57話 末っ子属性エルフと魔無しの悪魔
森人族の女性は唐突に目覚めた。
ぱちりと目を開けると、寝ていたベッドから勢いよく体を起こす。
「お腹すいた」
開口一番、空腹を訴えてくる。
出会った時にオルティエを見て怯えられたので、もっと取り乱すかと思われた。
だがその心配はなさそうだとシキは安堵する。
「何か用意しましょう。食べられないものはありますか? 例えば肉とか―――」
「お肉食べたい」
相手は樹海で自給自足で暮らしている森人族なので一応聞いてみたのだが、すごい勢いで返事があった。
口の端からは涎が少し垂れている。
見た目は人族基準で二十歳くらいの森人族の女性なのだが、言動が妙に幼かった。
森人族は長命な種族なので、見た目と精神年齢が人族のそれとは違うのかもしれない。
「それでは私が用意して参ります」
「すみません。ありがとうございます」
ジーナの侍女が一礼して天幕を出ていく。
ジーナ本人は肩に栗鼠を乗せてから微動だにせず一言も発していない。
いや、「ふぁ」とは言ったか。
「あれー、ロージャが私以外の人に懐くのって珍しいね。って、ロージャの魔素がごっそりなくなってるううううううう!」
「ちょ、あぶない!」
ベッドから身を乗り出して落ちそうになる森人族を、シキが慌てて受け止めた。
侍女の帰りを待ちながらお互いに自己紹介をする。
森人族の彼女の名前はトリーシア。
樹海にある森人族の里で暮らしている御年七十歳の女の子だ。
見た目は大人だが森人族の基準だと成人は百五十歳くらいとのことなので、やっぱりまだまだ子供だった。
魔無しの悪魔と聖樹守りの縄張りに挟まれた位置に里があるため、樹海の中でも比較的安全な場所らしい。
里の西側はその魔無しの悪魔と呼ばれる存在の縄張りで、踏み入ると魔素を一切帯びていない何かに殺されると森人族たちは恐れていた。
魔無しの悪魔というのはトリーシアがオルティエを見て叫んだ通り、スプリガンのことを示しているようだ。
樹海の住民からすればスプリガンの防衛ラインも、魔獣の縄張りと変わりないのであった。
トリーシアは小さい頃から「良い子にしていないと魔無しの悪魔に食べられるよ」と躾けられていた。
なので魔素を帯びないオルティエを見て魔無しの悪魔だと思い、恐慌状態に陥ってしまったのである。
「その聖樹守りっていうのは?」
「里の東に大きな木があって、そこに大きな鳥さんが住んでるの。鳥さんがいるおかげで里に魔獣がこないの」
『仮称:α022は314年前より該当区域に生息している大型魔獣です。全長は羽を広げた状態で三十メートルを超えます。呼称:聖樹守りへ更新します』
シキの横に控えているオルティエがすかさず解説する。
「でかい。それでトリーシアはどうしてワイバーンに襲われていたの?」
「パパの狩りにこっそり付いていったんだけど見失っちゃった。そしたらワイバーンが飛んできたの。ロージャは力を使うと何年も小さくなっちゃうから、頑張って逃げてたんだけど……ああっ、どうしよう。ロージャの魔素、空っぽになってるからパパに怒られる!」
「それなら早く里に帰らないと、皆心配してるんじゃないかな」
「どうしてロージャの魔素がなくなったのかしら」
ロージャがトリーシアの元へ戻っていったところで、ようやくジーナが喋った。
精霊を乗せて緊張していたのか、しきりに肩をさすっている。
「うーんわからない。魔素がないからかロージャの声も聞こえないし」
「それなんだけど、落ち着いて聞いてね。トリーシアの言う魔無しの悪魔は俺の精霊なんだ」
魔無しの悪魔と聞いてトリーシアの動きが止まる。
樹海でオルティエを見たことを思い出したのか、顔色がどんどん青ざめていく。
「悪魔コワイ、タベラレル」
「というトリーシアの気持ちが伝わったのか、ロージャがこっちを攻撃してきたんだ。それで申し訳ないけど撃退させてもらったんだ。ごめん」
「ロージャに勝っちゃったの!? すごいね! お兄ちゃん」
「お兄ちゃん……」
見た目は大人のトリーシアからそう呼ばれると、何ともむずかゆく感じるシキである。
「ロージャの魔素はどのくらいで回復するんだ?」
「元通りになるには一年かかるかな」
「そんなに……トリーシアの里の人たちは、皆ロージャみたいな強い精霊と契約しているのか?」
「ううん。私だけだよ。だから勝手に外に出て、里の守護者でもあるロージャを消耗させちゃったから怒られちゃう」
「そのロージャを退ける魔無しの悪魔の協力を得たのだし、そのことを手土産に帰ればいいんじゃない? 亜人も保護対象でいいのよね? エンフィールド男爵家次期当主さん」
「うん、そうだね」
「そっか! それなら怒られないかも。教えてくれてありがとうお姉ちゃん!」
「おっ」
「お?」