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161話 不浄な祭儀室

「というわけで王国を簒奪するという言質は取りましたからね」


「待ってください。簒奪なんてできません」


 フランルージュが話を強引にまとめようとするので、シキが慌てて否定する。

 一国の主になるような野心はないし、代々守ってきたエンフィールド男爵領と大樹海の開発で忙しい旨を伝えた。


 横でオルティエが『レドーク王国程度の支配域ではマスターには全く足りません』とか言っているがスルーしておく。


「そうですか、残念です。まぁ断られるとは思っていました。シキの機嫌を損ねて国防を放棄されては大変ですから、今日のところは大人しく引き下がりましょう。ですが王家の女たちは代々、盟約を心の支えにして生きてきたということを覚えておいてください」


「ええ……そんなにですか」


「はい、そんなにです。ですから有事の際には王妃並びに第一王女、第二王女はエンフィールド男爵家を擁護する立場になると宣言しておきます。ね、ラシール」


「うん。せんげんする」


「今度会う時は鉄格子越しではなく、お茶会の席で会いたいものですね」


 一通り話し終えると満足したのか、フランルージュとラシールは帰っていった。





「さて、ジーナさんの方はどうなっているかな」


 シキが拡張画面を確認すると、ペトルス伯爵家の屋敷と思われる場所に到着したところだった。

 レカールキスタ第二王子とベリーズは乱れた着衣を直している。


「うーん、これは馬鹿王子と言わざるを得ないかな。邪人なんかに騙されちゃって。王妃様が可哀そうだ」


『ベリーズによってレカールキスタは洗脳状態にあります。精神汚染と言い換えても過言ではない程の濃密な魔素(マナ)を検知しています。ジーナは魔術 《誘惑》の影響を最小限に抑え、暗示として運用していましたが、これでは半月も経たないうちに廃人となってしまうでしょう』


 オルティエの説明を聞きながら様子を伺っていると、ジーナが馬車から降ろされる。

 ベリーズは屋敷の使用人から小瓶を受け取ると、レカールキスタに手渡した。


「これが例の秘薬です。エリンに対してお使いください」


「わかった。あの澄ました顔が恥辱で歪むと思うと、楽しみで仕方がない」


 邪悪な笑みを浮かべたレカールキスタはそのまま馬車で王城へと向かった。

 ベリーズは使用人が運ぶジーナを追いかけて屋敷に入る。

 背後を鼠型ドローンがトコトコ追いかけていることには気付いていない。


 ジーナが運び込まれたのは、屋敷の奥のとある一室だった。

 その部屋を一言で説明するなら祭儀室だろうか。


 中央に石造りの祭壇があり、壁際には火の付いた燭台が並んでいる。

 天井の一部は硝子張りになっているのだが、その硝子は何故か黒く塗られていた。

 そのため光が遮られ室内は薄暗い。 


 祭壇は横長で腰の高さくらいまであり、その上に使用人は運んできたジーナを寝かせた。

 すると傍で待機していた二人の侍女が、手際よくジーナを黒いローブに着替えさせる。

 薄い素材なのか、白い肌が透けて見えた。


 準備が終わると、使用人と侍女が一礼して部屋から出ていく。

 残されたのはベリーズとジーナだけ。


「さあ、起きてくださいジーナ様。裏世界を統一するために、私に全てを委ねて頂く時が来ました」


「ぅ……ぁ………」


 ベリーズに耳元で囁かれて、ジーナの意識が少しずつ覚醒し始める。

 ゆっくり目を開けて周囲を確認すると、次第に瞳が恐怖の色に染まっていく。

 体は動かせないようで、視線だけが激しく動き回っていた。


「心配しないでください。先程も言いましたが痛くて苦しいのは最初だけ。ベリーズと再会もできますよ。だからジーナ様も安心して私に身を委ねてくださいね」


 ベリーズの指先が艶めかしく動き、ジーナの額を優しく撫でて――――

 指が額を這った後には、何かぬらぬらとしたものが付着している。


 いつのまにかベリーズの指先は触手のように伸びていた。

 褐色の肌はそのままに、伸びた指先は油を塗ったかのように光沢を帯びていて、ジーナの全身を撫でまわしてその()()を擦り付ける。


 体は動かせなくても肌の感触はあるのか、それとも刺激に対する無意識の反応なのか。

 不快気に体を震わせていたジーナだったが、暫くすると体を弛緩させた。

 怯えるようにベリーズを見ていた目もとろんとしていて、焦点が定まっていない。


 その様子を眺めていたベリーズの頭部も変貌を遂げていた。

 南国風の堀の深い顔立ちは削ぎ落され平たくなっている。


 鼻腔が消失し、口の部分には鋭い歯が生えた(あな)があるだけ。

 肥大化した紅い瞳には横長の角張った瞳孔が浮かび上がっていた。


 ジーナを一通り撫でまわし粘液まみれにすると、最後に二本の触手の先端が左右のこめかみで固定される。

 ごり、ごり、という頭蓋骨が削れる音が聞こえ、触手の先端が人の指の第一関節分くらい食い込む。

 隙間から血が噴き出すが、ジーナはぼんやりとした表情のままピクリとも動かない。


 触手が更に奥に進もうとした、その時―――

 天井の黒い硝子が、突如大きな音を立てて割れた。


 大小様々な硝子片に紛れて、一際(ひときわ)大きい物体がベリーズの真上に降ってくる。

 ベリーズが飛び退いて避けると、大きい物体が振り下ろしていた拳は地面を叩く。

 石造りの床を粉々に打ち砕き、肘のあたりまで埋もれていた。


「貴様、何者だ」


 少しくぐもったベリーズの声が、鋭い歯が生えた孔から零れる。

 地面に突き刺さった拳を抜いて立ち上がったのは、漆黒の騎士であった。


 身長は二メートルほどで、頭部を含めた全身が鎧で覆われているため素肌は一切見えない。

 ベリーズの誰何(すいか)に対して、成人男性の低い声が答えた。


「俺はゼーレ。ある人物の依頼でジーナを救出するために参上した」


 この騎士はパワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉を装着し、変声機で声を変えて変装しているシキである。

 リファの鼠型ドローンでベリーズたちを監視し、正体を現わしたところで乱入したのであった。


『マスター。ベリーズの外見的特徴がサマンサの手稿に記載されていた吸脳鬼と一致しました。対象の脳を啜り、記憶情報を読み取ることができる邪人です』


『脳を啜る……それでこめかみに穴を開けようとしていたのか。てかサマンサさんの本、いつのまにスキャンしてたの?』


『スキャンは一瞬ですから。情報収集のため索敵範囲内にある、あらゆる書物をスキャンしています』


 パワードスーツ〈GGT-117 ゼーレ〉は全身を外骨格で覆うタイプで、外界からは完全にシャットアウトされている。

 こうしてオルティエに話しかけても、外には音が一切漏れないほどに密室だ。

 変声機で変えた声はヘルメットのスピーカーから流れているので、マイクをオフにしておけば会話を聞かれることはなかった。


「ある人物だと? まさか我々の正体に勘づいている存在がいるというのか。まぁいい、貴様の脳から聞き出せばいいのだからな!」


『ベリーズによる精神汚染を探知しました。サイコフィールドを展開します』


 ジーナが浴びたであろう怖気を催す攻撃は、オルティエによって防がれた。

 シキは一瞬寒気を覚えたがそれだけで済んだ。


「馬鹿な、抵抗(レジスト)しただと!? 支配者たる〈悪魔卿(イビルロード)〉の威光に跪かない愚か者め」


 ベリーズが怒りに顔を歪めながら、触手の先端同士を擦り合わせる。

 すると金属が削れるような耳障りな音が室内に響き渡った。


 どうやらそれは仲間を呼ぶ合図だったようだ。

 部屋の扉が開かれると、使用人や侍女の服を着た怪物たちがぞろぞろと集まってきた。

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