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56話 意外と乙女

 ジーナ・サンルスカは勘の鋭い女である。

 シキへの《誘惑》の魔術が抵抗(レジスト)された瞬間から、ジーナは警戒レベルを最大限まで上げて、表の顔であるサンルスカ侯爵家令嬢になりきっていた。


 ジーナの《誘惑》は特別製だ。

 特殊な魔術構成を編み、最小限の魔力で最小限の暗示を相手に植え付ける。

 何故どちらも最小限なのかといえば魔術の痕跡と対象の反応の両方で、周囲に魔術を使ったと悟られないようにするためだ。


 本来の《誘惑》は対象を疑似的に惚れさせ言いなりにする魔術で、かかった瞬間から意志が薄弱になり、精神攻撃されていることが周囲から見て明白であった。

 拉致前提ならそれでも構わないかもしれないが、それが不可能な相手に使う場合、ジーナの《誘惑》は重宝する。


 接触でのみしか発動せず、一度の効果も暗示程度。

 無駄に濃い香水もわざとで、意識をそちらに向けさせ油断させるため。


 何度も接触して時間をかけて、気になる存在から淡い恋心へと、まるで本物の恋愛のように相手の心を誘導して掌握する。

 ところがシキには初手で抵抗された。

 間抜けな第二王子とは大違いだ。


 しかもシキが肩を僅かに揺らしたのは、何かしらの魔術を使われたことに気が付いたからで、色仕掛けに反応したからではないとジーナの直観が訴えていた。

 恥ずかしがりすらしないのはおかしい、あれは女に慣れ過ぎている。


 ジーナは視察団での暗殺者ギルドとしての活動の一切を辞めた。

 子供とはいえ得体のしれない存在がいる状況で、第一王女暗殺に動くのはリスクが高すぎる。


 一族の非願のために好きでもない男に抱かれ続けているというのに、こんなところで失敗するわけにはいかない。

 慎重に行動する必要がある。

 裏の活動が出来ない以上、表の活動で相手の情報を得るしかなかった。


 一回目の樹海探索からシキたちが帰ってきた。

 シキの精霊はトレントの群れを討伐し、その後出現したワイバーン三体は皆で手分けして撃退したそうだ。

 そしてワイバーンに襲われていたという樹海の住民の森人族(エルフ)を保護して連れ帰ってきていた。


  ジーナが所属する第二王子派からはリーゼロッテがパーティーに加わっているので、シキの戦闘能力の詳細は後ほど聞けるだろう。

 樹海まで付いて行って自分の目で確認したいが、表の姿である侯爵令嬢でそれはできない。


 裏の姿である暗殺者としてならアルノーン伯爵ともやりあえると自負しているが、当然正体を明かせないので、樹海での情報収集は部下に任せるしかない。

 視察団の野営地で確認できることは自分でするために、ジーナはシキのいる天幕を訪れた。


「入ってもいいかしら?」


「はい、どうぞ」


 名乗りもしなかったのに、まるで誰が来たか分かっているかのように天幕の向こうからシキの声が聞こえてきた。

 単に誰が来ても拒むつもりがないだけかもしれないが。


「失礼するわね」


 そこは救護用の天幕で、簡易ベッドの上には例の森人族が寝かされていた。

 未だに意識は戻っていないようで、昏々と眠り続けている。

 シキはベッドから少し離れた場所の椅子に座っていて、森人族の少女を遠巻きに見守っていた。


「あら、あなた一人なの?」


「私たちとは別口で樹海に入った冒険者たちに負傷者が出たそうで、救護班の人たちはそちらの応援に行っています」


「ふぅん」


 養子とはいえ男爵家の長子が護衛もつけず、一人でいるなんてありえないことだ。

 貴族として意識が足りないのか、一人でも問題ないという自信があるのか。

 ジーナは後者だと想定して、連れ従えている侍女に何もするなと目配せする。


「魔力が枯渇して昏倒しているだけらしいので、じきに目覚めるそうです」


「この子は貴方たちが助けたのよね。何があったの?」


「ええとですね」


 シキの説明によると、森人族がワイバーンに襲われ逃げているところに遭遇したそうだ。

 そして森人族はワイバーンを追い払おうと全力で精霊魔術を使い、魔力が枯渇して昏倒してしまったという。


 この説明が事実かどうかは微妙なところだとジーナは感じた。

 他の樹海探索から戻ったリーゼロッテたちもどこか様子がおかしい。

 シキではなく彼女たちに探りを入れるのも選択肢であるが、ジーナはどうしても選ぶ気になれなかった。


「何故そんなに離れた場所に座っているの? もっと近くに寄ればいいじゃない」


「それは……」


 言い淀むシキを疑問に思いながらも眠っている森人族へと近づく。

 森人族の顔色は良くないが、胸元は規則正しく上下していた。


 森の妖精と謳われるだけあって、森人族の美貌には目を見張るものがある。

 若く美しい姿のまま人族よりも遥かに長い時を生きるのだから、世の乙女が羨ましくない筈がない。


 ジーナが嫉妬心を抱いていると、不意に森人族の胸元が不自然に盛り上がる。

 そこから出てきたのは可愛らしい小動物だった。


「あら……栗鼠(リス)?」


 手の平に乗りそうな小さい栗鼠が、せわしなく周囲をきょろきょろと見回していた。


「か」

「か?」


 思わず可愛いと言いそうになり、ジーナは口元を手で押さえる。

 栗鼠はジーナの背後にいるシキを発見すると、猫のようにシャーと威嚇していた。


「その栗鼠は森人族の契約精霊っぽいんですが、ご覧の通り嫌われていまして」


「それで離れて座っていたのね」


(まあ私も嫌われると思うのだけれど)


 その原因は動物が嫌う匂いの濃い香水である。

 悲願のためには万全を尽くさなければならない。

 だから仕方がない、可愛らしい栗鼠に嫌われても仕方がないのだが……。


 栗鼠は鼻をすんすんと慣らすと、つぶらな瞳でジーナを見上げる。

 そしてするするとジーナの腕を登り、肩に止まって小首を傾げた。


「ふぁっ」

「ふぁ?」

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