える前にカドナ村は闇の眷属の群れに襲われて壊滅したんだ。母親は村付きの冒険者だったから最後まで戦った。俺は隣の家のおばさんに連れられて隣の街まで逃がされたんだ』


 何故赤子だったシキがそこまで細かく覚えているのかといえば、転生者だからである。

 大人の日本人の意識を持ちつつ赤子の生活を送るというのは、それはもう沢山の困難があった。


 どうやら精神が肉体に引っ張られるようで、傍から見たシキの反応は赤子そのもの。

 感情のまま泣きたいときに泣いて糞尿を垂れ流す。


 食事もくれる相手は十代の母なので……色々な意味でしんどい。

 当然この世界の言葉もわからないので、大人たちの会話を聞いて覚えるしかなかった。


『お母様はどうなったのですか?』


『わからないけど、生存は絶望的だと思う。後日カドナ村に騎士団が派遣されて闇の眷属は一掃されたけど、逃げ遅れた村人はみんな食われて、死体は殆ど残っていなかったらしいし』


『らしい?』


『街まで逃げた後、人攫いに攫われちゃったんだ。そして王都まで連れていかれて、物好きの貴族に買われてそこで二年暮らして、脱走してスラム街で孤児になって、孤児院に引き取られて、最後にエリン母様と知り合って養子になったんだ』


『……マスター、予想以上に波乱万丈の人生ですね?』


『だからカドナ村の結末は噂話でしか知らないんだ。できれば村まで戻りたかったけど、子供一人ではどうにもならなかった。ロナンドじいちゃんとエリン母様は気を使って村に行ってみるか? って聞いてくれるけど、エンフィールド男爵家に国の南端まで行く資金なんてないし、もう十年経ってるから手がかりも見つからないかも』


 ただ夢で見た母親の最後の表情を思い出すと、なんだかまだ生きているような予感がしてくるから不思議だった。

 記憶もだいぶ曖昧で、あれが実際に見たものかすら怪しいのだが。


『そういうことでしたら、我々スプリガンを使ってください。各機体の強化だけでなく、呼称:シュヴァルツァや白銀狼の協力体制もありますので、防衛任務を維持しつつスプリガン一機を南方へ派遣することも可能です。また複座を実装して頂きましたので、マスターの移動も楽になりました』


『あ、そうか。行きは先に現地に到着したスプリガンに〈搭乗〉して、帰りはこっちにいるスプリガンのどれかに〈搭乗〉し直せば瞬間移動できるのか』


『皆はマスターと一緒に空の旅を満喫したいでしょうけどね』


『時間が許す限りはそうさせてもらうよ』


『ところでお父様の手がかりはないのですか?』


『…ないかなあ。不思議と母親は父親の名前を出さなかったんだよね。その辺りからも訳ありな雰囲気を感じるよね』


 実は一度だけ、珍しく酒に酔った母親が名前を零したことがあるが、父親の捜索は母親の後でいいだろう。

 そう考えているシキの横顔を、オルティエが微笑をたたえたまま見つめていた。

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