60話 トドメを刺すだけの簡単?なお仕事
森人族の里で一泊した翌日、シキたちはトリーシアと別れエンフィールド男爵領への帰路に就く。
「樹海は冒険者たちの間では存在は知られていたんだけど、ここまで魔素が濃い場所だとは思わなかったよ」
「上質な氷熊の肝がここから持ち込まれたって噂があったけど、本当だったのね。エリンは知っていたの?」
「お父様から樹海には近づくなって言われてたのよねえ」
「それで他所で大暴れしてるんだから世話ないぜ」
エリンはバウルとベストラとも旧知の仲で、昔は皆でパーティーを組んでいたこともあったという。
「他の場所の魔素はもっと薄いんですか?」
「ああそうだとも。ここまで濃い場所は迷宮の深層くらいしかないかな。シキ君、くれぐれもこれは普通だと思ったらいけないよ」
「今のところ他の場所に行く余裕はないですね。男爵領の開発をしないといけないですし」
「男爵領にギルドの支店ができて、依頼や素材の買取が始まったら莫大な利益が生まれるわ」
「主要街道までの道が整備されるまではギルドも買取制限するだろうし、未熟な冒険者では樹海の魔獣を倒せない。かといって上位冒険者がこの地で常駐するのも難しいから、課題は多いね」
「それなら私たちが常駐したらいいじゃない。久しぶりにエリンも混ぜて冒険しましょうよ」
「僕たちはいいけど、コルティアーナが嫌がるかな」
コルティアーナはクリフィンたちのパーティーメンバーで、負傷した同じくメンバーのテッドを介抱するために視察団の開拓地に残っている。
重病の妹が王都にいるため、あまり遠征をしたがらないそうだ。
エリンもその妹とは面識があるそうなので、タイミングを見てナノマシン入りのなんでも治す治療薬を使いたいとシキは思っていた。
『マスター、大型魔獣の接近を探知しました。討伐しますか?』
『ちょっと待って』「母様、大型魔獣が出たけどどうする?」
「どんなやつだかわかる?」
オルティエが頷くとシキの視界に広がる拡張画面の一つが、小型情報端末で捉えた大型魔獣の姿を映し出す。
「うーん? ダチョウ?」
「だちょ?」
シキの呟きを聞いてエリンが小首を傾げた。
前世の知識で見た目を表現するならダチョウなのだが、当然エリンたちには通じないので改めて特徴を説明する。
「地面を凄い勢いで走る大きい鳥で、首が長くて胴体は羽と細い針みたいなもので覆われている」
「刺棘怪鳥ね。お肉が美味しいのよ」
「じゃなくて、冒険者ギルド向けの参考素材にしょうと思うんだけど」
「胴体に生えている羽は貴族向けの衣装飾りとして、棘は武器に加工できるから需要があるわ」
「それじゃあ足か首あたりを狙えばいいですかね」
「足がいいわ。あの巨体なのに素早くて体当たりも脅威だから、動きを止められるなら助かるけど……本当に私たちはトドメだけでいいの?」
『お任せください。お兄様』
『頼むね、エイヴェ』「はい。トドメをお願いします」
昨日に引き続き護衛をしている〈SG-070 エイヴェ・サリア〉から力強い返事を受けて、シキもベストラに答えた。
『俗称:刺棘怪鳥の進行ルートであり、上空から射線が通る地点へ案内致します』
オルティエの先導でシキたちは少し開けた場所へと移動する。
上空には既に体高より長いライフル〈LR-017 RHODES〉を構えて待機しているエイヴェの姿があった。
もちろんシキにしか見えていない。
エリンたちも武器を構えて待機していると、樹海の奥から地響きのような低い音が聞こえてくる。
音が次第に大きくなると地面を小刻みに揺れ始め、遂に刺棘怪鳥が木々の間から飛び出してきた。
頭の位置が樹海の木々の先端とほぼ同じ位置になある。
刺棘怪鳥の黒くて丸い目がシキたちを見下ろしたが、こちらを気にする様子もなくそのまま突っ込んでくる。
「うお、地上から見るとよりでかい」
「おいっ、でかすぎるぞ!」
「これはさすがにまずい。皆撤退を―――」
クリフィンの撤退指示は轟く雷鳴、ではなくライフル〈LR-017 RHODES〉の銃撃音で掻き消された。
空気と鼓膜を震わせた銃弾は、踏み出していた刺棘怪鳥の右肢の関節部を貫く。
「Queeeeeeeeeeeeeee!」
骨は砕かれ、周囲の筋肉も引き千切られて踏ん張りが利かなくなった刺棘怪鳥が地面に倒れる。
走っていた勢いと自重により、地面を抉りながら数メートル進んだ所で止まった。
この時点でまともに走れないはずなのだが、刺棘怪鳥は驚異的な底力を見せる。
無事な左肢で地面を蹴り、更に前方へ飛び出したのだ。
銃声に驚いて動きを止めていたクリフィンたちが、慌てて左右に飛んで躱す。
刺棘怪鳥が再び地面を蹴ろうとするがそれはエイヴェがさせない。
再び銃声が鳴り響くと、今度は左肢の関節を撃ち抜いた。
「Quaaaaaaaaaaaaaaa!」
両肢を破壊されてはさすがにもう動けないようで、刺棘怪鳥はその場で羽を広げてもがいている。
「母様、お願い」
「まかせて」
〈剣姫〉エリンは暴れる刺棘怪鳥に危なげなく近づくと、長い首を斬りつける。
丸太のように太い首の半ばまでがぱっくりと割れ、損傷した動脈から血が大量に流れ出す。
地面が血で赤く染まるにつれて、刺棘怪鳥の動きはだんだんと鈍くなる。
そして首から血が出尽くす頃には、完全に動きも止まっていた。