53話 まいと・おぶ・おーく
『アルネイズさん凄いね。ワイバーンの体当たりって車に撥ねられるくらいの威力はありそうだけど、ノーダメージかあ』
小型情報端末のカメラで様子を見守っていたシキは感心する。
『伊達に地神教の巫女の守護者という地位にいるわけではないようですね。ですがマスターへの態度は許されません』
『まあまあ。リーゼロッテさんたちも大丈夫そうだ』
リーゼロッテたちはワイバーンの吐息を風の障壁で防御し、地上に誘い出してからスティーブが剣で攻撃を加えている。
視察団に選ばれるだけあって、戦闘能力は申し分なかった。
『当たり前かもしれないけれど、冒険者ギルドに所属していない人にも強者は沢山いるんだね。第一位階冒険者パーティーが二組程度の戦力で国防を担っているというのは、改めて考えてみると過少報告だったかも?』
『そこは難しいところです。それ以上の戦力は危険視されかねません』
『そっかあ……。まあ僕らも役目を果たすか。まずは森人族に声をかけよう』
オルティエに抱きかかえられたまま空を飛んでいたシキは、高度を下げてもらい必死に走り続けている森人族に近づく。
「そこの人! 俺の言葉はわかりますか? ワイバーンはこちらで相手をしますから、そのまま逃げてください」
「!? きゃぁっ」
背後を気にしつつ全力疾走しているところへ、斜め前方という予想外の場所から人の声がしたからだろう。
森人族の女性が驚いて悲鳴を上げると、足元が疎かになり木の根に引っ掛かり転倒しそうになる。
「あぶない!」
反射的にシキはオルティエの腕の中から飛び出した。
森人族が地面にぶつかる直前で腕を掴んで上に引っ張り、仰向けの姿勢にさせてから抱きかかえる。
今度はシキがお姫様抱っこをする番だった。
パワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉を着込んでいるため、シキの動きは俊敏で力強い。
しかし相手が大人の背丈なこともあり、手足が地面に付きそうになっている。
「大丈夫ですか? 改めて聞きますが俺の言葉はわかりますか?」
「えっ? うん。わかるよ……きゃぁ! ま、魔無しの悪魔!」
小柄なシキに抱き留められ目を白黒させていた森人族だが、ゆっくり降りてきたオルティエを見て再び悲鳴を上げる。
『マスター。いつまでその人を抱きかかえているのですか? 早く降ろしてください』
シキが振り返ると、凄みのある微笑を浮かべたオルティエがいた。
確かに悪魔のような笑顔だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「わかってるよ。わかってるから、あの、森人族さん。一旦落ち着いて。ワイバーンも来てるから……」
「いやぁぁぁぁっ。助けて! 悪魔に食べられちゃう!」
森人族は半狂乱状態になってシキを強く抱きしめた。
それを見てオルティエの笑みが深まるが、異変に気が付いて警告する。
『マスター。森人族から高エネルギー反応を検知しました。早く離れてください』
「えっ、なにそれ」
「助けて! ロージャ!!」
森人族が叫ぶと同時に、胸元から何かがひょっこりと顔を出す。
それは小さくて可愛らしい栗鼠だった。
栗鼠は森人族の胸元から飛び出し地面に着地すると、せわしなく周囲を観察している。
そしてオルティエを視界に捉えると、猫のようにシャーと威嚇して……なんと、体がどんどん大きくなる。
シキやオルティエの背丈をあっという間に追い抜き、猪突牙獣のような大型魔獣よりも膨らみ、ついには樹海の木々から頭が飛び出してしまう。
上空の小型情報端末が捉えた映像は、特撮に出てくる巨大怪獣出現のワンシーンのようであった。
森人族を狙っていたワイバーンも突然現れた巨大栗鼠に戸惑い、上空を旋回するように飛んで様子を伺っている。
『えーっと、展開的にこの怪獣のような栗鼠が味方なわけないよね?』
『マスター。私から離れて逃げてください。そしてエキュースと合流―――』
オルティエが言い終わる前に、栗鼠が前足を振り下ろした。
シキはナノマシンの脳内分泌が作用し、ゆっくりと流れる時間の中で上から迫りくる巨大肉球……の上に、自身の身長より長い爪を発見したので慌てて逃げる。
森人族は栗鼠の巨大化と同時に気を失ってしまったので抱えたまま走る。
シキの背後で栗鼠の前足が木々を薙ぎ払った。
小枝のように切り飛ばされた大木が何本も飛んできたので必死に躱す。
栗鼠に助けを求めた? 森人族をシキが抱えているというのにお構いなしだ。
オルティエは栗鼠の前足から逃れると、シキから遠ざかるように高度を上げていく。
あくまで狙いはオルティエのようで、栗鼠のつぶらな瞳が空飛ぶゴスロリ美女を追いかけている。
「ちょっと! どうして上位精霊がいるんですの!まさかあれもシキさんの精霊なの?」
「いえ、突然現れた上に完全に敵対しています。というかあれって精霊なんですか」
リーゼロッテの元まで逃げ延びると、彼女は青白い顔でシキに詰め寄ってくる。
他のワイバーンたちも巨大栗鼠の出現に驚いていて戦闘が中断していた。
「私も初めて見ますわ。なんて恐ろしい魔素の量なの。あれと比べたらワイバーンなんて……。それと敵対しているですって? 終わりですわ」
リーゼロッテの肩に止まっている風精霊シルファも、巨大栗鼠を見てガタガタと震えていた。
全体的に半透明な緑色なので顔色は変わっていないが、もし血が通っていれば青くなっていただろう。
「こんなことなら選り好みせず結婚しておけばよかったな」
「は、はやく逃げましょうよ! 妻子を残して死にたくないっ!」
スティーブは達観し、リックスは取り乱し、
「ウルティア様。私が囮になりますのでお逃げください。あれは私でも五分抑えられるかどうか……」
いつも余裕たっぷりだったアルネイズまでもが諦めている。
ただウルティアだけはシキをじっと見つめていた。
「シキ、どうするの?」
「……ちょっと待ってくれ」『オルティエ、大丈夫?』
『はい、問題ありません。マスター』
今は緊急事態だと判断して、その場でオルティエと連絡を取る。
栗鼠は執拗にオルティエを狙っていて、飛び跳ねるように前足を振り回していた。
大きさを無視すればじゃれているように見えなくもない。
『その栗鼠は上位精霊という存在で、皆が絶望するくらい強い存在らしい』
『確かに我々スプリガンもこれまでに遭遇したデータはありません。仮称:Φ009、俗称:上位精霊として登録します』
『逃げ回りながら喋ってるくらいだから、余裕はあるみたいだね』
『当然ですマスター』
『ちなみに呼称はロージャっぽい』
『登録しました』
『さて、これからどうするかだけど、その栗鼠から皆と一緒に逃げきれそう?』
『申し訳ありません。難しいかと。ですので対象の殲滅を提案します』
『倒すことができるの?』
『可能です。マスターの命令さえ頂ければ』
『戦力を隠したいなんて言ってる場合じゃないか……わかった。その栗鼠を倒してくれ』
『命令を受諾しました、マスター。一部権限の期限付き譲渡を要請します』
回避に専念していたオルティエが動きを止める。
その隙を逃がすまいと栗鼠が前足を振るうが、不可視の何かに阻まれ弾かれた。
前足が持ち上がり万歳しているような姿勢の栗鼠の目の前に、突如青白い三角錐の大きな光が現れて迸る。
それは内蔵ブースターにより推力を得て、EN刺突となって栗鼠の前足を穿ち引き裂いた。
スプリガン〈SG-067 エキュース・キャバル〉の武装であるレーザーランス 〈UM-74TGK〉による攻撃であった。