289話 なんか血が流れて河になるやつ
現在のパーティは前衛がエフェメラとエリン。
中衛がシキとアルネイズ、アリエ。
後衛がウルティアとマニという構成だ。
もちろんオルティエもシキの背後に控えている。
新参者のマニだが、ウルティアやアルネイズとは意外と早い段階で馴染んでいた。
その理由の一つとして、マニがアトルランの人々と同じように、体に魔素を内包しているということが挙げられる。
創造神が造りしアトルランにおいて、魔素は万物に宿る。
ところが換装式汎用人型機動兵器、及びコアAIは魔素を一切内包しておらず、魔術に長けた者からすると異質に感じられていた。
なのでコアAIたちはカモフラージュのために、普段から魔素を強く発する魔術具類を身に着けて誤魔化している。
何故スプリガンであるマニが魔素を内包しているかだが、
「万物の真理は世界や次元が変わろうとも普遍じゃ。科学の発展と共に地球では失われてしまったが、かつてはあったということさ」
「へー、じゃぁマニも魔女狩りとかに遭ったことがあるの?」
「ふふーん、そんなもん返り討ちよ。皆殺しにしてもよかったが周りに迷惑がかかる。だからやってきた異端審問官の脳味噌を弄って、我を弱い薬師の娘と思わせて帰らせたのじゃ」
「えーこわっ」
などというシキとのやりとりがあった。
なお設定で非表示にすれば、マニの魔素すら周囲から認識されなくなる。
恐るべし Break off Online のシステム設定だ。
マニの扱う理術と呼ばれる地球由来の魔術も、アトルランの魔術の系統の一つとして認知された。
そして馴染んだ理由はもう一つ。
使い魔たちをけしかけたのだ。
と言っても言葉通り攻撃したのではなく、じゃれつかせる等の接待行為である。
人語を喋り自由に撫でさせてくれるともなれば、ウルティアだけでなくアルネイズもメロメロになった。
聖樹守りにも反応していたが、アルネイズはどうやら鳥好きらしい。
カラスの使い魔ヘカテを大層気に入っていた。
シキと出会った当初は対抗心を露わにしたり、自身の実力不足を悩んだりもしていたが、最近は落ち着いている。
心に余裕ができたようで何よりだ。
ウルティアはウルティアで、猫の使い魔セレネを抱きかかえ猫吸いをキメていた。
主の命令で逃げられないセレネは虚無の目だ。
かわいそうかわいい。
余っていた鼠の使い魔アルテは、シキが掌に乗せてエサのどんぐりを与えた。
アルテはこれでもかとどんぐりを頬袋に詰め込む。
かわいい。
というか普通の鼠は頬袋がない。
アルテが鼠は鼠でも、ハムスターに近い種類だとわかった瞬間であった。
さて、喫肉薔薇との戦闘だが、はっきり言ってシキの出る幕はない。
前衛の母二人が強すぎる。
次々と現れる人型を模した果実はエフェメラが叩き潰し、絡め捕ろうとしてくる茨はエリンが斬り払う。
現状二人の殲滅量と喫肉薔薇の展開量は拮抗していて、囚われた冒険者まで辿り着くことはできていない。
だがこのまま削り続ければ喫肉薔薇の敗北は必至だ。
折角茨の壁の横幅が百メートルはあるのだから、囲うようにして襲い掛かればいいものを。
シキはそう思ったが、喫肉薔薇にそこまでの知性はなかった。
それでも中衛の出番があるかは怪しかったが。
第二位階冒険者で〈剣姫〉の二つ名を持つエリンが強いのはわかるが、エフェメラがそれに匹敵することにシキは改めて感心する。
二人は知り合って間もないが、すぐに意気投合していた。
息子としても嫁と姑……ではなく、実母と義母が仲良しなのは喜ばしい事である。
見事な連携で喫肉薔薇を削り続けていると、先方の動きに変化が見られた。
人型と棘の攻撃は継続しつつも、左右に展開されていた壁が中央に収縮していく。
そして囚われている冒険者たちの後方が盛り上がると、そこから巨大な花が出現した。
血を吸ったかのように真っ赤な薔薇だ。
その左右には茨が絡み合い束になってできた、丸太のように太い腕も付いている。
「おお、第二形態だ」
喫肉薔薇がその腕を振り上げ、叩きつけた。
狙われていた母二人は難なく躱したが、人型のいくつかが巻き込まれて地面に染みを作る。
「やっと〈真月の魔女〉たる我の出番か。理術でそのキレイな花をフッ飛ばしてやろう」
「ちょっと待って。フッ飛ばすのは花の部分だけで済む?」
「んや? 根切り(根絶やし)じゃが?」
「その根元に冒険者が捕まってるんだってば」
「ちっ、そうじゃった。主の領地で悪事を働くだけでなく足まで引っ張るとは、万死に値するが今回は大目に見て、双月は勘弁してやろう。母君方、そのまま引き付けておいてくれ!」
マニはそう言って真月の杖を構えると詠唱を始めた。
喫肉薔薇は激しく腕を振り回し続けているが、母二人には掠りもしない。
ただただ自身の体の一部である人型を巻き込み潰すだけだ。
「あ、シキ君。ちょっとまずいかも」
「ん?」
アリエが喫肉薔薇の花弁を指差す。
いつのまにか花弁の中央が開き、筒状の柱頭が見えていた。
柱頭は根元の子房と繋がっていて、その中には胚珠、いわゆる種が入っている。
柱頭の先端がエフェメラに狙いを定めた。
それはまるで銃口を突きつけているかのよう。
「オルティエ!」
「アルネイズ!」
「「はい」」
二人が返事をした直後、ドンという空気を震わせる鈍い音が響く。
巨大な種が柱頭から撃ち出されたのだ。
それはもはや銃弾ではなく砲弾だったが、白と青の二枚の盾がエフェメラを守る。
まずアルネイズの【光輝神の加護】で生み出された光の盾に、喫肉薔薇の放った種が衝突した。
着弾の衝撃で人の頭ほどの大きさの種は砕け散ったが、光の盾は健在だ。
僅かに光が揺らいだ程度である。
なのでその内側に張っていた、オルティエのパルスシールドの出番はなかった。
ちなみに狙われたエフェメラだが、驚異的な動体視力で種の弾道を見極め、受け流す構えを取っていた。
仮に盾がなくとも、無傷とはいかないまでも致命傷にはならなかっただろう。
「おお、相変わらず凄い防御力ですね」
「あれから訓練をして形状を変えることもできるようになりました。円形にして戦輪のように投擲することも可能です」
「まじで! 見てみたい」
「ですがこの場はマニ様に譲るとしましょう」
このやりとりの間に、マニの詠唱は完了していた。
真月の杖を喫肉薔薇に向ける。
「喰い穿て―――《送り狼》」
真月の杖の先端にある結晶が眩い光を放つ。
そこから何かが飛び出した。
最初は白銀の光が尾を引いて飛んでいるだけだったが、次第に光は膨らみ四足歩行の獣の形へと変化していく。
そして立派な白銀の狼の姿になると、空を駆けて喫肉薔薇へと襲い掛かる。
「Awoooooooow!」
巨大化した白銀の狼の顎が、喫肉薔薇の花弁に喰らいつく。
鋭い牙が花弁の上半分を喰い千切り、残った下半分は前脚の爪で引き裂かれた。
飛び退いた狼が光の粒子となって消えると、残ったのは無残にも花弁を失った薔薇の太い茎だけだ。
魔獣として死を迎えた喫肉薔薇は急速に萎れていく。
茨は枯れ落ち、人型は干乾び木乃伊のように朽ちる。
茨に囚われていた魔獣の死骸や冒険者たちも解放され、その場で幾重にも積み重なった。
そこへ降ってきたのは、太い茎から噴出した赤い液体。
それはこれまでに捕らえた魔獣たちから吸い上げ、蓄えていた血液であった。
茎から滝のように血が噴き出し、河となり、魔獣の死骸を洗い流していく。
……助けた冒険者も一緒に流れていきそうになっていたので、慌てて回収するシキたちであった。




