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186話 ちゃんと言おう

 スプリガンの最重要任務は国防だ。

 全長200km強あるエンフィールド大樹海を、たった12人で332年もの長い間、魔獣の侵入から守っていた。


 これまではスプリガンたちが持ち場を離れることはできなかったが、シキがマスター権限を引き継ぐと状況は一変する。

 防衛ラインに小型情報端末さえ配置しておけば、〈ユニット転送〉で即座にスプリガンを送り込むことができるようになった。


 スプリガンたちの自由時間は劇的に増えたが、それでもまだまだ足りないとシキは考えている。

 なので新たなユニットの追加を提案したが、オルティエを含めた13人から猛反対された。


 スプリガンたちを思っての提案だったが、本人たちが嫌がっては本末転倒なので、無理に増やしたりはしない。

 彼女たちから恋愛感情のようなものが向けられていることはシキも理解している。


 だからライバルを増やしたくないのだろう。

 その割に王女や貴族令嬢との婚姻については寛大なのが謎だ。

 いや、女性というのはその辺りシビアなので、明確に序列の差があると認知しているからこその、余裕の現れなのかもしれない。


 この世界の人間で Break off Online を知る者は、シキを除けばエリンとロナンドだけだ。

 重大な秘密を共有し、メインメニューの各種設定やボイスチャットでシキと密接な関係にある。

 だから現地人を多少下に見ても仕方がないし、とやかく言うつもりもない。


 332年間もレドーク王国を守ってきてもらったのだから、そのぐらい当然の権利だ。

 ただし将来的に王女たちに秘密を明かすことになった場合、手順を誤ると大惨事になる気がする。


 そうならないためにも、スプリガンたちとはしっかりコミュニケーションを取っておかねば。

 こうやってエイヴェに膝枕されているのもその一環だった。


「お兄様、眠くなったら遠慮せず眠っていいですからね」


「うーん、折角だしエイヴェとの会話を楽しもうかな」


「そうですか? では新しく見つけたお花が綺麗なスポットの話を」


 エイヴェは自然を愛する少女で、樹海内で綺麗な景色や花を見つけるとシキに教えてくれた。

 彼女の説明文(フレーバーテキスト)によると、Break off Online の荒廃した世界では基地の片隅でガーデニングもしていたらしい。


 シキの前世は日本人だが、Break off Online というゲームは知らなかった。

 利用規約に「拡張表示の投影による脳への負荷ダメージ」といったハイテクな記述もあることから、同じ日本であっても時代は違うのだろう。


 スプリガンたちにとって Break off Online はゲームではない。

 紛れもない現実だ。


 なのに〈ユニット転送〉のような Break off Online の世界観ではない、ゲームシステム上の仕様を疑うことなく受け入れている。

 合成人間であるエイヴェたちも本来なら生身の人間よりも寿命が短いため、332年間も生きられない。


 彼女たちはゲームの仕様上では寿命がないし、死んでもCRを支払えば復活(リスポーン)する。

 初代マスターによってこの世界に連れてこられた、という認識はあるようなのだが……。


「お兄様、やっぱり眠いですか?」


「ああ、ごめんごめん。エイヴェの膝枕が気持ち良すぎてさ」


「本当ですか? 嬉しいです。お兄様とならもっと気持ち良いことも……」


「こらこら、協定違反だって皆から怒られるよ」


「むー」


 あどけない少女の表情に艶が増してきてしまったので、シキは違う話題を振る。


「そういえばアルネイズさんから聞いたけど、外様の神が封印されているイルグリッサ王国の大瀑布は絶景だってさ。切り立った崖から大量の水が流れ落ち、滝の天面は高地になっていて人が立ち入らないらしいから、ギアナ高地みたいになってるのかな」


「ギアナ高地?」


「あー、要は自然の宝庫なのかなって」


 同じ日本語を話していても、同じ日本で過ごしていたわけではない。

 微かな寂しさを覚えてしまうシキであった。


「大きな滝と高地は樹海にありませんので、一度見てみたいですね」


「無償チップのためにも近いうちにイルグリッサ王国へは行くから、一緒に見て回ろうか」


「はいっ! お兄様とデートができて嬉しいです」


「ならデートの時間を増やすためにも新しいコアAIを……」


「それはいりません」


「あっはい」


 このやりとりは既に何度もしているので、もはやじゃれ合いのようなものである。


「俺が欲しいのは犬型のコアAIだから、エイヴェたちが危惧するようなことはないと思うんだけどな」


「いいえ、危惧だらけです。犬型以外を引き当てても保管せず有効化(アクティベート)しますよね? そうなればライバルは増えるし、犬型でもお兄様に構ってもらえる時間が確実に減ります。撫でるなら私でいいじゃありませんか。これでも自慢の羽なんですよ」


「女の子の体を撫でるのはちょっと世間体が」


「毎日同衾してるのに今更ですか?」


「うぐっ、いやあれは皆が勝手に俺のベッドに入ってくるだけだし。俺からは何もしてないし」


「それにここには誰もいません。世間体なんて気にしなくて大丈夫です。それとも私の鳥の手足は気色悪いでしょうか」


「!? そんなわけないじゃないか。俺がエイヴェのことをそう思ってるだなんて、本気で思ってる?」


「思ってはいませんが、言葉にしてくれないと不安になるものなのです。自分の気持ちは相手もわかっているだろう、で済ませていませんか? たまにはちゃんと言葉で伝えてくれないと、私以外にも不安になっている子がいるかもしれませんよ?」


「う……それはごめん」


 シキは怒ったつもりだったが、逆に諭されてしまう。

 スプリガンたちへの感謝や親愛を忘れたつもりはなかったが、気恥ずかしさが勝って言葉でしっかりと伝えていなかったのは事実だった。


「それじゃあこれでちゃんと伝わったということで」


「駄目です。ちゃんと言ってください」


 膝の上に乗っているシキの頭の左右を翼でがっちりと押さえて、エイヴェが潤んだ瞳で見下ろしてくる。

 この期に及んで逃げようとしたことを恥じて、シキは腹をくくった。


「エイヴェの純白の羽は綺麗だよ。まだ誰も踏み入れてない、穢れのない新雪みたいだ」


「はううっ」


「同じく純白の髪の毛も、毛先にいくにつれて赤になっててお洒落で可愛いね。くりっとした目なんて魅力的で吸い込まれそう」


「はううううっ」


「いつも俺のことを助けてくれてありがとう……って、おーい聞いてる?」


 言えと言ったから言ったのに、エイヴェは両の翼で顔を隠して固まっている。

 覗いて見える耳は髪の毛先に負けないくらい真っ赤だ。


 まぁこちらの気持ちは伝わっているようなので良しとしていると、気を使って姿を消していたオルティエがいつの間にか現れている。

 どこか期待するような、わくわくとした眼差しでシキを見つめていた。


 あっこれスプリガン全員に言葉で伝える流れだ。

 シキの語彙力とセンスが今、試されようとしている……!

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