58話 亜人という不思議種族
332年の間に、スプリガンによって樹海はある程度調査されている。
ある程度とは防衛ラインから十数キロ範囲で、トリーシアが住んでいる森人族の里や、聖樹守りと呼ばれる鳥型の大型魔獣の縄張りも含まれていた。
『呼称:聖樹守りは自身のテリトリーからは一切外に出ない大型魔獣です。もしテリトリーから外に出て、我々スプリガンに討伐されていれば、トリーシアの里は既になかったかもしれません』
『他にもそういう魔獣っているの?』
『僅かながら存在します。防衛ラインの南東側に仮称:β556が、北西側にη002を確認しています』
スプリガンたちは魔獣を仮称で認識し、情報が入り次第アップデートしている。
人々になんて呼ばれているか確認する方法がないので、当然と言えば当然であった。
『聖樹守りって大層な名前だよね。大きな木を縄張りにしているみたいだけど、何か特別な木なのかな』
『対象の大木からは高エネルギー反応を検知していますが詳細は不明です。トリーシアに直接聞いてみては?』
『まあそうなんだけどさ……』
オルティエに提案されてシキはトリーシアの方を見た。
彼女はシキとオルティエから離れて、エリンを盾にして隠れながら樹海を歩いている。
時折エリン越しにこちらの様子を伺う姿は怯えた小動物のようだ。
トリーシアを助けた翌日、シキたちは早速森人族の里に向かっていた。
オルティエは味方だと散々説明したのだが、「良い子にしていないと魔無しの悪魔に食べられる」という子供心に植え付けられた恐怖は、そう簡単には払拭されないようだ。
悪魔扱いが不服だったのか、オルティエは可愛らしい衣装で対抗している。
全体的に淡い衣装のドレスで、フリルの他に花柄や花びらが随所に散りばめられていた。
白とピンクのボーダー柄のニーソックスを履き、頭には兎耳の生えた小振りのシルクハットがくっついている。
これは春のイースターガチャで手に入る衣装だ。
上空で護衛として待機している〈SG-070 エイヴェ・サリア〉がしきりに『可愛い。私も着たい』と言っているので、彼女の次のお願いが決定したかもしれない。
確かにそれまでオルティエが纏っていた、ハロウィンガチャの白黒のゴスロリドレス(+地雷系メイク)よりは可愛らしかった。
しかしトリーシアが怖がっているのはオルティエの魔素を一切帯びないその体なので、いくら見た目を可愛らしくしても無意味だ。
その結果、不貞腐れて背後からシキの首元に抱きつくオルティエという構図が出来上がる。
シキが小柄なこともあり空中に寝そべるように纏わりつくオルティエを、他の面子は何とも言えない目で見ていた。
「エリン、君の息子が使役する精霊はその……随分と個性的なんだね」
冒険者枠で視察団に参加しているクリフィン・アイストフがエリンに話しかける。
「可愛らしい精霊様でしょう? でも見た目に騙されないようにね。332年もの間、樹海の奥から来る大型魔獣を撃退し続けてるんだから」
「魔素を全く感じないというのも不思議だな。実力が全く測れん。ううむ」
クリフィンの横で唸っているのは、斧を担いだ熊のように毛むくじゃらな大男。
名前をバウルという。
熊のように、というのは半分正解で半分不正解だ。
バウルは熊人族という種族で、熊のような強靭な肉体と怪力が特徴である。
獣人系の亜人の外見は個人差が激しく、二足歩行の動物のような姿の者から、人の体に獣耳がついているだけの者までと幅が広い。
バウルは体つきは人間だが、全身が熊の毛に覆われていて頭には可愛い熊耳がついている。
「魔素がないわけがないから、何らかの手段で隠蔽されているってことよね? その謎が解けたらお金になりそう」
細い顎に手を当ててそう言っているのは、背中から漆黒の翼を生やしている妙齢の女性。
彼女は翼人族のベストラ。
燃えるような赤い髪に魔術師用の紺のローブ姿だが、背中に翼があるのでローブの背中はぱっくりと開いていて、翼の隙間から艶めかしい背中が見えていた。
二人はクリフィンと同じパーティーの冒険者だ。
本当はもう二人いるのだが一人が昨日の樹海探索で負傷し、もう一人が介抱しているためこの場にはいない。
レドーク王国のような人族主導の国だと亜人は住みにくいが、冒険者となると少し事情が変わっていた。
亜人には人族にない身体的特徴を持ち、それが冒険者として有利に働くことがある。
バウルなら怪力を生かした斧による一撃。
ベストラなら翼を使い空を飛び、上空からの魔術による一方的な攻撃がそうだ。
これに加護の力が加われば尚更ということもあり、人族の国で冒険者を志す亜人は多い。
今回冒険者たちに同行を依頼したのは、向かう先が同じ亜人である森人族の里なので、相手の警戒心が薄れるのではという思惑があった。
「ねえトリーシア」
シキが話しかけると、トリーシアはエリンの体を使って完全に隠れてしまった。
「珍しいわね。シキが女の子に嫌われるなんて」
「なんか二重の意味で皮肉を言われている気がする。嫌われてるのは俺じゃない……はず」
『私としてはとても不本意ですが、トリーシアには慣れてもらうしかありません』
だから非表示にはならないという強い意志をオルティエから感じるので、トリーシアが慣れてくれるまでは会話を諦めるしかないようだ。
代わりというわけでもないが、シキは気になったことをバウルに質問する。
「ねえバウルさん」
「なんだい? 次期領主殿」
「その熊の耳と人の耳、音はどっちから聞こえるの?」
バウルには頭頂部の熊耳と顔側面にある人の耳、全部で四つの耳が付いている。
前世の創作上の獣人の人の耳は都合良く髪の毛で隠れていたが、バウルは短髪なのではっきり見えていた。
だから初対面の時から気になっていたのだ。
「両方とも聞こえるぞ」
「おお、すごい。より立体的に音が拾えそうですね」
「ところがなあ、人耳より熊耳のほうが良く聞こえるから、人耳は役に立たないんだ」
「ええ……」
それならなんのために人耳が付いているのだろう。
興味が増すシキであった。