173話 大敵
「大量に分裂したということは……オルティエ!」
『マスター、パルスシールドを広域展開します』
阿吽の呼吸でオルティエがパルスシールドを中庭全域に再展開。
精神干渉を防ぐ為にドーム状に展開していたサイコフィールドを、更に外側から覆うようにして青白い膜が広がる。
案の定、等身大のベリーズたちは中庭から散らばろうとしていたが、その数体がパルスシールドに触れて蒸発した。
紙一重で間に合ったかと思われたが、一つ問題が発生する。
後方でこちらの様子を伺っていた巨大なベリーズが、パルスシールドが展開される直前に中庭の外側に腕を伸ばしていたのだ。
発生したパルスシールドによって腕は切断され、シールドの外側に取り残される。
そのまま魔素となって消滅すれば良かったのだが、腕は等身大ベリーズに姿を変えると、何処かへ飛び去って行く。
「まずいな。みんな、この場は任せた」
『マスター!?』
「旦那様!?」
『御屋形様!?』
シキは装備していた〈RP-CO0W1:Mondlicht〉を発動させ、パルスシールドを斬りつけた。
青白い光同士が相殺し合い、パルスシールドに一筋の亀裂が入ると、シキはそこから外に飛び出した。
「今の戦力で頑張ってくれ!」
『くっ、了解しました』
釘を刺してから中庭を走り去るシキの背中を、オルティエが悔し気に見送った。
スプリガンが本気を出せば、亜神ベリーズは一瞬で倒せる。
スースが本気を出してもいいし、〈SG-068 アリエ・オービス〉を呼んで荷電粒子収束射出装置で焼き払ってもいい。
しかしこの場にいる全員に手の内を明かすことになるため、可能な限り避けたかった。
また圧倒的な戦闘力を目の当たりにして、宮廷魔術師フールーザが精霊オルティエ、及び精霊使いシキを制御できない脅威と判断しかねない。
国家存亡に関わる大災厄を一瞬で屠る存在を、国は黙って見過ごさないだろう。
あの手この手を使って排除してくるか、恭順の意を示し祭り上げて新たに精霊王国を樹立させるかもしれない。
そしてそのどちらも主は望んでいないと、スプリガンたちは承知していた。
『スース、30%の出力のまま、全力で殲滅しますよ』
『心得た』
「小さい方なら私たちでも戦えそうね」
「はい! 頑張りましょう」
「儂も加勢しよう」
「アルネイズ、私たちも援護しますよ」
こうして残された面々は、亜神ベリーズとの戦いを再開させた。
その一方でシキは、パルスシールドを抜けたベリーズを追いかけていた。
拡張画面に表示されている王城のMAPと進行方向を照らし合わせると、イルミナージェ第一王女の元へ向かっていることがわかる。
イルミナージェの私室は中庭の通路を抜けて左に曲がった先にあり、ベリーズは道なりに進んでいた。
MAP上の私室の中には、肉腫が埋め込まれていることを示す赤い光点がひとつある。
このまま走っても間に合わないと判断したシキは、最短ルートでイルミナージェの私室を目指した。
走る速度を落とすことなく〈RP-CO0W1:Mondlicht〉を振るう。
青白い刃で石壁を十字に切り裂くと、その中心に肩からぶつかっていく。
パワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉のパワーで石壁を弾き飛ばして室内に侵入すると、中に隠れていた侍女たちの悲鳴がこだまする。
MAPの青い光点を見て彼女たちの位置は把握していたので、飛び散った石片が当たることはない。
驚かせて申し訳ないが、謝罪は後回しだ。
立ち止まらずに連続して二枚の壁を打ち破れば、そこはもうイルミナージェの私室だった。
「間に合っ……ちぃっ!」
「シキ!?」
シキが私室の奥の壁を打ち破ったのと、ベリーズが扉を破壊したのはほぼ同時だった。
私室にはイルミナージェと護衛騎士が四名。
護衛騎士筆頭であるテレーズも背後を振り返ったが、そこにいるのがシキと分かり、すぐにベリーズへと向き直る。
当のベリーズは他の無表情な個体と違い、邪悪な笑みを浮かべると紅い瞳を光らせた。
テレーズの体がびくりと震える。
躊躇えば間に合わない。
シキは意識を集中し、体感時間を大幅に加速させて走る。
一足飛びで無防備なその背中に近づき、青白い刃でテレーズの首を斬り付けた。
一秒の出来事が十秒にも二十秒にも感じる世界で、イルミナージェの低くなった悲鳴が響き渡る。
シキは〈RP-CO0W1:Mondlicht〉を解除すると、首の半分近くを裂かれ血が噴き出しているテレーズの傷口に容赦なく右手を突っ込む。
これまでに見てきた肉腫は、決まって首の右後ろに寄生していた。
だからそのあたりの肉をまとめて引きちぎり、入れ替わりでストレージボックスに用意していた治療薬を左手で塗りつける。
テレーズの首を斬りつけてから治療薬を塗り付けるまで、一秒も経っていない。
治療は問題なく間に合うはずだ。
問題は肉腫が無事に摘出できたかだが……。
意識を失い崩れ落ちるテレーズを抱きかかえ、床に寝かせながら引きちぎった肉片を観察した。
その中に蠢く肉腫を発見してほっとしたのも束の間、シキに怖気が走る。
ベリーズの精神干渉だ。
サイコフィールドがないため、もろに喰らったシキたちは恐怖で体を硬直させる。
「いと気高き〈悪魔卿〉よ、大敵の魂を御身に捧げましょう」
ベリーズの五指が槍のように伸びて動けないシキの体に突き刺さり、背後の壁に押し付けられた。
「がはっ」
シキの口から血が零れる。
ベリーズは指を縮めながら朦朧としているシキに近寄ると、耳元で囁いた。
「下等生物よ有難く思え。貴様は〈悪魔卿〉より大敵と認められた。貴様の魂は御身の元に囚われ、二度とこの地へ戻ることはない」
空いている手でシキの胸元をまさぐると、心臓の位置で指を突き立てた。
指先が伸びて、パワードスーツ〈GGX-104 ガイスト〉がみしみしと音を立てて軋む。
シキの顔が苦悶で歪むと、ベリーズは愉悦交じりに更に力らを込め―――
―――電子音の後に何かがジュっと溶ける音がした。
「は?」
ベリーズがもう何度目かわからない、不快そうな声を上げた。
ゆっくり視線を下せば、自身の胸元に大きな穴が開いている。
いつの間にかシキが、角ばった形状のハンドガンを腰だめに構えていた。
艶消し黒で包まれた銃身には細いスリットが入っていて、銃口は発射直後のため熱で赤く発光している。
それは携行型荷電粒子収束射出装置で、怖気から復帰したシキが撃っていた。
サイコフィールドがないため精神干渉を防ぐことはできないが、体内に取り込まれているナノマシンをシキの脳内分泌に作用させ、精神状態を回復することができる。
回復には時間を要したが、辛うじて心臓が潰される前に撃てた。
威力を絞る余裕まではなかったため、ベリーズの背後から斜め上に向かって、私室に大穴が開いているが。
胸を撃ち抜かれたベリーズが、魔素となって消滅していく。
指による拘束が解かれ、シキは床にずり落ちると大きく息を吐いた。
「……ふう、敵認定どうも。そっちから来てくれるなら助かる。神狩りの報酬の無償チップが欲しいからな」