51話 竜馬におまかせ
『予定通りワイバーンを追い立ててくれたみたいだね。ありがとうリューナ』
時は僅かに遡る。
スティーブとアルネイズが喧嘩をしている間に、シキは少し離れた場所から小声でボイスチャットを送ると、あまり抑揚のない女性の音声が帰ってきた。
『ミロード、申し訳ありません。二点ほど問題が発生しています』
『えっ、二つも?』
シキの視界に広がる拡張画面には、飛行している〈SG-065 リューナ・ヘルカイト〉の視点が映っている。
画面の下半分には樹海の木々が広がっていて、その先には遠ざかるワイバーンの後姿が見えた。
問題はリューナの目の前にいる存在だ。
漆黒の鱗に大きな翼。
大きな顎には鋭い牙がずらりと並び、赤い瞳が換装式汎用人型機動兵器のリューナを睨みつけている。
ワイバーンよりも希少で強大な存在、ドラゴンであった。
『ドラゴン! もしかして山崩しより希少?』
『マスター。仮称:Γ071改め、俗称:ドラゴンとは三度目の遭遇となります』
『おお、百年に一度のレベル』
『どうやらワイバーンを横取りするつもりのようです。これはミロードへ献上する大切な獲物。排除してもよろしいでしょうか?』
『ちょっと待って。ドラゴンって多分、鱗やら爪やらが貴重な素材になるよね?』
『おそらくは。レドーク王城の宝物庫に厳重に保管された竜の鱗を三枚確認していますので、国宝級の可能性があります』
『宝物庫にまで侵入してたんだ……。それならさ、無理にとは言わないんだけどなんとか捕獲して―――』
『畏まりました。目標を排除から捕獲へと変更します』
『無理はしないでね?』
『問題ありません。ミロードが討伐されるまで拘束しておけばよろしいでしょうか?』
『うん、お願いするよ。それでもう一つの問題は?』
『ワイバーンの前方をご覧ください』
オルティエが小型情報端末で取得した映像を拡大すると、今度は地面スレスレの視点から樹海が映し出されていた。
小型情報端末は前方を走る人物を追走している。
袖のないシャツに胸元だけを覆った革鎧、ショートパンツと身軽そうな出で立ちをしていた。
背中に弓を背負い、淡い緑の髪を振り乱しながら必死に木々の間を縫うようにして走っている。
時折振り返り上空を見上げワイバーンが迫っていることを確認すると、美しい顔を恐怖で歪ませていていた。
ワイバーンの咆哮が響き渡ると、その特徴的な長い耳がぴくりと震える。
『おお……森人族だ。初めて見た。樹海の住民か』
樹海の浅層には少数だが住民が存在した。
彼らは魔獣の縄張りを避けて集落を作り、細々と暮らしている。
レドーク王国との交流はなく、種族は森人族や獣人族といった亜人で構成されている。
残念ながらレドーク王国のような人族主導の国だと亜人差別が根強く、亜人の国民がいないわけではないが住みよい環境とも言えなかった。
なので亜人は亜人で集まって国を作っていることが多い。
住民たちはレドーク王国ができる以前から樹海で暮らしていた。
浅層とはいえ樹海は広いので、エンフィールド男爵領とも一切接点がない。
『樹海の中だけで生活している超自然派の森人族か。小枝を折ったら骨を折られそう……いや、逃げるのに必死で当人が枝折りまくりだから大丈夫か。なんでワイバーンに襲われてるんだ?』
『リューナが追い立てたワイバーンの軌道上に偶然いたようで、自分が襲われていると勘違いしたようです。当初は勘違いだったのですが、リューナが俗称:ドラゴンとの接敵によりワイバーンが自由になり、森人族を見たので本当に襲い始めました』
『ワイバーンは知能が低いからなあ。自分たちが追われていたことも忘れて、目の前に現れたエサを追いかけ始めたってことか』
ここでワイバーンがリーゼロッテの索敵に引っかかり、スティーブが「ワイバーンか!」と叫んだ。
『ドラゴンはリューナに任せた。リーゼロッテたちに見つからないように頼む。ワイバーンと森人族は……』
「ワイバーンはまだこちらに気付いておりませんわ。このままやり過ごします?」
「それなんですが、森人族がワイバーンに襲われています。前の方を見てみてください」
シキに言われてリーゼロッテが上空のシルファを見上げる。
シルファは前かがみの姿勢で両手を額に当てて、森をじっと見つめていたがすぐに何かを発見した。
「本当ですわ! よく見つけましたわね」
「ならば助けないわけにはいかないな。早速お手並み拝見だ。それとも聖女様を抱えて逃げるかね? 〈高潔なる盾〉殿」
「もちろん森人族を助けます。地母神はあまねく創造神の子らをお救いになります。アルノーン卿も含まれていますから、私の後ろに隠れて構いませんよ」
「だから喧嘩しないでくださいまし! ワイバーンは三体います。私とアルノーン伯爵で一体、ウルティア様とアルネイズさんで一体。最後の一体はシキさんに任せても大丈夫かしら?」
「はい、問題ありません。オルティエ」
シキを筆頭に全員が同意して戦闘準備を始めた。
ちなみにリックスは非戦闘員なので元から頭数には入っていない。
オルティエはシキを抱きかかえて空へと舞い上がる。
御前試合の時と同じお姫様抱っこだ。
『マスター、三体とも我々で相手をしなくて良いのですか?』
『みんなやる気みたいだから、負けそうになったら手助けしよう。エキュース、フォロー頼むね』
『先輩! 任せてください』
元気の良い少女の声と共に、一機のスプリガンが空を駆けてやってくる。
それは下半身が四脚の、まるでケンタウロスのようなシルエットのスプリガン〈SG-067 エキュース・キャバル〉であった。
装備しているレーザーランスを垂直に構え、エキュースは騎兵のように一礼した。
エキュースは非表示状態だが、ドラゴンと対峙しているリューナは表示状態だ。
シルファに見られないか心配だったがすぐに解決する。
リューナが機体を変形させた。
手足が折りたたまれるように格納され、代わりに爪の生えた四肢となる。
背部の大型バーニアが持ち上がって翼となり竜面の盾を頭に装着すれば、機械仕掛けの竜の誕生だ。
これにはドラゴンも驚いたようで目を丸くしている。
急に愛嬌のある顔になったな、などとシキが思っているうちにリューナはドラゴンの首筋にパクっと噛みつき、そのまま樹海の奥へと連れ去ってしまった。