59話 (娯楽に)飢えた狩人たち
「パパ! ママ!」
「トリーシア!」
森人族の里に無事に辿り着き、再会を果たしたトリーシアと両親が抱き合っている。
最初こそオルティエの存在を森人族たちに警戒されたものの、トリーシアが自ら助けられたことを説明すると、一気に歓迎ムードへと変わったのだった。
森人族の里は五十人程度の規模で、全員が樹上で暮らしている。
いわゆるツリーハウスで、木々の間には板が渡され道の役割を果たしていた。
「シキ様、並びに皆様方。トリーシアを助けて頂きありがとうございます。里長……いえ、トリーシアの父として感謝します。お礼として何が出来るか分かりませんが、何なりと申しつけてください」
シキたちは里長の家へ招かれ、車座になって座ったところで感謝の言葉を受け取る。
トリーシアの父親が里長だったことには驚いたが、その見た目が若いことにもシキは驚いた。
横にいる母親も同様で、トリーシアの姉と言われても信じただろう。
「トリーシアを助けられたのは良かったんですが、その際にそちらの精霊と戦闘になってしまいまして」
「地精霊ロージャ様のことでしたら大丈夫です。時間はかかりますが力を取り戻すことは可能です。シア、ロージャ様が回復するまでは外出禁止だからな」
「そ、そんな~」
割と反省していないトリーシアが肩を落とす横で、トリーシアの母親は魔素を失い小さくなったロージャを手の平に乗せている。
互いにじっと見つめ合い、暫くして母親がロージャを床に降ろす。
ロージャはトリーシアの元まで走っていくと、肩に飛び乗った。
「シアの求めに応じて顕現すると、ワイバーンより遥かに恐ろしい存在がいたため、戦わざるを得なかったとのことです」
「精霊と会話が出来るんですか?」
「はい。ロージャ様とだけですが。ロージャ様は我々の里の守護者のような存在で、里長の家系で代々契約を引き継いできました」
「なんだかエンフィールド家と似てるわね」
「そうだね母様。ええと、ロージャ様にオルティエは敵ではないと改めて伝えてもらえませんか? 近づくと威嚇されっぱなしで」
シキのお願いを聞いて、トリーシアの母親はくすりと笑った。
「大丈夫です。ロージャ様は敵だと思っていません。ただ少し負けず嫌いなので、負けたことを根に持っていて、それが態度に出ていたみたいです」
思わずシキがロージャを見ると、トリーシアの肩に止まった栗鼠は気まずそうに顔を背けた。
「あのう、ロージャ様が力を取り戻すまでは、責任を取って里を守らせろと言っていたのですが」
「そのことですが……」
ここでシキは改めて状況を説明する。
「魔無しの悪魔は俺の使役する精霊のことで、縄張りの西側にある人族の国への魔獣の侵入防ぐ役割をしています」
「人族の国があることは知っています。たまに里の命知らずが魔無しの悪魔……失礼、オルティエ様の縄張りを抜けて物見遊山に行ったり、樹海で迷った冒険者を里で保護したこともありますから」
「そうでしたか。里を守るという話ですが、これまで通り里の西側の縄張りを維持する以外に望まれることはありますか?」
「今のところはありません。ロージャ様はああおっしゃいましたが、実際にロージャ様の助けが必要になるくらい強い魔獣に里が襲われる状況は、過去百年で一、二度です。一年でロージャ様の魔素は回復しますのでまずないかと」
「それなら万が一助けが必要な時は……」『どうしたらいいかな?』
『上空に信号弾のようなもので合図があれば、散布している小型情報端末で探知可能です』
「空に光の玉を飛ばすような魔術はありますか? 何かあった時にそれで合図してもらえればオルティエが察知することができます」
里長と相談して、緊急時の連絡方法を打ち合わせる。
《光弾》という魔術があるそうなので、実際に打ち上げてもらって探知できるかも確認した。
緊急時に助けが来ることもだが、それ以上に「魔無しの悪魔が危険ではない」という事実が判明して里長は喜んでいた。
「これまではオルティエ様の縄張りに入ることで、襲われる可能性に怯えながらの狩りでしたが、これからはそちらには意識しなくてよくなるのは助かります」
「大型魔獣はオルティエが対処しますが、普通の魔獣は生息していますから気を付けてくださいね」
「パパ! 安全なら私も外に出てもいい?」
「駄目だ。普通の魔獣もいると言っただろう。ロージャ様の力が弱まっている状態では危険だ」
「うー」
打ち合わせの後はささやかであったが、里長が宴を開いてくれた。
狩り事情を意識しているだけあって、意外と肉料理が充実している。
「俺たちはここまで同行しただけで、何もしていないんだがな」
などとバウルがぼやいているが、彼のふさふさな熊毛や熊耳は森人族の子供たちに大人気だ。
小さな子供たちが彼に群がり、体に抱きついたりぶら下がったり、耳を引っ張ったりしている。
エリンとベストラの周りには若い?女性陣が集まり、美容やら恋愛やらの話をしているのが聞こえてきた。
ちょっと意外なのは、クリフィンは男性陣と狩りや武器の話で盛り上がっていたことだ。
勝手にもっと軟派だと思っていたので、シキは心の中でクリフィンに謝罪した。
ちなみにシキの周りには里長しかいない。
何故なら魔無しの悪魔であるオルティエが、ずっと表示状態でシキに張り付いているからだ。
特に子供たちからすれば、悪い子を食べにくる存在として教育されていたので、近寄るだけでも勇気がいるだろう。
「騒がしくて申し訳ない。皆、娯楽に飢えているのですよ」
「他の里との交流はないんですか?」
「殆どありません。北西の広範囲を縄張りにしている魔獣、白銀狼の近くに狼人族の里があるのですが、かれこれ十年は会っていないですね」
「北西ってことは、もしかして」
『はい、マスター。仮称:η002である可能性が高いです』
「狼人族かあ。機会があれば会ってみたいな。白銀狼の近くに住んでるってことは、同じ狼だし信仰してたりするのかな」
「そのようですね」
「それでは森人族も聖樹守りを信仰しているんですか?」
「我々は違いますね。長年大型魔獣の盾にしているので感謝はしていますが、我々が縄張りに侵入しても攻撃されますので」
「人族との交流が嫌でなければ、オルティエの縄張りの内側、エンフィールド男爵領に移住することも検討してみますか?」
「それはとてもありがたい提案です。皆としっかり話し合いますので、時間を頂いてもかまいませんか?」
「もちろん」
シキと里長が真面目な話をしていると、バウルに群がっていた女の子が一人、恐る恐るといった足取りでシキに近づいてきた。
いや、視線はシキではなくオルティエに釘付けだ。
暫く里長の背中に隠れてもじもじしていたが、意を決して話しかけてくる。
「お姉ちゃんの服、かわいいね」
『かわいいねだってさ』『あら、ありがとう』
オルティエはこの世界の言葉も話せるが、シキが通訳する体で対応する。
「ありがとうって言ってるよ」
「触ってもいい?……わあ、ふわふわさらさら」
頷いたオルティエに女の子が抱きつき、気持ち良さそうに頬ずりする。
それはオルティエにとって、エンフィールド男爵家以外の人との初めての交流だった。
(そんな穏やかな表情もできたんだなあ)
女の子の頭を撫でているオルティエを見て、シキはそう感じていた。