55話 精霊狩り
見えていないリーゼロッテは思わず叫んだが、シキは見えていたので落ち着ている。
小賢しい栗鼠は光る三角錐ことスプリガン〈SG-067 エキュース・キャバル〉を狙うと見せかけて、オルティエに吐息を放ってきた。
エキュースはシキより期限付きで譲渡された一部権限を利用したオルティエにより、武装のレーザーランスのNEエフェクト及び、機体のブースターエフェクトが〈表示設定:オン〉にされている。
これによりシキ以外には謎の発光物体が飛び回っているように見えていた。
オルティエが光る物体を操作しているかのように思わせる演出である。
そしてエキュースが攻撃している間の守備は、新たに招集したスプリガン〈SG-062 ルミナ・ヴィオス〉に任せてあった。
栗鼠のビームのような吐息は、オルティエに到達する前にプラズマシールドによって阻まれる。
ルミナは〈表示設定:オフ〉で完全隠蔽されているため、さすがの栗鼠も驚いた表情を浮かべていた。
相変わらず仕草だけは可愛い栗鼠だ。
〈SG-062 ルミナ・ヴィオス〉は防御に重点を置いた重量二脚型のスプリガンで、腕部武装はプラズマシールドとハンドミサイル、肩部武装は設置型のレーザータレットとバレットタレットを積んでいる。
自らの防御を固めて半自動型の武器で迎撃するという、拠点防衛に適した機体であった。
といっても今回は武器の出番はないのだが。
『エッちゃん、守備は任せて!』
『ありがとうルーちゃん! よーし、いっくよぉ』
エキュースとルミナは仲良しだ。
また二人とも見た目も喋り方も学生っぽいので、やりとりだけを聞いていると部活動みたいなんだよなあと、シキは少し懐かしくなる。
ルミナとは対照的にエキュースは機動力重視の機体だ。
馬に似た中量四脚の脚一本一本には追加ブースターが内蔵。
更に肩部にも追加ブースターを装備しているので、その速さはスプリガン内でも一、二を争う。
序盤はオルティエの周りを旋回し、円を描くようにしてレーザーランスでの突撃を繰り返していたエキュースだが、次第に直線的な動きに切り替えていく。
何度目かの突撃を右に飛んで躱した栗鼠だったが、エキュースは右半身のブースターの出力だけを瞬間的に増幅させ、機体の向きを左に九十度回転させる。
そして改めて全てのブースターを吹かして再突撃した。
直角の残光を描き迫るエキュースから逃げ切れず、レーザーランスが栗鼠の腹に突き刺さる。
「Quaaaaaaaaa!」
そのまま貫くかと思われたが、栗鼠は吠えると両前足でレーザーランスを掴んだ。
前足をENで焼かれながらも、強引に抑え込んで潰そうとしている。
しかしそれは無駄な努力だ。
エキュースの物理判定はレーザーランスのみオンにしているので、どれだけ攻撃されてもエキュース本体にダメージはなかった。
『ただの設定で無敵になっちゃうのはずるいよなあ』
『はい。ですから我々スプリガンに敗北はありえません。マスターの勝利を約束致します』
そうとも知らずに腹を抉られ、前足を犠牲にしてでも敵を倒そうとしている栗鼠に、シキは少しだけ同情してしまう。
『いっけええええええええええ!』
エキュースがレーザーランスの内蔵ブースターをフルスロットルにする。
青白い三角錐の輝きが倍増し、一瞬で栗鼠の両前足を溶かした。
拘束から解放されたレーザーランスを最大推力で押し込むと、遂に栗鼠の背中から先端が飛び出す。
腹にできた穴から光の粒子となって大量の魔素が漏出すると、その巨体が維持できなくなり崩壊していく。
「Quuuuuuuu―――」
どこか物悲し気な鳴き声を残して、栗鼠は霧散して消えた。
残っているのは巨体が大暴れしたことによる森林破壊の跡だけだ。
「本当に倒してしまいましたわ」
緊張から解放されてリーゼロッテが力なく地面に座り込む。
風精霊シルファも彼女の肩の上でぐったりとしていた。
「ええっと、皆さん」
なんて言い訳をしようか。
上位精霊も倒せる力を見せてしまったので怖がられてしまうだろうか。
恐る恐る皆の元へ近づいたシキを、厳しい表情のウルティアが出迎えた。
「アルネイズ。シキの身長だと森人族を引きずりそうだから代わってあげて」
「……畏まりました」
ウルティアと同様に眉間に皺を寄せていたアルネイズが、シキが抱きかかえ続けている気を失ったままの森人族を受け取る。
それを見計らって、シキの胸元が空くと同時にウルティアが飛び込んできた。
「ちょ、ウル姉」
「シキすごい! すごいよ! 上位精霊を倒しちゃった。やっぱりシキは私の救世主だ」
さっきまでのしかめっ面が嘘のように、ウルティアが満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
ウルティアは二度もシキとのスキンシップをアルネイズに阻止されていた。
なのでアルネイズに森人族を預け、動きを封じる作戦に出たのであった。
しかめっ面になっていたのはアルネイズに悟られないよう、感情の爆発を堪えていたからである。
「おおお、生きてる。生きてるって素晴らしい。家族に会える……ありがとうシキ様!」
「私からも礼を言おう。上位精霊に遭遇して生き残れるとは。武勇伝として子孫へ語り継がなければな。まあ私は何もしていないし、子孫を残すための伴侶もまだいないがな。はっはっは」
リックスとスティーブから感謝され戸惑っていると、座り込んだままのリーゼロッテも笑っていた。
「経緯はどうであれ、命の恩人なんだから感謝するのは当たり前ですわ。ありがとう、シキさん」
「リーゼロッテ様……礼ならオルティエに言ってください。上位精霊を倒したのも彼女の力ですから」
「使役しているのがシキさんなんだから、貴方も誇って良いと思うのだけれど」
そう言ったリーゼロッテとシキは空を見上げる。
上空からこちらの様子を見ていたオルティエは薄く微笑み、恭しく一礼してから非表示設定にして姿を消した。
ちなみにその近くではエキュースとルミナも勝利を喜びハイタッチしていた。
相変わらずシキにしか見えていないが、換装式汎用人型機動兵器の動きとしてはなかなかにシュールである。
「それで森人族はどうしますの?」
「目覚める様子もありませんから、とりあえず連れていきます。帰りましょう、エンフィールド男爵領に」
いつもお読みいただきありがとうございます。
人物紹介を挟んで、次話から2章となります。
更新頻度は落ちるかもしれませんが……頑張ります。