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43話 STAY TUNED

 どうやらそれはウルティアが物心つく前からずっと聞こえていたようなのだが、言葉を覚えるまではうるさい雑音でしかなかった。


 それはいつも一方通行で、こちらの事情などお構いなしだ。

 頻度も時間も音の大きさも規則性はなく、スープを飲んでいる時に当然大音量で聞こえて驚いてむせたり、日暮れから明け方まで鳴り続けて眠れないこともあった。


 とにかく急にくるので心臓に悪い。

 幸いにも頻度は多くても月に一度程度、少ないときは半年近く何も聞こえないこともあったので、なんとか我慢できていた。

 これでもし毎日のように聞こえていたら、我慢できなくなりその辺の岩に頭を叩きつけて自害していたところだ。


 聞こえてくる内容は要領を得ないものが大半で、聞いたことのない楽器の音色や歌が聞こえたり、誰かがずっと未知の言葉で何かを喋っていたりする。

 だから逆に理解できる言葉はウルティアの印象に残った。


『シキという名の人物がレドーク王国を救う英雄となる』


 これがウルティアがシキ本人と出会う以前に聞いた、初めて理解できる内容だった。

 当然だがウルティア以外には聞こえない。


 そうと知らずに幼いウルティアは聞こえるという事実を両親に訴え続けた結果……気味悪がられて捨てられた。

 運良く孤児院に拾われなければ死んでいただろう。


 身をもって経験したこともあり、数年後にシキがやってくるまでは誰にも言わなくなっていた。

 本当はシキという人物が現れても言うつもりはなかった。


 また人から気味悪がられるのが怖かったからだ。

 両親の怯えた目が今でも忘れられない。


 なのでシキの自己紹介を聞いた直後、堰を切ったように頭の中で聞こえる声の説明をし始めた自分自身に驚く。

 いや、薄々は理解していた。


 頭の中に聞こえてくる声は嘘じゃない。

 妹ばかりに構っている両親の気を引きたかったわけじゃない、そう訴えたかったのだ。


 そして一通りの説明を終えたところで我に返り、激しく後悔する。

 やってしまった、またあの目で見られてしまう……。


「俺が国を救う? うん、無理かな。だって【吟遊神の加護】しか持ってないし」


 ところがシキからは特に気にした様子もなく、あっけらかんと聞かれた事に対する答えが返ってきた。

 もしかしたら内心は気味悪がられていたのかもしれない。


 それでもウルティアにとっては救いだった。

 これで露骨に拒絶されていれば、今度こそ心が壊れていただろう。


 聞き流すのではなく、内容を理解した上で否定したのも高ポイントだ。

 この時点でウルティアにとってシキは自分を救ってくれた英雄だった。


 シキの反応を真似したわけではないのだろうが、孤児院の他の子供も過剰には反応しなかった。

 そのおかげでウルティアは暫くの間、平穏な日々を過ごす。

 後に孤児院を訪れた地神教の司祭によって、それが【地母神の加護】による神託であると判明して神殿に引き取られた。


 この世界に住まう人々は、世界を創造した神々から生まれた時に加護を授かる。

 加護の内容には個人差や強弱があり、一般的には筋力が増したり夜目が利くようになるといった身体強化系。

 剣や槍、鍛冶や芸術といった特定の分野の才能を開花させる技能系と、自身はもちろん周囲からも理解しやすいものが多い。


 ウルティアのそれは特殊過ぎたのだ。

 加護と自覚もしていなかったし、神秘性のかけらもない軽妙な音や言葉が聞こえてくるだけで、効果らしい効果があるわけでもない。

 神聖魔術が使えるようになったのも、これが加護だと自覚してからだ。


 地神教の神殿に引き取られてからは、聖女として大切に扱われるようになった。

 神託として聞こえてくる言葉で理解できるのは相変わらずごく一部だが、どれも正しくて間違いのないもの……らしい。


 神託の内容は逐一報告することになっている。

 これまでに凶作が起こる地域を予言したり、横領をしていた他神殿の邪悪な司祭を告発したり、ウルティアのように市井で埋もれている才能の持ち主を発見したりという実績を上げていた。


 中には漠然としすぎていて真偽を確認できない神託もある。

 それでも司祭たちは信じて疑わないが……。


「〈東方より脅威現る〉ですか。具体性が無いため、とりあえず各神殿に通知だけしておきましょう」


 執務室にやってきたウルティアの報告を受けて、ボガード司祭は自らの手でつるりとした頭を撫でる。

 その様子をじっと観察しながらウルティアが呟いた。


「東といえば、今話題のエンフィールド男爵家がレドーク王国の東端にある」


「おや、シキ君の事となると耳聡いですね」


「闘技場での〈雷霆〉との戦いはすごく有名。何処に行っても話題になってる。まあシキのことを詳しく調べるのは当然。私も御前試合見たかったのに」


 娯楽として暴力を提供している闘技場に、聖職者が顔を出すのはさすがに体裁が悪かった。

 それでも我慢できず変装して闘技場に行こうとしたウルティアであったが、護衛のアルネイズにあっさり見つかり野望は潰えた。


「こればっかりはしょうがないですねえ。体面を取り繕うのも聖職者として必要ですから」


「で、その東端のエンフィールド男爵領に樹海調査の視察団が向かう予定がある。東端、樹海、シキ、神託通り脅威あるかも。だから私、行く」


「はいはい、落ち着きなさい。確かに神託との共通点は認められるけど、わざわざ地母神の聖女であるウルが行くのもねえ。視察団に地神教としての枠もないし……」


 興奮して徐々に語彙が減っているウルティアをボガードが宥めるが、台詞にはどこか含みがある。


「ぐっ、なら前に言っていた第一王子派の戦闘訓練に参加してもいい」


「本当かい? ついに引き受けてくれる気になってくれて嬉しいよ。それなら視察団の第一王子派の枠にねじ込めるかな」


 政治と宗教は性質が似ている。

 体面こそ取り繕ってはいるが、宗教も政治と同様に金と権力という大きな力を持つからだ。


 王国の各派閥が大陸最大規模の地神教に取り入り、自陣営の勢力を伸ばそうとするのも当然であった。

 戦闘訓練というのもウルティアを呼び出すための口実で、第一王子を含めた貴族たちとの会談がメインになる。


 政治と宗教は似てはいるが非なるものだ。

 ウルティアは地神教の聖女として貴族たちと会談し、適当にあしらい派閥入りを断るという仕事を先延ばしにしていたのであった。


「それでシキに会えるなら、我慢する」


「勘違いしないで欲しいけど、私だってウルとシキ君の中を引き裂こうと思っているわけじゃないんだ。二人が結ばれるなら歓迎だよ。彼を神託で選ばれた勇者として地神教に招き入れたいからね。そう、アルネイズのように」


 名前を呼ばれた当人のアルネイズは、ウルティアとシキが結ばれると聞いて、露骨に顔を顰めていた。

 アルネイズはウルティアの神託で見つけ出された、市井に埋もれていた才能の持ち主。

 そのひとりであった。

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