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42話 ツインテ精霊使い

 宮廷魔術師第七位リーゼロッテ・ミゼットは精霊使いである。

 強力な【風神の加護】を持ち風精霊からこよなく愛され、風通しの良い場所で放つ風魔術は無類の威力を誇った。


 その性質から彼女を効率よく運用するのであれば、荒涼とした場所……すなわち戦場が適している。

 レドーク王国は幸いにも隣国との関係は良好だ。

 しかし隣国はレドーク王国とは反対側に面している国との仲が悪く、前王の時代から戦争が続いていた。


 宮廷魔術師とは国益のために組織された魔術師の集団であり、隣国との良好な関係を維持するために派兵するのも大切な仕事のひとつだ。

 リーゼロッテが若干十五歳で宮廷魔術師になれたのは、ひとえに強力な加護の力のおかげである。


 故にそれしか評価されず、主だった任務が隣国への派兵になるのは仕方のないことだった。

 宮廷魔術師になってからは派兵ばかりで、ほぼ隣国で生活しているようなものだったが、リーゼロッテに不満はない。

 戦場で魔術の腕を磨き、いつかあの憧れの〈雷霆〉に勝って約束通りお嫁さんに……。


「えっ、ランディ様と引き分けた精霊使いが現れたですって!?」


 半年ぶりにレドーク王国へ帰ってきたリーゼロッテの耳に、信じられない情報が入ってきた。

 なんでも王国の東端にあるエンフィールド男爵領の次期当主が優秀な精霊使いで、〈雷霆〉との御前試合に挑み、見事に引き分けたのだという。


 リーゼロッテの知る限り〈雷霆〉は最強の魔術師だった。

 魔力消費を抑えるだけでなく、詠唱速度にも優れた複雑な魔術構成を編み、それを制御する圧倒的実力を持つ。


 そして本人の見た目も良い……。

 ちょっと軽薄な態度も可愛い……。

 いてもたってもいられず、リーゼロッテはランディの研究室へ突撃した。


「ランディ様! どこの馬の骨とも知れない精霊使いと引き分けたというのは本当ですの!?」


 ノックもなく研究室の扉を開けた緑髪を二つ結いにした少女を、机に向かい羊皮紙に筆を走らせていたランディが動じることなく出迎えた。


「来たか。リーゼロッテ。君に頼みがある」


「承りましたわ!」


「まあ待て。話を聞いてから頼みを引き受けるかどうか判断してくれ。その精霊使いを君に調べてもらいたいんだ」


 ランディがシキという精霊使いと闘技場で戦った時のことを説明する。


・先手で放った簡略詠唱の《(ライトニング)(ストライク)》や《風嵐(ワールウィンド)》が円形の不可視の障壁で阻まれたこと

・《石弾(ストーンバレット)》に《煙幕(スモーク)》を付与したような攻撃をしてきたこと

・不可視の障壁は魔術に変容する前の魔素(マナ)なら通過できること

・それを利用して《誘眠(スリープ)》を直接叩き込んだが抵抗(レジスト)されたこと

・顕現した精霊が銀髪で純白のドレスを纏った美女だったこと

・シキの操る魔術はすべて無詠唱で、魔術及び精霊は魔素を一切帯びていないこと


「宮廷魔術師たちはシキ殿の謎を解明しようと躍起になっているが、はっきり言って進展はなにもない」


「でしょうね。ランディ様のお話を聞いた限りでは、魔術でも精霊でもない存在としか思えないですわ」


「ほう、精霊でもないか。君の〈シルファ〉がそう言っているのか?」


「仮にそれがとても強大な精霊ならば、闘技場に魔素の痕跡が残るはずです。ですがシルファには何も感じないようです。ランディ様の魔眼でも見えなかったのでしょう?」


「魔素を隠蔽しているとは考えられないか?」


「隠蔽できるできないは置いておくとして、隠蔽する意図がわかりません。精霊とは自然の力の根源。万物に宿る魔素を隠すなんて、精霊の風上にも置けないですわ」


「精霊でないなら何だ?」


「より上位の存在……神、それも外の……」


 リーゼロッテの言葉にランディの目が険しくなる。

 もし外の神であるならば、アトルランに住まうすべての生物にとっての敵だ。


「実はシキ殿には直接教えを乞えることになっている。だが馬鹿正直にすべてを教えてはくれないだろう。エンフィールド男爵家はこれまでは無名だったが、建国から代々精霊を引き継ぎ国防を担っていた名家だ」


「あら、歴史だけならミゼット家より長いですわね」


「君にはエンフィールド男爵家まで行って、シキ殿の精霊の力を調べてもらいたい。近々国防の実態調査として視察団が編成される予定があるので、君もそこに組みこまれる。他派閥からの依頼となってしまいすまないが……」


「承りましたわ!! あら、今他派閥とおっしゃいまして?」


「ああ、ウォルト侯爵家は第一王女派に所属することになった」


「まあ! もしかして本日はずーっと真面目に話していらっしゃるのって」


 日頃の軽薄な態度を若い娘に指摘されて、ランディはばつが悪そうに頭をかいた。


「色々あって決心がついた、といったところだ。第二王子派の君には悪いが」


「ならお父様に言って第一王女派に鞍替えさせます!」


「待て待て。さすがに公爵家が派閥を移ったら勢力図が大きく変わって大混乱に陥る」


 最悪自分だけ家を出奔してでも第一王女派に入ろうと、密かに決心したリーゼロッテである。

 そして軟派なランディ様も良かったが、硬派もこれはこれで……良し! などとどうでもいいことを考えていた。


「御前試合も建前上引き分けになった、というよりシキ殿にしてもらったが正解だな。こっちがありったけの魔力を使って放った魔術が、全部防がれたうえに向こうは余力があった。悔しいが完敗だった」


「えっ、それではまさか、そのシキという子のお願いを聞くのですか!?」


「いや? それ(戦いで勝ったら願いを叶えてくれって言うの)はリーゼロッテだけだが」


「まあッ……! 私だけ!」


「……?」


 急に頬を押さえてくねくねしだしたリーゼロッテを見て、ランディが首を傾げる。

 リーゼロッテはランディと一騎打ちで戦い、もし勝った時は願いを一つ叶えてもらう約束をしていた。


 願いの中身は「結婚してくれ」なのだが、先に言う勇気が出ずまだ伝えていない。

 勝ったときに言うつもりだった。


 それが突然ランディの敗北を知り、慌てたリーゼロッテの中で勝手に「ランディに勝つ=結婚」という図式にしてしまった。

 そして勘違いしたままランディに(結婚するのは)リーゼロッテだけだと言われて、完全に舞い上がる。


 恋は盲目というやつだ。

 ちなみにランディは負けたら魔術の指南でもさせられるのだろう、くらいにしか思っていないのだが……。

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