163話 命乞い
『マスター。吸脳鬼の制圧に〈RP-CO0W1:Mondlicht〉の使用を提案します。対象の生命力を加味すると、四肢切断程度であれば致命傷になり得ないと判断します』
『了解。このままだと埒が明かないし、そうしようか』
『転送します』
シキが二本目の剣をストレージボックスに片付けると同時に、パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉の右腕に〈RP-CO0W1:Mondlicht〉が装着される。
リストバンド型の武装で、バックル部分が青白く光るとシキの手の中に光の刃が現れた。
その間に吸脳鬼の腕の再生は完了していている。
背中に垂れた頭を強引に元の位置に戻してシキに襲い掛かろうとして―――転倒した。
自分が転倒した原因がわからず吸脳鬼が振り返ると、そこには膝上で切断された両足が転がっている。
しかも切断面は焼かれ再生を阻害していた。
驚愕からかそれとも痛みからか、吸脳鬼がくぐもった声で呻く。
倒れた仲間を跨いで向かってくる別の吸脳鬼に対して、シキが光の刃を素早く振るう。
刃から青白い光波が撃ち出され、吸脳鬼の両腕を肩口で斬り飛ばした。
一瞬で両腕を失い、たたらを踏んだ吸脳鬼の腹にシキの前蹴りが突き刺さる。
城門を打ち壊す破城槌に匹敵しそうな衝撃を腹に受けて、吸脳鬼が体をくの字にして吹っ飛ぶと、背後にいたもう一体を巻き込みながら壁に激突した。
最後の一体が背後から近づいているのを把握していたが、あえて動かない。
槍のように鋭く突き出された吸脳鬼の腕が、シキの背中を打ち据える。
こちらは破城槌とはいかずとも、石造りの祭壇を破壊するほどの威力だ。
たとえ金属鎧を着ていたとしても、致命傷になる可能性は十分ある。
しかしシキには通用しない。
ぎいん、と金属同士が衝突する音と共に、吸脳鬼の腕の先端が押し潰されていた。
パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉の強度に負けたのだ。
インナーとして着込む〈GGX-104 ガイスト〉とは違い、全身を外骨格で覆うタイプのパワードスーツのため物理的スペースの制限がなく、各種強化や拡張がしやすい仕様となっている。
装甲は象どころか戦車に踏まれても壊れない。
中にいるシキは勿論、抱えているジーナにもダメージはなかった。
『さすがゼーレだ、なんともないぜ』
シキは誰にも伝わらない軽口を叩きながら、攻撃を弾かれ動きを止めていた吸脳鬼の膝を蹴りつける。
膝が関節とは真逆に折れて、前のめりに倒れた吸脳鬼の背中を踏みつけ押さえる。
そして光の刃で四肢を斬り飛ばした。
「立てるか?」
「え、ええ。一体何が起きているの? まるで見えない剣を持っているみたい」
四肢を失った吸脳鬼から少し離れてから、抱きかかえていたジーナを降ろす。
ジーナは呆然とシキの右手を見つめている。
〈RP-CO0W1:Mondlicht〉は非表示設定で運用しているため、ジーナや吸脳鬼からすれば、不可視の剣で攻撃されているようなものであった。
「少し下がっていてくれ。決着をつける」
前蹴りで吹っ飛んだ吸脳鬼に巻き込まれていた一体が起き上がり、懲りずに両腕を伸ばしてくる。
シキは光の刃を消すと、改めてストレージボックスから普通の剣を取り出した。
伸びてきた右腕を剣で斬り払い、左腕は掴んで力任せに引き寄せる。
腕の伸縮には限度があるようだ。
吸脳鬼は踏ん張り抵抗しようとしたが、力負けしてシキの元へ釣り竿に掛かった魚のように飛んでいく。
『吸脳鬼のスキャン結果を報告します。軟体性と高い再生能力を有していますが、身体構造は人間と変わりません。つまり、心臓や脳を破壊すれば殺せます』
オルティエの報告を聞きながら、シキが剣を突き出した。
剣は飛んできた吸脳鬼の左胸に刺さり、貫通し、切っ先が背中から飛び出す。
断末魔は孔から空気が抜けるような音だった。
吸脳鬼は驚いたように目を見開き、そのまま絶命する。
濁りきった瞳にパワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉のヘルメットが映りこんでいた。
シキは剣を引き抜き吸脳鬼を降ろすと、逃げようとしていた一体に向かってその剣を投擲する。
縦に高速回転しながら飛んだ剣は、肩口で両腕を斬られている吸脳鬼の背中に突き刺さった。
吸脳鬼は衝撃で壁に押し付けられ、膝から崩れ落ちると、壁に寄りかかったまま事切れた。
シキは三本目の剣を取り出すと、両足を切断され床を這いずっていた吸脳鬼の首を刎ねる。
首は部屋の隅へ転がっていき、指示系統を失った体は弛緩して動かなくなった。
剣に付着した紫色の血液を振って落とすと、最後の一体へと歩み寄る。
四肢を切断され身動きの取れない吸脳鬼がうつ伏せの姿勢のまま、首を持ち上げて必死にシキを見ていた。
その瞳には明らかな怯えが見て取れる。
こめかみのあたりにピリリとした軽い痛みを覚えて、シキはオルティエに質問した。
『もしかして、吸脳鬼ってテレパシー的な何かで訴えかけてきたりしてる?』
『……はい、マスター。精神干渉のおそれがあるため、サイコフィールドで防御しています』
『一時的に解除してもらっていい? もし精神攻撃だったら再防御していいから』
『ですが』
『頼むよ』
『……わかりました』
サイコフィールドが解除されると同時に、吸脳鬼からシキに向かって強烈な思念が伝わってくる。
それは言語化されていない漠然とした死への恐怖であったり、戦闘が始まると同時にさっさと逃げたベリーズへの恨みであったり、四肢が焼き斬られ再生しないことへの絶望であった。
そして最後に、
助けてくれるならなんでもする、という思念がシキに届けられる。
いくらなんでもそれは都合が良すぎた。
邪人である吸脳鬼は世界の敵である。
本物のベリーズのように脳を吸われ、殺された被害者が沢山いるはずだ。
邪人にとって人間は排除すべき害獣なのかもしれないが、反撃され殺されそうになって後悔するくらいなら、初めから人間を襲わなければいい。
情報収集のためのこの場では殺さないという選択肢もないわけではないが、死ぬのが少し後になるだけで結末は変わらない。
拷問に等しい尋問を受けることになるくらいなら、今この場で引導を渡してやったほうがまだ有情だろう。
情報収集のために手厚い拷問を受ける役は、逃げた偽物のベリーズがいれば十分だ。
シキとしても邪悪な存在とはいえ知性を持ち、怯え、命乞いする相手を殺すことには抵抗がある。
だがここで殺さなければ、この邪人はまた罪のない人々を殺してしまう。
これは同じ人間でも変わらない。
悪人である盗賊を見逃せば、他の誰かが被害に遭う。
サイコフィールドを解除したのは、辞世の句ぐらいは聞いてやろうと思ったから。
シキの剣が翻ると、濁った瞳で訴えていた吸脳鬼の首が宙を舞った。
戦いの最中に軽口が出たのは、殺しに対する緊張や不安の表れなのだが、シキ本人は気付いていない。
そしてそれに気づいているオルティエは、シキの背中を心配そうに見つめていた。