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169話 少女激怒中…

「ウルちゃん、第一王女様のところに向かいましょう」


 王城内に警鐘が鳴り響く中、ウルティアと共にいた〈SG-062 ルミナ・ヴィオス〉が提案する。


「ウルティア様、どういった危険があるかわからないのに、不用意に動いてはいけません」


「そこで旦那様と合流できるよ」


「よしすぐに行く」


 アルネイズの助言を無視してウルティアが身支度を始めた。

 シキの事となると見境がなくなる主を見て、アルネイズの眉間に深い深い皺が刻まれる。


「まあまあ、如何なる状況でも聖女ウルティアを守るのがアルネイズ君の仕事だよ。第一王女の元に邪人が向かっているということでいいのかな? ルミナさん」


「はい。ですのでボガード司祭はここでお待ちください」


「いや、私も行こう。邪人の精神干渉には神聖魔術の《勇気(ブレイブリー)》が役に立つからね。これでも昔は神官戦士だったんだよ」


 そう言ってボガード司祭は自身の禿頭をぺちりと叩く。

 問題はウルティアたちが滞在している客室の外で待機している衛兵だったが、近くで眷属化が発生して応援に向かっていた。


 なのでウルティアたちは誰にも引き留められることなく、イルミナージェ第一王女の私室付近まで辿り着いた。

 そこは中庭になっていて、中央に大きな噴水がある。


 噴水周辺では眷属化により筋肉達磨になった元人間が三体暴れていて、衛兵たちが応戦していた。

 その混乱に乗じて褐色の肌の女がひとり、イルミナージェの私室へ通じる通路に入ろうとしているのをウルティアたちは目撃する。


「あっ、ルーちゃん待って!」


 ウルティアの制止は間に合わなかった。

 ルミナが褐色の肌の女ことベリーズに向かって突っ込んでいく。


 登城するにあたって、ルミナはコアAIの衣装である軍士官用シャツと紺のプリーツスカートを、そのまま正装の代わりにしていた。

 レドーク王国の流行からは離れているものの、その洗練された意匠と材質は上位貴族のドレスと比べても遜色がない。


 一見するとお淑やかで温厚そうな貴族令嬢が猛スピードで向かってきたため、一瞬面喰ったベリーズではあったが、すぐに精神干渉で攻撃した。

 紅い瞳が怪しく光り、怖気によってルミナを射竦めるはずだったが……。


「は?」


 本日三度目の抵抗(レジスト)に、ベリーズが信じられないといった声を上げる。

 そして《勇気》もなしに邪人の精神干渉を防いだのを見て、ウルティアも驚いていた。


 ルミナたちコアAIはスプリガン用のパイロットとして、試験管の中で作られた合成人間である。

 遺伝子操作により人以外の様々な因子が配合され、身体能力や感覚を強化されていた。

 このアトルランと呼ばれる異世界における神の加護と比べても、強化の度合いは引けを取らない。


 脳の拡張領域を使った攻撃―――いわゆるテレパシーやサイコキネシスといった超能力分野においても、自力で精神を防御できるように改造されている。

 吸脳鬼の精神干渉もこれに該当した。


 怖気を弾き飛ばしたルミナは一気に間合いを詰めると、速さに反応できていないベリーズの頬に、スナップの効いた平手打ち(ビンタ)を放った。

 ばかん、という岩同士を打ち付けたような堅く鈍い音と共に、ベリーズの姿が掻き消える。


 水しぶきの音がしたのでウルティアがそちらに目をやると、噴水に落ちてずぶ濡れになったベリーズがいた。

 ルミナの平手打ちでここまで弾き飛ばされたのだ。


 顎を打たれ衝撃が脳に伝わり、脳震盪を起こしているベリーズは立ち上がれない。

 そこへルミナがゆっくりと歩いて近づく。


「あなたのせいで旦那様は牢屋に入れられたんですよね?」


 言葉自体は疑問形だったが、声のトーンは断定のそれだった。


 亜麻色の髪をふわりと靡かせ、おっとりとした顔つきには微笑を湛えているというのに、周囲の空気が凍り付いたような錯覚に陥る。

 その明確な怒気に晒されたベリーズだけでなく、周囲で戦っていた眷属と衛兵たちも動きを止めていた。


「けっ、眷属ども私を守れ!」


 怒気に当てられ完全に余裕を失ったベリーズが叫ぶと、三体の眷属がルミナへと殺到する。

 巨体が自分たちの目の前から移動し始めるのを見て、衛兵たちも慌てて対応した。


「あの少女に近寄らせるな!」


「アルネイズ!」


「承知しました」


 眷属の一体は衛兵たちの背後からの攻撃に足を止め、もう一体はアルネイズの【光輝神の加護】で生み出された巨大な光の盾が四方を囲んで閉じ込める。


 残された一体が阻まれずにルミナの元へ到達し、巨大な右拳を振り下ろした。

 先ほどと同様に堅く鈍い音が響き渡り、衛兵たちは可憐な少女が叩き潰される光景を想像して思わず目を背ける。


 しかし直後に聞こえたのは、潰されたはずの少女の声だ。


「うーん、困りました。元人間となると手荒な真似はできないよ」


 ルミナは片腕で眷属の拳を軽々と受け止めると、可愛らしく首を傾げていた。

 眷属は空いている左拳でルミナを殴るが、こちらも小さな手の平で掴んだので、組み合った状態になる。


「ルーちゃんすご……そのまま抑えてて! 司祭、《聖域結界》を使うから手伝って」


「よしわかった」


「ちぃっ、役立たずどもめ」


 脳震盪から回復したベリーズが、捨て台詞を吐きながら逃亡を図る。

 この場にいる全員が眷属を抑えるのに精一杯で、ベリーズまで手が回らない。


 まずい逃げられてしまう。

 誰もがそう思った時、逃げるベリーズの行く手を阻むように新たな集団が現れた。


「ギリギリ間に合ったか」


「旦那様!」


 背後から愛しい主の声が聞こえてルミナが振り返る。

 眷属とは組み合ったまま手を離さなかったので、必然的に眷属の巨体は半円を描くようにして宙を舞う。


 その軌道上には噴水があり、中央の塔状のオブジェと眷属の頭部が激しく衝突。

 オブジェが粉々に砕け散った。

 驚いたルミナが手を離すと眷属は地面を転がり、やがて停止するがぴくりとも動かない。


「あっ。ご、ごめんなさい……」


 うっかりといった感じでルミナは謝るが、その圧倒的な暴力を目の当たりにして誰もが息を飲む。

 どんなに筋肉の鎧を纏ったところで、頭部は無防備なのであった。

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