176話 新たなる爵位
「俺は王位を望みません。俺にとって一番大切なのはエンフィールド男爵領なので、これからも男爵領を守っていければそれでいいです」
シキの言葉を聞いて、ジルクバルドが露骨に安堵の表情を浮かべていた。
ライバルである第二王子亡き今、順当にいけば自身が次期国王だから勝利を確信したのだろう。
この場にいる数人から冷ややかな視線が向けられていることに、ジルクバルドは全く気付いていない。
『これはレドーク王国史上初の女帝誕生でしょうか。それとも愚王が玉座を簒奪される未来が待っているのか。どちらにせよ、エンフィールドの外がどんな国名になろうとも関係ありませんが』
非表示状態で待機していたオルティエが不意に現れる。
純白のウェディングドレス姿で高い天井から舞い降りると、フランルージュからシキを奪い取り、背後から抱きしめ頬ずりしながら毒を吐いた。
「っ、間近で見ると本当に美しいですね。何か言葉を発するように口が動いていましたが、精霊様はなんと?」
「えーっと、早くエンフィールドの守護に戻りたいそうです」
レドーク王国をディスってましたよ、とは言えないのでシキは誤魔化す。
「そうか、王位は望まぬか」
残念そうにアレクサンドが呟いた。
「であれば〈王国の剣〉並び〈聖人〉に相応しい地位を別に用意せねばならぬ。王弟の嫡子であることを公表し王族に次ぐ爵位が必要だろう。〈大公〉を新設するか」
「陛下! 安易にそのような爵位を作ってはなりません。第二王子派が崩壊したのです。新たな派閥の旗印にされてしまいます」
「むしろ王国に根付かせ他国を牽制するという意味では、そうなった方が良かろう」
「あ、すみません。派閥のトップになるのもなしで……。最初に言った通り、俺はエンフィールドの発展に全力を注ぎたいんです。その代わりエンフィールドがレドーク王国にある限り、俺はどこにも行きませんから」
「そうか……」
アレクサンドがシュンとする。
いやだから何故残念そうなのかと、シキは突っ込みたくなったがなんとか我慢した。
「発言してもよろしいでしょうか、陛下」
「ガーランドか、発言を許す」
「表の派閥再構成も重要ですが裏も同様です。ペトルス伯爵家に掌握されていた裏組織への対応も必要でしょう」
「ふむ、これを機に統一するか? ガーランドよ。ペトルス伯爵家に紛れた邪人を早期に発見できなかったのは、裏組織の掌握不足が一因だ。同じ過ちを繰り返さないためにも、裏組織の掌握と縮小は急務である。愚かにも儂は息子を一人失うまで放置してしまった。場合によっては更なる犠牲があったかもしれん」
アレクサンドの言葉にジーナの肩が僅かに揺れる。
暗にイルミナージェ暗殺未遂事件を指摘されたからだ。
それはシキとイルミナージェが出会う切っ掛けになった事件で、暗殺の指示役が第二王子、実行犯の手配をジーナがしていた。
ガーランドに向かって言ったということは、アレクサンドは把握しているのだろう。
拒否権はなかったし結果論になるが、暗殺に加担してしまったことをジーナは後悔する。
第二王子が生きていれば責任もそちらにあったが、死んでしまっている以上、他の誰かが責任を取らなければならない。
「陛下、裏組織の掌握ですが、我がサンルスカ侯爵家に任せて頂けないでしょうか。ペトルス元伯爵家の屋敷はジーナが押さえていますので、すぐにでも取り掛かることができます」
すべての事情を理解した上でガーランドが願い出る。
失態はこれから取り戻すという決意表明でもあった。
アレクサンドは顎に手を当て、考え込む仕草を見せた後に重々しく頷く。
「うむ、よかろう」
「陛下!」
「マティアス、わかっておる。サンルスカ侯爵家を補佐する貴族は第一王子派から選んでよい。派閥のバランスを考えてサンルスカ侯爵家には、第一王女派に属してもらうがよいか?」
「はい。構いません」
「ナージェもそれでよいか? 」
「はい、もちろんです。宜しくお願いいたします。ガーランド、ジーナ」
イルミナージェも相手が命を狙ってきた相手だと知っている。
だがそのことはおくびにも出さずに微笑んだ。
一連のやり取りを見て、貴族って面倒だなぁとシキが他人事のように考えていると、同じく他人事のようにぼんやりとしている第一王子が目に入った。
一応次期国王のはずだが、あれで大丈夫なのだろうか?
ただ現国王が王妃が言うほど無能ではないと思うので、今後の教育次第なのかもしれない。
話し合いは続く。
第二王子派は解体して、第一王子派と第一王女派が均等になるように配分されることになった。
この場では大まかな原案までで、細かい調整はこの場にいない貴族も招集して決めることになる。
そしてエンフィールド男爵家の新しい地位は〈辺境伯〉に決まった。
侯爵と同等の権限の他にいくつかの特権が与えられたが、特に重要なのはエンフィールド大樹海の開発主導権が与えられたことだろう。
これまでは第一王女派に主導権があり、(名目上は)イルミナージェの決裁が必要だった。
しかし今後は重要な案件でもイルミナージェを通さなくてよくなるので、樹海の開発がより円滑になる。
他にもレドーク王国に納める税の低減など、破格の条件が織り込まれている。
なんとかシキをレドーク王国に縛り付けたいアレクサンドだったが、本人は国への帰属に消極的だった。
なので帰属ではなく大切にしているエンフィールドに君臨してもらう、という方針に切り替えたのだ。
独立した国と言っても過言ではないくらいの権限を与える一方で、隣国との外交は所属先である第一王女派が窓口になる。
対外的にも国の重要なポジションにいるとアピールしつつ、シキの望む通りエンフィールドの開発に専念できる妙案であった。
話がある程度まとまると、珍しくニヤニヤしていたシキの頬をエリンが突っつく。
「ちょっと意外ね。シキが陞爵で喜ぶなんて」
「あー、いや、お約束の爵位が来たなと思っただけだよ」
「満足してくれたようで何より。辺境伯への陞爵及び論功行賞の授与式だが、ロナンド・エンフィールド男爵から爵位の引継いだ後に行う。破壊された城を修復し、各貴族の派閥調整が終わり次第になるが、遅くとも二か月以内には終わらせたい。予定はナージェと詰めてくれ」
「うっ、はい。わかりました」
辺境伯と聞いて一瞬は浮かれたものの、授与式のことを考えると憂鬱になるシキであった。