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65話 オオカミ少女とオオカミ

「大崖に黒い竜が住みついた」


「えっ」


 食卓での両親の会話を聞いて、キルテは思わず声を上げた。


「どうした? キルテ」


「ううん、なんでもない。大崖のどこに住みついたの? お父さん」


「崖の真ん中あたりに平らになったところがあるんだが、そこらしい。崖には穴が開いていて洞窟になっているそうだ」


「そんなのあったかなあ」


「キルテ?」


「な、なんでもない。ごちそうさまでした! 採取いってくるね」


 急いで朝食を掻きこみ、籠を背負うとキルテは家を飛び出した。

 まだ幼いキルテの仕事は、狩猟ではなく薬草や木の実の採取である。

 行動範囲も里の猟師たちが安全を確保している近場の森のみ。


 森の手前に住んでいるコルお婆さんが庭先で畑仕事をしていたので、挨拶をして森に入っていく。

 キルテは自生している薬草や木の実に目もくれず、籠を空にしたまま森を突き進む。


 安全とされている森を通り抜けても歩みは止めない。

 額に汗を浮かべながら歩き続けていると、絶対近づいてはいけないと言われている森へと辿り着く。


 そこは狼人族が崇拝する白銀狼という名の大型魔獣の縄張りで、聖域と呼ばれていた。

 強者の縄張りだからなのか他の魔獣の姿は見られず、普通の森より静かで厳かな雰囲気が流れている。


「ガルくーん。いるんでしょ、出てきてーーーー!」


 そんな森にキルテの声が響き渡る。


「ガルくんガルくんガルくんガルくん」


⦅うるさい。最初の一声で十分聞こえている⦆


 キルテの脳内に直接届けられたのは、不機嫌な男の声音だ。

 周囲を見渡すと正面にあった大岩の上に、いつの間にか巨大な狼がいた。


 名をガルムという。

 白銀の毛並みと蒼い双眸は美しく、大きな顎から覗く牙は一本一本がキルテの腕くらいある。

 ガルムは音もなくキルテの前に飛び降りると、威嚇するかのように牙を剝いた。


⦅ここへ来るのは七日に一度と決めていただろう。まだ三日目ではないか⦆


「ガルくん大崖に竜が住みついたって知ってる?」


⦅おい話を聞け⦆


 自身を一飲みできそうな口が目の前にあっても、脳内に直接声が響いてもキルテは怖がる様子もなく狼へ詰め寄る。


「崖の真ん中くらいの平べったいところだって」


⦅だから話を聞け……そうか、あそこに竜が住みついたか⦆


「見に行こうよ。てかガルくんの縄張りなんだし追い払おうよ」


⦅あそこは我の縄張りではない。狩場ではあるが⦆


「なら縄張りみたいなものだよ。狩場を荒らす悪い竜をやっつけよう!」


⦅そんな危ない場所にキルテを連れていけるわけがないだろう⦆


「えー! なんで? ガルくんが守ってくれるから大丈夫だよ。行こう行こう行こう行こう!」


 目の前で駄々をこねるキルテがうるさくて、後ずさり耳を畳むガルム。

 こうなるとそうそう譲らないことは知っているので、ガルムは妥協案を出す。


⦅竜というのはこの世界で最強の一角を担う存在だ。幼竜ならまだしも成竜なら我でも勝てん。だから遠くから様子を見るだけなら許そう⦆


「よし行こう! てかガルくんなら勝てるよ! ガルくん神獣なんでしょ。神の奴隷なんでしょ」


⦅奴隷じゃない(しもべ)だ⦆


「なんでもいいよ!」


⦅よくないぞ。その神と神の僕を崇める狼人族の巫女よ⦆


 ガルムはため息をつくと、キルテの首根っこを咥えて上に放り投げる。

 キルテは空中で一回転するとガルムの背中にお尻から着地した。


 小さい手が白銀の毛並みを掴む感触を確認して、ガルムが地面を蹴る。

 一瞬でトップスピードになるが、ガルムは巨体を苦ともせず木々の間を器用にすり抜けて走った。


「はやーい!」


⦅喋るな。舌を噛むぞ⦆


 周囲の風景が急速に流れてもキルテは怖がることなくはしゃいでいた。

 大崖に辿り着くまでに様々な動物や魔獣とすれ違ったが、向こうが反応する前にガルムが傍を通過していく。


⦅崖から少し離れたところに丘があったろう。あそこから見てみよう⦆


「わかったー」


 丘に辿り着くとキルテはガルムから飛び降り、背負っていた籠も放り投げた。


「遠くてよく見えないよ」


⦅大きな声を出すな。万が一見つかったらどうする。それと伏せろ⦆


 棒立ちで崖の方向を見つめるキルテの背中を、ガルムが鼻で突っつく。


「あの黒っぽいのがそうかなあ? あ、そういえば崖には穴が開いてて洞窟みたいになってるってお父さんが言ってたけど、そんなのあったっけ?」


⦅いや、我が記憶する限りただの崖で、洞窟などなかったはすだが⦆


「だよね! 竜が掘ったのかな?」


 ガルムは狩りのために何度もこの場所を訪れている。

 崖上も崖下もよくうろついたので、洞窟のような目立つものがあれば覚えているはずだ。

 キルテの言う通り地面や壁を掘る竜もいるので、そうなのかもしれない。


 崖の中腹には黒い物体がうずくまっている。

 おそらくあれが竜で、今は眠っているようだが……不意に黒い物体が動いた。


⦅キルテ、その場で伏せて我がいいと言うまで動かずじっとしていろ⦆


「え、なんで―――」


「Gyaoooooooooooo!」


 キルテの質問は遠くからでもはっきりと聞こえた咆哮によって遮られた。


⦅こちらは風下だというのにどうして……竜に見つかった⦆

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