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64話 犬竜

 竜はよく訓練されていた。

 ヘソ天状態から体を起こさせると、幾分か竜の威厳が戻ってくる。


 この竜は前足が翼になっている飛竜タイプで、隣で同じく竜形態になっている〈SG-065 リューナ・ヘルカイト〉と大きさは変わらない。

 尻尾は胴体と同じくらいの長さがあるのだが、今は器用に後ろ足の間に巻き込んでいた。


『言葉をある程度理解しているって言うけど、具体的にはどのくらい?』


『簡単な単語は理解できるようです。例えば……』「伏せなさい」


 竜が素早く腹這いになる。

 他にも「尻を付けて座れ」とか「一周回って吠えろ」といった芸を披露してくれた。

 もはや扱いが完全に犬なのだが、リューナの調教でそうなってしまったと思うと闇が深い。


『さすがに知性があってこんなに躾……じゃなくて調教……もあれだけど、殺して素材にしちゃうのは無理だなあ。かといってこのまま逃がすのもリューナに申し訳ないし』


『私はミロードの御心のままに』


『う~ん』


『マスター、試しに直接本人に聞いてみては?』


『えっ? それじゃあ聞くだけ聞いてみるか』「ねえ、君はこのまま逃がすって言ったら逃げたい?」


「 Gyao!」


 竜が首を横に振る。

 返事をするまでに一瞬の間があったことにシキは気が付かない。


「それじゃあ残りたいの?」


 竜が首を縦に振る。


『でも残ってもらっても、してもらうことがないしなあ』


『マスター。この竜は呼称:ロージャには劣りますが、仮称:β(ベータ)556およびη(イータ)002と同等程度の戦闘力を有していると想定されます。よって樹海の空白地帯を支配させることによって、樹海深部からの魔獣の侵入を抑制する効果が見込まれます』


『なるほど。縄張りを持たせて防衛に協力してもらえばいいのか。あれ、もしかして他の縄張りの持ち主たちも説得して仲間にして、竜の他にもスカウトして配置したらスプリガンの防衛がかなり楽になる?』


『他の個体が意思疎通、且つ友好的である可能性は低いため、そこまでの効果は望めなさそうです』


『そっかあ。あ、この竜の縄張りに秘密基地を作りたいな。そしたら竜に守ってもらえるだろうし』


「君には樹海で縄張りを持って生活してもらおうかな」


 樹海に詳しいオルティエたちと相談して、竜の縄張りの位置を決める。

 条件は魔獣の抑止力、秘密基地に向いた立地、竜の住みやすさの三つだ。


『そんな都合の良い場所ある?』


『あります』


 というわけで案内されたのは現在位置から少し南東。

 白銀狼の縄張りの近くまでやってきた。


 そこは樹海ではありふれた緑の絨毯が続いていたが、地形が少し特殊なようだ。

 エンフィールド男爵領側から樹海深部方向を見ても気付かなかったが、振り返ると高さ五十メートルほどの崖が数百メートルほど続いていた。

 樹海深部方向側が、一段低くなっているのだ。


『崖の中間に部分的にせり出した場所があるのですが、あそこはいかがでしょうか。見晴らしが良く樹海深部方向が監視しやすくなっています。また背後の崖を繰り抜いて秘密基地にすれば、上下どちらからも侵入がしにくく、竜のねぐらにしてしまえば誰も近づかなくなるでしょう』


『秘密基地は自重しないつもりだから、人目に付かないのはいいね』


 リューナ、エイヴェ、竜で崖の中腹に降り立つ。

 さすがに手狭になったが、皆が収まる程度の広さはある。


「ここを君の新しいねぐらにしようと思うんだけどいいかな?」


「Gyaowwww!」


 竜は元気よく返事をした。










 束縛される生活が嫌で、彼女は幼い許婚を故郷に残して旅立った。

 彼女自身も幼く種族としての力はあまり使えないが、それでも外の世界での彼女は頂点捕食者であった。


 三日前までは。


 その日も夕食のワイバーンを見つけたので捕まえようとしたら、見たことのない物体に遭遇した。

 ()()は矮小な人族という獲物の形に似ているが、自身と同じくらい巨大な物体だった。


 個体の強さは体に纏う魔素量の多さに依存するので、魔素を一切帯びないそれが強者などとは微塵も思わない。

 だからそれが急に同族と似た姿に変わり、首を噛みつかれ、いくら抵抗しても引きはがせなかった時は頭の中が真っ白になった。


 気が付いたら寂れた山まで連れてこられていて、そこから先の彼女の記憶は……酷く曖昧だ。

 恐ろしい経験をしたはずなのだが、それの命令に従うようになる以前のことは何も記憶に残っていない。


 もし故郷で奴隷にしていた人族の言葉を思い出さなければ、どうなっていたことか。

 それの主には絶対服従だと命令されたので、監視するそれの恐怖に耐えつつ必死に答える。


 主から逃げたいかと聞かれて一瞬頷きかけたが、主の背後から睨みつけるそれに気が付いたのは僥倖だった。

 もし頷いていたら、と思うだけで体が震える。


 外の世界を舐めていた。

 自分は決して頂点捕食者などではなかった。


 故郷には帰れないし仮にこの場から逃げ出したとしても、また別の強者に遭遇してしまうかもしれない。

 だから今は群れの最下位であることを、甘んじて受け入れよう。 

 こうしてシュヴァルツァと名付けられた竜の新たな生活が始まる。


 ちなみに新しい生活は存外悪くなく、美味しい報酬も沢山貰える。

 主に対してはすぐに懐くのであった。

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