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166話 ソードダンサーエリン

 褐色の肌をした妖艶な女は、アレクサンドたちを見て恭しく跪く。


「これはこれは、国王アレクサンド陛下。ご機嫌麗しゅう」


「ベリーズと言ったか。儂はレカールに用事がある。そこをどけ」


「大変申し訳ありません陛下。レカールキスタ殿下は現在湯浴み中ですので、ご用事があるのでしたら、言付けを賜ります」


「嘘をつくな。エリン・エンフィールドを連れ込んでいるのは知っている」


「嘘ではございません。殿下はエリン・エンフィールドと湯浴みをなさっているのですから」


 何の悪びれもなく言うベリーズにアレクサンドは一瞬鼻白むが、すぐに毅然とした態度に戻り命令する。


「知っていて庇うとは愚かな娘よ。いや、お前が唆したのか? とにかくそこをどけ。さもなくば痛い目を見ることになるぞ」


 アレクサンドは引き連れていた近衛騎士団長ドナテロに目配せをする。

 しかし茶髪を短く刈り上げた筋骨隆々の大男は反応しない。


 焦点の定まらない目で、ぼんやりと前を見つめている。

 何かがおかしい。


 そう思った瞬間、アレクサンドの思考に靄がかかる。


「陛下、騎士団長殿はお疲れのようです。もしかして陛下もお疲れではありませんか? もし宜しければレカールキスタ殿下を待つ間、私に陛下の疲れを癒す役目を頂けないでしょうか」


 何故だかわからないが、その提案が無性に甘美に聞こえる。

 近づいてきたベリーズに手を引かれ、騎士団長ドナテロと部下たちをその場に残して立ち去ろうとした時……けたたましい音で意識が現実に引き戻された。


 扉が内側から破壊され、巨大な何かが転がり出てくる。

 それは全身の筋肉が異様に発達した男だった。


 身長は二メートルを超え手足は丸太のように太く、表面の皮膚が裂けて筋線維がむき出しになっている。

 身に着けていた衣類も膨張した筋肉により破れていて、露出した筋肉の上には無数の切り傷があるのだが、出血量は少ない。

 肥大した筋肉で勝手に圧迫され、止血の役目を果たしているからだ。


 太い首の上には、体とは不釣り合いな小さな頭が乗っかっている。


「ああ……そ、そんな……レカール……」


 自身の内圧に耐えられないのか、目は充血を通り越して結膜が破裂していた。

 血の涙を流すレカールキスタ第二王子は、破壊された扉の内側を凝視している。


 そこから出てきたのは、踊り子のような煽情的な衣装を身に纏った美女。

 青白く発光する刃を手に持つエリン・エンフィールドであった。

 普段している三つ編みは解かれ、ウェーブの掛かった浅黄色の髪が背中で扇状に広がっている。


「Wooooooooooooooooo!」


 エリンの姿を見たレカールキスタは、人とは思えない獣のような咆哮を上げながら襲い掛かった。

 両腕を広げながら突進し、エリンの細い体を抱きすくめようする。


 これに臆することなくエリン自らもレカールキスタに向かって走ると、腕に捕まる直前で屈んで躱した。

 そのままレカールキスタとはすれ違い、アレクサンドに突っ込んでくる。


「陛下!」


「ひぃっ」


 エリンの手にした青白い刃が煌めく。

 悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだアレクサンドの目の前に、誰かの腕がぼとりと落ちる。

 それはアレクサンドの首の骨を握り潰そうとした、騎士団長ドナテロの左腕だった。


 騎士団長ドナテロと部下たちが虚ろな瞳のまま体を痙攣させると、みるみるうちに体が膨らんでいく。

 衣服はもちろん、金属製の鎧すらも内側から膨張した筋肉が弾き飛ばす。

 腰が抜けて動けないアレクサンドの襟首を掴んで飛び退き、エリンが騎士団長たちから距離を取る。


「こんなに吸脳鬼の眷属が増えているなんて。手加減している場合じゃないわね。陛下は後ろの通路から逃げてください」


「し、しかしレカールが」


「早く!」


「ひぃぃぃぃっ」


 エリンに殺気を放たれ、アレクサンドが床を這うようにして逃げ出す。


「逃がしません」


 それまで事の成り行きを見守っていたベリーズが、紅い瞳を光らせる。

 次の瞬間エリンを耐えがたい怖気が襲ったが、すぐに霧散した。


「は? また抵抗(レジスト)されただと!?」


「ありがとうオルティエ」


 姿の見えない誰かに感謝を告げると、エリンは隻腕となった騎士団長が振り下ろしてきた剣を受け流す。

 青白い刃が撫でると、切っ先は逸れて石造りの床にめり込んだ。


 エリンの持つ青白い刃は〈RP-CO0W1:Mondlicht〉である。

 見た目はただのリストバンドなので、いざという時のための隠し武器としてシキが渡しておいたのだ。


 牢屋から連れ出されたエリンはレカールキスタの侍女たちによって体を清められ、煽情的な服を着させられる。

 腐っても相手は王族なので襲われるギリギリまで我慢していたのだが、突然筋肉達磨へと変貌を遂げて暴れ始めたのであった。


 青白い刃(パルスブレード)は高エネルギーを圧縮して生成した刃であり、ただの金属の剣と接触すれば一方的に後者が溶けてしまう。

 ところがエリンは巧みな剣捌きで溶かすことなく、切っ先の軌道を逸らすことに成功していた。


 第二位階冒険者 〈剣姫〉の二つ名は伊達ではない。

 さっさと剣を溶かしてしまえばいいのに、受け流してしまうあたりは剣士の(サガ)か。


 左右から突き出された部下二人の剣を後方に宙返りして躱すと、タイミングを合わせたかのようにレカールキスタが詰め寄り腕を伸ばしてきた。

 いくら王城の広い廊下といえども、筋肉達磨が四体も集まると窮屈で逃げ場がない。


 故にエリンは上へと逃れる。

 宙返りの着地と同時に床を蹴りもう一度跳躍すると、掴みかかってきたレカールキスタの腕をすり抜けた。


 そのまま腕を登り、肩を蹴って離脱する。

 エリンの方を向いている筋肉達磨は三体。

 一体が逃げるアレクサンドを追いかけようとしていたので、エリンは空中で体を一回転させる。


 踊り子の衣装の長い袖と深いスリットの入ったスカート、そしてウェーブのかかった浅黄色の髪が花弁のようにふわりと広がった。

 同時に振るっていた青白い刃からは光波が放たれている。


 光波がアレクサンドを追いかける一体の膝裏を深々と切り裂くと、そいつは自重を支えきれなくなりその場に転倒した。


「斬撃を飛ばせるってやっぱり便利ね。これならアイツとも遠距離でやり合えるかしら」


 体を捻って床に着地したエリンが、かつて共に冒険し切磋琢磨した好敵手のことを思い出す。

 可憐な顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。

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