61話 定番のあれ
「ちょっと皆、反応が鈍くなったんじゃない?」
「待ってくれエリン。これを見せられて動揺しないのは第一位階冒険者くらいだよ……いや、見苦しい言い訳だったね。申し訳ない」
クリフィンがバツが悪そうに頭を掻いている。
その横ではベストラが額に手を当てていた。
「大型魔獣も魔素の影響を受けて巨大化しているのね。普通の刺棘怪鳥の倍近くあるわ。でもそれより驚いたのは刺棘怪鳥を倒したシキ君の攻撃よ。相変わらず魔素を感じないけど精霊魔術でいいのよね? 上空からの《石弾》? 刺棘怪鳥の太い肢を貫くってどんな威力なの?」
「エリン、腕を上げたじゃねえか。その速さで俺と同じ威力を出されたら敵わないぜ」
バウルは関心した様子でエリンがトドメを刺した刺棘怪鳥の首の斬り傷を確認している。
三者三様の反応を見せる中、シキは上空の〈SG-070 エイヴェ・サリア〉へ手を振った。
『ありがとうエイヴェ。ナイスショットだったよ』
『お兄様、エイヴェも可愛いお洋服を着て、皆さまにお披露目したいです』
『うーん、お披露目かあ』
現状精霊として表示設定をオンにしているのはオルティエだけで、シアニスとプリマもオンになったことはあるが、王都で知り合っただけという設定にしてある。
要は精霊と悟られなければ問題ないのだが、エンフィールド男爵領でその姿を見せると、完全に関係者になってしまう。
コアAIはスプリガンに搭乗して日夜樹海の防衛ラインを守っている。
なので一度姿を見せて皆に知られてしまうと、日々の日常生活の痕跡が一切ないことも発覚してしまう。
そんな怪しい存在がいれば視察団に紛れ、視察団が帰った後も領地の開拓人員に紛れて潜む間者の調査対象になるのは間違いない。
シアニスとプリマも王都で間者に見られているので調査対象になっていたが、あくまで王都で知り合った間柄という設定だ。
ちょっと苦しい設定だが、間者がいくら探しても二人の素性は絶対分からないので問題ない。
『男爵領で姿を見せるのはまずいから、どこか違う場所でもいい?』
『はいっ。エイヴェもお兄様とデートしたいです。〈複座〉を実装してもらったから、お兄様を連れてどこでも行けますよ』
〈複座〉というのはCRでスプリガンに追加できる二つ目の座席で、なんとマスターであるシキが乗り込むことができる。
忙しくてまだ試していないがロボットのコックピットに入れるということで、実は楽しみにしているシキであった。
実装項目として増やせるのはスプリガンに関することだけではなく、Break off Onlineのシステムの基幹に触れるものもあるのだが……。
「予想以上に大きいから胴体で精一杯だな。バウル、処理を頼む」
立ち直ったクリフィンたちが刺棘怪鳥の解体を始めている。
バウルが得物の斧を振るい、刺棘怪鳥の首と肢を根本から斬り落とす。
エリンの太刀筋を褒めていたが、シキが見る限りバウルの一撃はそれを上回っている。
熟練の冒険者たちだけあって、てきぱきと処理は進む。
ベストラの魔術で斬り口を凍らせたところで、クリフィンが雑嚢から小振りな革袋を取り出した。
そして革袋の口を開けて、処理した刺棘怪鳥の胴体に近づける。
すると胴体が萎んだ風船のように縮こまり、あっという間に革袋に吸い込まれて消えてしまった。
「おお、凄いですね次元収納は」
初めて見た魔術具にシキが感嘆の声を上げた。
この革袋は次元収納と呼ばれる魔術具で、このように大きな物体を小さな革袋に仕舞うことができる。
非常に便利だが仕舞えるものや大きさには条件があり、また魔術具自体が非常に高価なものなので所有者も限られているという。
「はは、僕が貴族の生まれで良かったと思える数少ない理由かな」
「この大きさが入る次元収納を用意できるなんて、さすがは伯爵家よね」
「やっぱり冒険者的には必需品ですか?」
「そうだけど持っているのは本当にごく一部よ。普通の雑嚢くらいの大きさが入る次元収納でも、中堅の第三位階冒険者が一年稼いだ金額をつぎ込んで買えるくらいかしら。でもね、そんな高価なものを買ってしまうと、今度は盗難に遭うから自衛に一苦労なの」
確かに年収分の魔術具を常に持ち歩くと思うと、気が気ではないかもしれない。
などと考えていると、どこか不服そうなオルティエがシキの顔を覗き込む。
『マスター、我々にはストレージボックスがありますので次元収納など不要です』
『うん、まあそうなんだけどね』
ストレージボックスとはBreak off Online版の次元収納である。
これはBreak off Onlineの世界設定ではなくゲームシステムに依存していて、非生物なら重量や大きさを無視しておそらく無限に収納が可能だ。
収納した物は任意に名前を付けることにより、ゲームのように一覧表示ができるようになる。
あくまでゲームシステムなので、オルティエも存在は認識しているが理屈は説明できない。
非生物という判定も検証結果から導き出したもので、自生している木や花は収納できなかったが、枯れ木や落ち葉は収納できた。
例えば他にも樹海の湖の水も収納できたが、微生物は本当に除外されているのか?
条件を変えて収納を何度も試したかったが、それで湖を涸らしてはそこに住む生き物が可哀そうなのでやめておいた。
急ぐ必要もないので、検証は後日にゆっくりやればいい。
『ストレージボックスは大っぴらには使えないから、次元収納があってもいいかなと思って』
『それでしたらダミーの革袋を用意して、実際はストレージボックスから取り出してはいかがでしょうか』
『なるほど、それなら確かに誤魔化せるか。直接出し入れするところを見られなければいいわけだし』
「シキー、処理終わったから行くわよー」
「はーい」
いつの間にか刺棘怪鳥の胴体以外はベストラの魔術 《火炎》で焼かれ、灰と流れ出た血は《土変化》によって掘り返され地中へと姿を消している。
シキはその上を走って、エリンたちの背中を追いかけた。