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171話 亜神と精霊

 邪人と人類の戦いの歴史は長い。

 遥か昔、神話の時代に外様の神が直接乗り込んできて大きな戦争があったが、邪人はその時に誕生したとされている。


 邪人で有名なところだと闇森人族(ダークエルフ)だろうか。

 森人族の一部が創造神を裏切り、外様の神を信奉するようになった連中だ。


 本来なら森人族は精霊に愛され、精霊を使役する精霊魔術が得意だが、闇森人族は殆どの精霊から嫌われている。

 故に扱うのは精霊の中でも使役することを禁忌とされている闇や影、死霊系に限られるほか、外様の神の力を引き出す深淵魔術であった。


 扱う精霊に違いはあるが、強さは森人族と闇森人族にそこまで大きな差はない。

 これは他の邪人である邪鬼族(オーガ)蜘蛛女族(アラクネ)でも似たようなものだ。

 個の力は闇森人族より強くなるが、代わりに種族の絶対数も少なくなるため、人類が対抗できる程度に均衡が保たれていた。


 このような邪人の一般常識に当てはめると、吸脳鬼は希少種でより強力な力を持っていることになる。

 抗うには多くの犠牲が必要となるだろう。


 国家存亡にかかわる大災厄と捉えても過言ではない。

 空中に浮かぶ巨大な女を見上げながら、宮廷魔術師第一位 〈老師〉フールーザはそう考える。


 神格を得るには少し足りなかったと言っていたが、十分神々しかった。

 精霊オルティエの守りがなければ、圧倒的な存在感に平伏していたかもしれない。


 空中で蹲った姿勢のまま、()()ベリーズが紅い瞳でこちらを見下ろす。

 次の瞬間、ダークグレーの髪が伸びて無数に枝分かれすると、その一本一本が鋭い針のようになって降ってきた。


「むうっ、盾よ!」


 フールーザが咄嗟に張った障壁に、ものすごい衝撃が襲い掛かる。


「ひぃぃぃぃぃ!」


「うわぁぁぁぁ!」


 背後で庇った部下の宮廷魔術師たちが、情けない悲鳴を上げているが無理もない。

 一撃でフールーザの魔力の二割近くをもっていかれたし、障壁の外は大惨事だ。


 無数の針に突き刺され、中庭全体の床が穴だらけになっている。

 石畳が粉々になっていて、その下の土が露出していた。


 穴だらけになっていない場所が他に二か所ある。

 一か所は〈高潔なる盾〉アルネイズの展開した盾が守っている場所で、見事に亜神ベリーズの攻撃を防いでいた。

 しかしその表情は険しく、決して簡単に防いだわけではないことが伺える。


 もう一か所は精霊オルティエのいる場所なのだが……。


「うわー。畑みたいに耕されちゃったわね」


「ちょ、母様あんあり寄りかからないで。胸で前が見えない」


「あーっ、エリンさんずるいです! また協定違反になりますよ!」


 踊り子姿のエリンがシキを背後から抱きしめているのだが、その豊満な胸がシキの頭に乗るだけでは飽き足らず、はみ出して視界を遮っている。

 シキに正面から抱き付いているルミナがそれに対して抗議していた。


 中庭は精霊オルティエによって精神干渉を防ぐ薄紫の幕で覆われているのだが、シキ周辺は更に青白い膜で覆われている。

 これが亜神ベリーズの攻撃を防いだ物理障壁なのだろう。


 シキの頭上に浮かぶ精霊オルティエは、地上三人のやりとりを微笑ましく見守って……いや、あれは怒っている。

 笑みを浮かべているが、目は笑っていない。


「やれやれ、随分と余裕があるようだ」


 王国存亡の危機だというのに、のんきにしているシキたちを見て呆れ半分、期待半分になるフールーザであった。

 亜神ベリーズを討伐するためには、早急に周辺領地から兵士を集めて軍を編成する必要がある。


 当たり前の話だが、通常の戦争において国境や周辺領地を飛び越えて、いきなり国の中心にある一番安全な王都が攻め込まれることはありえない。

 つまり王都には王族を守るだけの最低限の戦力しかなかった。


 なんとか王族を逃がし、編成した軍で亜神ベリーズを撃退する。

 どんなに急いでも軍の編成には三日はかかるだろう。


 亜神ベリーズの動向次第では、最悪王都及び近郊都市の壊滅も覚悟しなければならない。

 そうなれば国は間違いなく傾く。


 唯一の希望は精霊オルティエの存在だ。

 亜神のような強大な存在は、現世に留まっているだけで魔力を消費し、使い切れば消滅する。


 精霊オルティエ単騎で勝てるとは思わないが、少しでも亜神ベリーズの魔力を削れるなら削って欲しかった。

 フールーザも亜神ベリーズを足止めし、戦力を分析し、情報を部下の宮廷魔術師第四位〈百識〉に伝えるつもりだ。


 実際の軍の指揮は軍部と〈百識〉に任せればいい。

 フールーザはここを死に場所だと覚悟を決めた。


 亜神ベリーズが紅い瞳で精霊オルティエをじっと観察している。

 精霊なのにオルティエからは魔力を一切感じないため、目を瞑ればまるでそこにはいないかのようだ。


「お前たちは〈百識〉に合流しなさい」


 フールーザが杖を振り、守っていた部下二人を魔術 《浮遊》で中庭の外へと運ぶ。

 亜神ベリーズが攻撃を再開したのはその直後。


 蹲った姿勢をやめて四肢を伸ばすと、巨大な拳を精霊オルティエに振り下ろした。

 青白い閃光が迸り、中庭を埋め尽くす。


 亜神ベリーズの拳は精霊オルティエの青白い膜に阻まれ、手首から先が消失していた。

 しかしすぐに肉が盛り上がるように再生し、今度は両手で連打する(ラッシュ)


 その全てが精霊オルティエに防がれ腕が消失するのだが、亜神ベリーズは瞬時に再生させて殴り続けた。

 青白い閃光の激しい明滅に耐えきれず、エリンがシキに抱きついたまま顔を背ける。


「うわっ、まぶしい」


「だから邪魔だってば」


 シキは頭に覆い被さるエリンの胸を押し退けると、精霊オルティエへ命令する。


「オルティエ、こっちも反撃だ」


 精霊オルティエが頷くと、不意に青白い膜が消滅した。

 防御がなくなり、巨大な拳がシキたちに迫る。


「シキ!」


「まずいっ」


 その様子を見ていたウルティアが悲痛な叫び声をあげる。

 フールーザは障壁を張って庇おうとした。


 だがそれよりも早く、きん、という澄んだ音が中庭に響き渡る。

 亜神ベリーズの両腕の肘から先が鋭利な何かに斬り飛ばされ、あらぬ方向に飛んでいった。

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