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172話 刀剣花嫁 / blade bride

 オルティエは青白い膜(パルスシールド)を解除すると、シキから期限付きで譲渡された権限を用いて、〈SG-072 スース・ファシロ〉を〈ユニット転送〉で呼び寄せる。

 亜神ベリーズとオルティエの間に、武者鎧のような装甲を纏った中量二脚のスプリガンが出現。


 唯一の武装である刀 〈霊鷲乃剣(りょうじゅのつるぎ)〉を、ロボットとは思えない滑らかな動きで振り抜いた。

 空間そのものを断つかのような鋭い白刃が、離れた位置にある亜神ベリーズの両腕を斬り飛ばす。


 〈SG-072 スース・ファシロ〉は非表示設定で、〈霊鷲乃剣〉の攻撃判定だけオンにしてあるため、シキとオルティエ以外には見えていない。

 不可視の攻撃を受けて亜神ベリーズが上空に逃げるように後退した。


 瞬時に両腕を再生させ、無表情のままオルティエを観察している。

 吸脳鬼ベリーズの真の姿は蛸人間だったが、亜神ベリーズは人間の姿のまま巨大化していた。


 人類への嫌悪も鳴りを潜め、現在は敵意らしい敵意は感じない。

 ただ無感情に、視界に入るものすべてを破壊しようとしていた。


『スース、私の動きに合わせて』


『承知』


 オルティエが空中を進み、〈SG-072 スース・ファシロ〉の背中をすり抜けて前に出た。

 表示設定や物理判定はシキやスプリガン同士には反映されない。

 すり抜けは空気中の分子で造形し投影された、立体映像であるオルティエにしか出来ない芸当だ。


 亜神ベリーズは殴るのをやめると、初手で使った髪の毛の攻撃に切り替えた。

 それを見てオルティエは右手を天に掲げて円を描くように動かす。


 生まれたのは、満月のような軌跡を描く白刃。


 広範囲に降り注ぐ髪の毛の雨が、一刀のもとに斬り捨てられる。

 針のような鋭さを失った髪の毛は実体を失い、虹色の泡―――魔素の粒子となって空気中に消えていく。


 オルティエが虹色の泡の中で踊る。

 空中で華麗なステップを踏み、純白の(ウェディング)ドレスを翻えす。


 両手を掬い上げるように動かすと、追従するように発生した白刃が亜神ベリーズの体を通過する。

 股下から頭頂部へと斬撃が走り、褐色の裸体を真っ二つに切り裂いた。


 体が左右で泣き別れしても亜神ベリーズの無表情は変わらない。

 切断面から魔素を漏出させながらオルティエを見下ろしている。


「なんという威力! まさかこのまま倒してしまうのか」


「やっぱりエンフィールド大樹海でトレントを倒した時は、力を抑えていたんだね。あれはアルネイズの盾でも受けられないかな」


「……そんなことはありません」


「これは神託の通り、間違いなく救国の英雄だ」


「あ、この太刀筋はスースちゃんかな」


 戦況を見守っていた面々からそれぞれの感想が零れた。

 国の存亡に関わるような災厄を単独で押さえ込んでいる精霊とその主に、畏怖の視線が向けられる(一名を除く)。


『仮称:亜神ベリーズのエネルギー量は、略称:ムハイと比較して六割程度です。このままスースと私で対処可能です』


「わかった。頼むよ」


『お任せください。マスターの偉大さを知らしめる時が、遂に来ました』


「えーっと、程々にね」


 オルティエはシキに向かって微笑み……ふんすと鼻息を荒くして上昇していく。

 〈SG-072 スース・ファシロ〉も気合を入れるかのように肩をぐるぐる回していた。

 古いおもちゃのようなコミカルな挙動だ。


「やっと……やっと、旦那様の実力をレドーク王国に認めてもらえますね」


「あー、皆の気持ちを考えるなら、もっと積極的にアピールしてもよかったね。ごめん」


 シキはスプリガンたちの力を極力隠してきた。

 重要なのはエンフィールド男爵領を守ることで、レドーク王国内での地位に興味はない。


 何なら地位が低い方が男爵領の運営に専念できるので都合が良かった。

 多少なら他領の貴族に侮られても構わない。


 だがシキに仕えるスプリガンたちはそう思っていない、ということをシキも理解していた。

 ……つもりだったが認識が甘かったようだ。


 大切な主が侮られている状況を、相当我慢していたのだろう。

 オルティエとスースはこれでもかと張り切っているし、ルミナの目尻にはきらりと光るものが見えてしまい、シキは大いに反省する。


 シキが認識を誤ったのには理由があった。

 王城では〈SG-061 リファ・ロデンティア〉の鼠型ドローンが様々な情報を収集をしているが、その中には侍女の噂話や貴族たちの密談も含まれる。

 エンフィールド男爵領に関する話題はしっかりとログを取っていて、特に悪口はスプリガンたちで情報を共有し、復讐の機会を伺っていたのだ。


「あっ、謝らないでください旦那様」


「ほんとごめん」


「まぁこれ以上は隠すのは無理なんだし、思いっきりやっちゃえばいいのよ。オルティエがんばれー!」


 いつの間にか亜神ベリーズの魔素漏出が止まっている。

 切断面が肉で盛り上がり、瞬く間に失われた半身が再生された。

 再生は分断された左右の半身で起こっているため、四つの紅い瞳にオルティエの姿が映し出される。


「分裂した!?」


『総エネルギーが増えているわけではないので問題ありません』


 オルティエが手の甲で払うような仕草をすると、その軌道をなぞるようにスースの斬撃が放たれる。

 亜神ベリーズの片割れが拳を繰り出してきていたが、斬撃によって中指と薬指の付け根から肘の辺りまで一気に裂けた。


 立て続けにオルティエが腕を振ると、動きに合わせて斬撃が飛び交う。

 褐色の裸体に複数の亀裂が入り大量の魔素が吹き出し、実体を保てなくなった亜神ベリーズの片割れは消滅した。


「分裂しただけで大したことないわね」


「あっ、母様、そういうことを言うと……」


 エリンの言葉に反応するかのように、空中に放出された魔素が再び実体化する。

 小さな肉の塊がいくつも生まれ盛り上がると、褐色の肌とダークグレーの髪が姿を現す。

 それは等身大になって分裂した、大量の亜神ベリーズたちであった。

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