175話 腹を割って話そう
吸脳鬼による襲撃事件は、レドーク王国の中枢に大きなダメージを与えた。
王城は破壊され、少なくない犠牲者が出ている。
その中にはレカールキスタ第二王子も含まれていた。
襲撃のあった翌日、王城の会議室には国の主要人物と事件の関係者が集められた。
まず王弟コンスタンティンを含めた王族全員、宰相マティアスに宮廷魔術師フールーザ、ガーランド・サンルスカ侯爵とジーナ、地神教からはウルティア、アルネイズ、ボガード司祭。
そしてシキとエリン、ゼーレと総勢十六名だ。
「この場は非公式であるため、礼節は最低限で構わん。此度の事件のあらましを詳らかにし、今後のことを決めるために集まってもらった」
国王アレクサンドが直々に音頭を取って会議は始まった。
事の発端はペトルス伯爵家が吸脳鬼に乗っ取られたことから始まる。
ベリーズ・ペトルスに成りすました吸脳鬼は裏世界に進出し、サンルスカ侯爵家の傘下以外の勢力を掌握。
レカールキスタ第二王子に取り入り、サンルスカ侯爵家も排除しようとした。
ジーナがベリーズを偽物だと見破ったが、まさか邪人だとは思わない。
殺されそうになったところをゼーレに救われる。
ジーナたちの前から逃亡した吸脳鬼は王城に侵入し、あらかじめ撒いていた肉腫を使って眷属を増やして暴れまわった。
最後は眷属を贄として神格を得た存在になろうとしていたが、シキと精霊オルティエによって阻止され、不完全な亜神となったところを打ち倒された。
というのが事件の概要だ。
「皆の尽力により吸脳鬼は打ち倒された。この国の王として礼を言う。特にシキ・エンフィールドよ。其方がいなければ国の存続すら危うかったかもしれん」
概要を自ら説明してその流れで礼を述べるアレクサンド。
国が救われたことは喜ばしいことだが、顔色は悪い。
「褒美として何を望む? 王位か?」
「陛下! いくら非公式といえど、不用意な発言はお控えください!」
黙って聞いていた宰相マティアスが声を荒げる。
王位の話になって他の王族も慌てるかと思いきや、実際に慌てているのは第一王子のジルクバルドだけだった。
「マティアスの言う通りです父上! 何故辺境の男爵家などに王位を譲らなければならないのですか」
「そうは言うがマティアスにジルクバルドよ。もしシキがいなければ邪人の討伐は遅れ、国は確実に傾いていた。その隙を突かれて隣国に攻め込まれる可能性もあっただろう」
「戦力として優れ〈王国の剣〉と成り得ることは認めましょう。ですが何故それが王位を譲ることに繋がるのですか? 所詮は剣、御して振るうのは現王族の役目でしょう」
「只の剣ならばそれでもよかろう。しかしシキの強さは只の剣には収まらない。そうであろう? ボガード司祭よ」
「おっしゃる通りです国王陛下。我々地神教はシキ殿を聖女ウルティアと並ぶ聖人として認定するつもりです。ウルティアの所属は地神教なので問題ありませんが、シキ殿はレドーク王国の一男爵家の跡継ぎ。聖人の肩書に対して地位が低すぎます。このままだと国外からの引き抜きや圧力がかかるでしょう」
アレクサンドに話を振られたボガードはそう答えた。
その横ではウルティアが「シキといっしょ」と呟きながらニヤニヤしている
更にその横のアルネイズは……いつも通り苦々しい表情だ。
「聞いたか? マティアス、ジルクバルド。今のままではシキを他国に奪われる可能性がある。もし王国の剣を失った状態で再び吸脳鬼のような脅威に見舞われたらどうする? フールーザよ、其方らで対処可能か?」
「最終的に邪人を滅することはできても、被害は甚大で共倒れになるでしょうな」
「だそうだ。つまりシキをこの国に繋ぎ留めなければならず、相当な地位が必要というわけだ。精霊オルティエと亜神ベリーズの戦いは多くの人々が目撃していて、強さを疑う者はいない。これは建国当時から続いていた盟約、樹海から溢れる魔獣の侵攻を防いでいたことの裏付けにもなる。ある意味エンフィールド男爵家は王族よりもこの国を守ってきたのだ」
「ですが、さすがに王位は乱暴過ぎます。それにシキは養子ではないですか。尊い貴族の血でもない者に国を任せるなんて」
「兄弟揃って教育に失敗していたか……これも儂の罪か。さもありなん。ジルクバルドよ、ならばシキが尊き血の持ち主ならば認めるか?」
「えっ」
「あっ」
ジルクバルドとシキの間抜けな声が重なる。
バラしたのか? とシキがコンスタンティンを見るが、相変わらずの無表情のため感情は読み取れない。
「シキがエンフィールド男爵家の養子になったのは偶然だと思っていたが、まさかお前の指金だったのか?」
「偶然だ。この目で見るまでは存在しているかも疑っていた」
「叔父上とシキは前から繋がりがあったのですか?」
「シキは私の息子だ」
「へぇ、そうなんです……………かぁぁぁっ!?」
あまりにもさらっとコンスタンティンが告白するものだから、質問したイルミナージェも流しそうになっていた。
この事実には会議室にいるほぼ全員が驚き、視線がシキに集中した。
「相手は誰なのですか!? いえ、その黒い髪に瞳。エフィ姉様なのですね?」
「イルミナージェ様は母の事を知っているのでふっ―――」
シキの声が途切れる。
王妃フランルージュが唐突に椅子から立ち上がると、シキの元へやってきて正面から抱きしめたからだ。
その両目からは止めどなく涙が溢れている。
「ああ、まさか貴方がエフィの子だなんて。これは偶然ではなくて必然の運命だわ。アレク、コンス、何故黙っていたの?」
「い、いや、儂が知ったのも最近でな」
「……」
フランルージュに睨まれるとアレクサンドはしどろもどろになり、コンスタンティンは気まずそうに視線を外した。
「シキ、貴方が孤児になっていたということは、エフィとは事情があって離れ離れになったということよね? エフィはどうなったの?」
「おっほん、皆様落ち着いてくだされ。王妃も一度シキ殿をお放し下さい。苦しそうですよ」
「あら、御免なさい」
「シキ殿の生い立ちも気になるところですが、まずはエンフィールド男爵家の処遇を決めましょう。シキ殿、要望はありますかな?」
「うっぷ、ええとですね……」
フールーザに促されて、酸欠で赤ら顔になったシキが口を開いた。