159話 癖の強い王妃と第二王女
このアトルランと呼ばれる異世界は創造神によって造られた。
海と山と大地と、そこに生きるあらゆる生命が。
しかしそうではない例外も存在する。
闇の眷属と邪人だ。
闇の眷属は宇宙からアトルランへの侵略を企む外様の神の先兵。
そして邪人は、信仰対象を創造神から外様の神へと鞍替えした裏切り者であった。
地下牢に囚われているシキは、ジーナがベリーズを呼び出してからの一部始終を、リファのドローン越しに監視していた。
拡張画面には気を失ったジーナが、ペトルス商会の馬車に運び込まれているところが映っている。
ベリーズもムハイのような怖気を催す精神攻撃ができるようなので、リファの言う通り外様の神に与する者……邪人でまず間違いないだろう。
サンルスカ侯爵邸全体が精神攻撃の範囲になっていて、侯爵邸の人間は全員が昏倒している。
ジーナ以外に危害を加えるつもりはないのか、ベリーズと合流した配下二名はサンルスカ侯爵邸を去って行った。
当然リファの鼠型ドローン一体を馬車に忍ばせて監視を継続している。
もし侯爵邸の人間に危害を加えるようであれば、見過ごすわけにもいかないのでシキないしスプリガンの誰かを派遣して阻止するつもりだった。
ジーナも同様である。
何の罪もない善人ではないのかもしれないが、取り返しのつかなくなる前に助ける予定だ。
現在はベリーズの正体を探るために泳がせているが。
ちなみにスプリガンたちがシキが魔獣と戦ったり、未知の迷宮探索であったり、誰かの窮地を救うといった危険行為を止めることはない。
何故ならシキの望みを叶えるのがスプリガンの望みだからだ。
全力でシキの望みを叶えるために行動し、もし失敗すれば全責任を取るくらいの覚悟で取り組んでいる。
スプリガンたちの覚悟の決まり具合はシキにもひしひしと伝わってくるので、逆に無茶はできないなと思うのであった。
さて、シキはベリーズの動向を監視しているわけだが、それに集中できないでいた。
何故なら……。
「イルミナージェから話は聞いています。エンフィールド男爵家と交わした王家の盟約は、誤りだったそうですね」
地下牢には相応しくない、豪奢なドレスを着た妙齢の女性が鉄格子の外側にいる。
彼女はフランルージュ・レドーク。
レドーク国王アレクサンドの妻、つまり王妃だ。
イルミナージェの母だけあって彼女と似た美貌を持つフランルージュは、手にした扇子で口元を隠しながら溜息をついた。
「ようやくこの腐敗した王国が潰れると思っていたのですが、残念でなりません」
「ええと、あの、王妃様?」
突然現れてぶっちゃけトークを始めた王妃に、シキは戸惑いを隠せない。
フランルージュの言う盟約とは、レドーク王国の女性王族にのみに口伝で代々受け継がれてきたものだ。
その内容は「レドーク王家が腐敗し、民を苦しめるような事態に陥った時、エンフィールド男爵家が精霊の力を使い現王家を打倒し、新たな王として君臨する」というもの。
だがこれは誤った言い伝えだった。
事の発端は331年前。
エンフィールド男爵家二代目マスター、アダムス・エンフィールドが、恋仲の王女エリザリートに使った口説き文句「国王が二人の結婚を邪魔するなら精霊を使ってでも押し通す」が紆余曲折、尾ひれ背びれがついた結果の産物である。
現在のエンフィールド男爵家の立場からもわかるように、二人が結ばれることはなかった。
エリザリートは政略結婚で十五歳も年上の隣国へ嫁いでいったらしいので、恨み骨髄で盟約の原型を同族の女たちに言い残していったに違いない。
「何の問題もありません。ここには貴方と私、そしてラシールしかいませんから」
「は、はぁ」
問題だらけだなぁとシキは思ったが、空気を読んで口には出さなかった。
フランルージュの横にはラシールと呼ばれた幼女がいる。
彼女はイルミナージェの妹で歳は四歳。
まだ王族として公式の存在にはなっていない。
アトルランは現代日本と比べると医療レベルがかなり低い。
出産は母子共に命がけで、出産は無事に終えたとしても、赤ん坊のうちは免疫力も弱いため病気で命を落とすこともある。
なので体がある程度丈夫になるまでは家族として含めず、五歳の誕生日で大々的に祝うという慣習があった。
ラシールもこのまま順調に育てば、来年にはレドーク王国の第二王女として正式に公表されるだろう。
イルミナージェが一人娘なのに第一王女と名乗っているのは、暗に第二王女の存在を知らしめるためであった。
「ラシールは私の娘。イルミナージェの妹です。間もなく第二王女として正式に告知されるでしょう」
「そ、そうなんですかー。ご機嫌麗しゅうラシール様」
オルティエからラシールの存在は知らされていたが、知るはずがないのでシキは初耳を装って一礼する。
母であるフランルージュと手をつないでいるラシールは、一礼するシキを興味深そうにじっと見つめていた。
母や姉同様に金髪碧眼で整った顔立ちをしていて、将来はさぞかし美人になるのだろう。
「あら、シキのことを気に入ったのかしら? ラシールは」
「うん」
「えっ」
「それならシキにはラシールの婚約者になってもらおうかしら」
「うん」
「いやあの王妃様? ラシール様?」
「盟約は真実ではありませんでしたが、精霊の力は真実なのでしょう? 長きに渡りレドーク王国の国防を担っていたにも関わらず、王家はエンフィールド男爵家のことを蔑ろにしていました。王妃である私から改めて謝罪と感謝を」
シキの反応は無視して、フランルージュが深々と一礼する。
意味を理解しているのかいないのか、ラシールも倣ってぺこりと頭を下げた。
「お、お二人とも頭を上げてください」
「シキも勘づいているのではありませんか? 王国がもたない時がきていることを」