179話 あなた疲れてるのよ
「さてウルティアを揶揄うのはこのくらいにして、シキさんから私たちに聞きたいことや要望はあるかしら?」
「あ、はい。あります。まず吸脳鬼と戦っていた時に言われたのですが……」
シキは〈悪魔卿〉から大敵と認められ、もし邪人に殺されたなら魂が囚われてしまうことを伝えた。
それを聞いてこの場にいる地神教の信者たちは騒然とする。
赤くした頬を両手で隠してニヤニヤしていたウルティアも、すぐに表情を引き締めていた。
「あれだけ活躍したのですから、外様の神がシキさんを大敵に定めることも避けられないでしょう」
「もしかして深刻な問題がありますか?」
「それはなんとも言えません。過去に活躍した英雄が外様の神に大敵と定められ、戦いを繰り広げたという伝承は残っていますが、それは全て国外からの侵攻、すなわち戦争という形態を取っています」
「ということは今後、大敵の俺がいるレドーク王国が優先して邪人や闇の眷属の侵攻を受けてしまう?」
「その可能性もありますが、レドーク王国の東西には隣国があり、南は険しい山脈で塞がれていますので、それらから侵攻してくることはまずないでしょう。残るは北側に面した海と……」
「北東にあるエンフィールド大樹海ね」
言い淀むロゼリアの言葉尻をエリンが引き継いだ。
「視察団に参加したウルティアから、エンフィールド大樹海は魔素が濃く、強力な魔獣がたくさん生息していると聞いています。そこに邪人や闇の眷属の勢力が加わるかもしれません。王族とも連携を取って、戦力の補強を進めるべきです。もちろんシキさんを聖人指定する地神教も協力しますよ」
ロゼリアの話を聞き終えて、シキとエリンは顔を見合わせる。
考えていたことは同じだったようで、二人して獰猛な笑みを浮かべた。
「それならいつも通り樹海の防衛に専念すればよさそうですね。俺が大敵になったせいでエンフィールドの外に迷惑がかからなくてよかったです」
「迷惑どころかシキ殿たちがいなければ王国は滅んでいたんだけどね。謙虚なところが聖人っぽいでしょう? それで地神教としてはウルティアとアルネイズ、そして私を派遣するということでよろしいですかな。ロゼリア枢機卿」
「ええ、よろしいですよ、ボガード司祭。まずはエンフィールドに赴いて、追加戦力が必要であると判断した時は要請してください。何なら私が行きますよ」
「〈暴君聖女〉様に怨望渦巻く王都を離れられては困りますな。枢機卿としての仕事はともかく、民の安寧はロゼリア様の双拳にかかっているのですから」
「〈暴君聖女〉?」
「ちょっとボガード、シキさんの前でその二つ名は出さないで」
「ロゼリア様は【武闘神の加護】持ちで拳術の達人よ。そして地母神への深い信仰によって神気を拳に纏えるから、悪霊を素手で祓えるの。武器も持たずに単身で不死族の群れに突っ込んで、悪霊も動く死体もボコボコにする様子がもう暴君のそれなのよ」
「それほどでも」
照れ照れと恥じらうロゼリアをよそに、淡々とウルティアがシキに説明する。
ロゼリアの外見は豊満な肉体を持つ妙齢の美女であり、とても武道に秀でているようには見えなかった。
シキの前世の世界でならその認識で間違いないが、ここは異世界だ。
肉体の強さよりも加護の強さが優先されるため外見は当てにならない。
それは〈剣姫〉エリンも同様で、手の平に剣ダコはあるが肉体だけなら可憐な女性そのものである。
もちろん加護だけでなくそこに肉体の力が加われば確実に戦闘力は増すが、肉体の力に比べて加護の力というのは天井知らずだ。
例えば必死に鍛えて握力を40kgから70kgまで上げたとする。
これに対して加護の力ならば、訓練なしで握力が容易に200kgを超えることもある。
加護の強さ次第ではあるが、握力を30kg伸ばすために訓練を継続するくらいなら、その労力を技術面の訓練に使ったほうが効率的だろう。
そういう意味では強い加護を持つ者ほど、外見は鍛えられておらずギャップがあるかもしれない。
エリンも〈剣姫〉と呼ばれるほど【剣神の加護】が強くなければ、肉体を鍛えていた可能性があった。
筋肉モリモリのマッチョレディの体にエリンの顔が乗っかっている姿を想像して……シキは怖くなって頭を振る。
「シキ~、何か変なこと考えてるでしょ」
「な、なんでもないよ母様。ロゼリア様、もう一つ聞きたいことがあります。国内に外様の神が封印されているような場所ってありますか?」
「封印? そうねぇ、明確に封印されている場所はないけれど、封印されているかもしれない場所ならいくつかあるかしら」
ロゼリア曰く、地方の言い伝えの中に外様の神の名前が出てくることがあるそうだ。
遥か昔に地上で暴れまわっていた外様の神を、アトルランの神々がこらしめて湖や山に封印した、といったありがちな逸話である。
内容が漠然としすぎていて、真実かどうかは確かめようがない類の話なのだが。
「確かエンフィールド男爵領の隣の、タクティス子爵領でもこんな話があったわ。夜に口笛を吹くと、外様の神〈蛇神〉が封印から抜け出して呪いを振りまく。と」
「へぇ、似たような迷信ってどこにでもあるんですね。今度リティス様に聞いてみよう」
日本でも夜に口笛を吹くと蛇や幽霊が出るなどと言う。
あれは口笛が近所迷惑になるので、子供へのしつけとしてそう言い聞かせていたという説がある。
他にも人買いや泥棒の合図で口笛を使うから呼び寄せてしまうとか、実際に遭遇し得る危険を回避する意味合いもあるのだとか。
前世のシキは霊感ゼロだったので、邪悪なものや幽霊を呼び寄せると言われても信じられなかった。
いや、オカルト好きではあったので信じたくはあったのだ。
当時流行っていた超常現象を扱った某海外ドラマも大好きで見ていた。
分冊出版のDVDコレクションをコンプリートするくらいには熱中していた。
そして異世界転生を身をもって経験した今、地球上での超常現象も自身が観測できなかっただけで、きっと存在していたのだと思える。
「急に黙り込んだけど大丈夫? 邪人との戦いで疲れてる?」
「ううん、大丈夫だよウル姉。ちょっと考え事をしていただけ」
「外様の神の言い伝えが気になるということは、何か心配事があるのかしら」
「いえ、ちょっと気になっただけです」
その本心は外様の神を倒して無償チップを手に入れたい。
なのだが、もちろん言えないのでシキは誤魔化した。
「でも国外になら外様の神が封印されし神殿がありますよ」
「えっ、それはどこですか!?」
「詳しくはその国の出身者であるアルネイズに聞くとよいでしょう」
「そのアルネイズさんはどこに?」
そういえばいつもウルティアに付きっきりのアルネイズの姿がない。
地神教の神殿内なので護衛は不要なのだろうとシキは思っていたが、理由はそれだけではないようだ。
「訓練場にいるはずですから、皆で行ってみましょう」